第283話 To Do Over Again

「クッソ! 開かねえ!」


 入ってきた時は簡単に開いたハッチがビクともしねえ!


 ちっせえ見かけよりずっと馬力のあるこの体。それにスーツちゃんの筋力補助を合わせれば鍛え込んだ職業軍人以上のパワーがあるはずなのに!


《無駄だヨ、前もそうだったデショ。これはもう変に脱出するよりエディオンの制御を掌握したほうがいいっテ》


 スーツちゃんの言う通り前にもハッチが開かずに閉じ込められた事はある。そういやあの時も勝手に動いてたっけな。


「そうは言ってもシートは機械で埋まってんだぞ? 工具なしであれをきれいに引っぺがすのは無理だって」


 操縦席にはクローン脳がロボットを動かすための大掛かりな機材が取り付けられていた。ブッ壊すならともかく、あれを片付けるのは一仕事だろ。


《それでも操縦席のある空間にいるべき。可変機構が動いてル。エディオンは合体するつもりみたい》


「前回は分離、今度は合体か。ならハッチのロックは安全機構か? 分離合体時に自動でそうなるのかもな」


 合体変形でロボットの内部構造が変わる機体の場合、場所によっては人がいると危険な箇所もある。

 特にエディオンやAX・GEARみたいな内部を人が行き来できるタイプは危険だ。変形を終えるまで操縦席から出ないほうがいいのは間違いない。


《合体すれば他の分離機に乗ったまま移動できるし、無理に外に出る必要はないヨ》


「いったいなんだってんだ……」


 無重力下の通路を跳ねて再び操縦席へ。そこではエディオンの出力を表しているらしいゲージがさっき以上の勢いで輝いていた。


「確かに合体シーケンスに入ってる」


 分離機の簡易なシルエットは計器の小型モニターに表示されており、実機の変形に合わせてロボットのパーツへとシルエットが変わっていく。


 Aパーツと呼ばれる分離機の変形はもっとも極端だ。


 左右真っ二つという感じに機体が開いていき、その中からエディオンの頭部が現れる。そして左右に別れた部位はロボットの両腕となるのだ。


 見かけは骨格標本の首から下が無く、肩と腕だけくっ付いている状態を思い浮かべると近い。


 これにほぼ変形しない胴体部のBパーツ、同じく腰から脚部担当のCパーツがドッキングしてロボット形態となる形だ。


《バリアも張られてるゾイ》


「合体変形機の一番の弱点にフォローがあるとは、こいつを作ったやつは分かってんな」


 無理に外に出ていたらバリアに触れて消し飛んでたかもな。ハッチが動かなくなるのは安全装置で確定かもしれん。


 とにかく完全な変形を待ってBパーツ胴体部に戻ろう。ここではシートに座れねえ、先約がいる。


「それにしても何があった? 花鳥は……この・・花鳥は死んだ。もう動かせるやつはいないはずなのに。もしかしてCパーツにも?」


 Bパーツに続いて選んだのはエディオンの頭部があるAだったが、脚部のCパーツからでも操縦できるのか?


《どうじゃロ? クローンは増やせるにしても相応の機材がいるし、宇宙に持ち込める物資は多くないデ》


「もうスカルを2機も持ち込んでんだ、それよかコンパクトだろ」


 そうこうしているうちにエディオンの変形が完了する。


 全長105メートルの超大型級。ジジイが調べる限り動力には内包したブラックホールを利用している可能性が高いという、人類外の存在が作ったスーパーロボット。


 その名は『EDON』。


 鹵獲したひとりであるオレが付けた仮の名前がそのまま通った未知の巨人。


「よし、Bを経由してそのままCも見て――――」


《踏ん張って!》


 再び操縦席から出ようとしたとき、体が大きなモーメントを感じて浮き上がってしまい、とっさに壁に張り付くことになった。


「――――やっぱ合体だけじゃ済まねえか。動きやがる!」


《各部ミサイル発射管、動作開始。目標、研究ステーションと地表の都市複数》


「なっ!?」


 攻撃目標ロックのアイコンが次々と表示されていく。その中には望遠カメラの映像で地上の複数の都市も映っていた。


「キャンセルだ! この!」


 機材に埋め尽くされたシートから、まだ辛うじて弄れるコンソールのスイッチ群を操作してロックオンを解除する。


 だが解除した端から再度ロックされてキリがえ!


「スーツちゃん、制御を奪ってくれ!」


《無茶言うナシ。前も言ったけどこれは規格が違い過ぎてスーツちゃんでも内部からは弄れないジョ》


「っ、そうだったなチクショウ!」


 初めて乗った時に言ってたわ。せいぜい付いてる計器やスイッチの用途を予想するくらいだって。


 マズイ。こっちのスイッチでもキャンセルは出来るが、これじゃあCパーツまで行く余裕が無い。悠長に移動してる間にミサイルを発射されちまう。


《コンソールからキャンセルしてないでシートに座りなヨ。急ごしらえでさほどしっかり固定されてるわけじゃないから、思い切り蹴れば外せると思うデ? クローンの死体を蹴るのが嫌って場面でも無いヤン》


「――――クソッ! 悪い!」


 ダブルシートを埋め尽くす歪な機材を蹴りとばす。こんな事情だ花鳥、化けて出てくれるなよ!


 どうにか1席を確保してシートに座り、操縦棹からのショートカットでロックを解除していく。


 ダブルシートの間に脳入りのカプセルがあって落ち着かねえぜ! 趣味の悪いオブジェもあったもんだ。


「駄目だっ、言う事を聞かねえ」

 

 ミサイルロックこそ外せるが、機体制御については分離パーツで優先順位でもあるのかAパーツ側からの操作は無視されちまう。


 こりゃいよいよヤベエぞ。せめて都市への攻撃を止めさせないといけないのに、エディオンを操ってる誰かはしつこく都市を照準しやがる。


《そんな困ってる低ちゃんにさらに悪い情報。腰部のキャノンも動作開始》


「あれも確か砲手ガンナーがいるだろ!? なんで動く!」


 このデカブツに搭載されているキャノンとミサイルは操作系統がロボット自体の操縦とは別で、それぞれ射撃に別途で射撃手が必要な設計だったはずだ。


 前にこいつで戦った時はCパーツに向かった柿山君が砲手ガンナーを務めていた。


 ミサイルだってオレが今いるAパーツには三島が行って、この場でミサイルを操ってくれていたんだ。


《これはもう多少の被害には目を瞑って、急いで中を調べるしかないんでナイ?》


「その多少が尋常じゃねえだろうが! こいつのミサイル1発で都市は大惨事なんだぞ!?」


 それがスーパーロボットだ。人間が抱えるにはあまりにも大きすぎる破壊兵器。


 手だ、手が足りねえ!


「通信っ、フルオープンで全都市のS基地に通達! エディオンの攻撃を防いでくれ! こっちで制御できない!」


《駄目っス。機体の通信機が壊されてる。スーツの通信機では出力不足。妨害もあるナ》


 妨害!? アウトの野郎か! あのクソ野郎!


<配置についてくれたようね。ワールドエース>


「アウト!? (テメエ)乗ってるのか!?」


《通信先は外部。エディオンの中じゃないネ》


(Cパーツに乗ってるんじゃないのか?)


<いいや。私にも役割があるんだ。そちらは君に任せよう>


「何の話だ!? 今エディオンが勝手に動いて無差別に攻撃をしようとしてる。ステーションにも照準してるぞ!」


<構わないとも。私の死も最初から計画のうちだ。ただこの計画を思いついたヒントのひとりであり、最後まで協力してくれる君には概要くらいは話しておこうか>


 ……オレがヒント? こいつ何を言ってる?


<君が第二都市で食い止めた虫型インセクトタイプを覚えているだろう? ジャスティーンに乗った少年パイロットが逃げ出したとき、愚かにも敵まで都市に連れてきた事件と、その結末を>


 ――――前にビビリのパイロットが敵の拘束を解かぬままにゲートを潜って撤退し、地下都市に自爆型の厄介な相手を連れてきたことがある。


 敵自体はオレがクンフーマスターで蹴っ飛ばしてなんとかゲートの向こうに追っ払ったものの、敵よりむしろパニックになったビビリのせいで多数の死傷者が出てしまった。


 完全な人災。まともな訓練もしてないカッコつけのガキに大量破壊兵器を持たせる事のリスクを存分に知らしめた事件だった。


<あの時の死傷者にはパイロットもいたと知っているかい?>


 ……話自体は聞いた気がする。学年が違うし顔も知らない相手だから気にしちゃいなかったが。


<パイロット同士なら殺してもノーカウント。『F』は粛清に出てこないと噂になった発端の出来事だ。私もこの考えを大いに支持している>


「何が言いたい?」


 このクソ忙しい時に! 回りくどい話はイライラするだけだぜ。


<ならば敵はどうかな? 敵ならパイロットを殺しても咎められるわけもない。これは当たり前だね?>


《……あー、そー来たカー》


(スーツちゃん? おい、オレだけ蚊帳の外かよ)


<ならば『パイロットの乗っている敵のロボット』が暴れたらどうなんだろうねぇ?>


 そりゃあ――――どうなるんだ? この場合。


 敵はこっちに攻めてこない。だがもしジャスティーンの件のように偶然こっちに入り込んだとしたら、敵は本来どう動いていたんだ?


 人間の抹殺? 都市の破壊? あるいはSワールドと変わらずパイロットの乗ってるロボットだけを付け狙う?


 タコなパイロットがロボットで暴れて、人や都市に被害が出たケースは過去にもある。だからこそ基地側からの遠隔操作で制御をロックできるシステムがスーパーロボットには組み込まれているのだ。


 短慮なクソガキが自分の不幸に酔って、軽々しく『こんな醜い人類は滅ぼす』とか言い出さないように。


<『Fever!!』にとってこれはルール違反なのかな? ――――星を滅ぼすほどの力を持つロボットが、パイロットの意志の下に暴れたら? 『F』あれはどう動くと思う?>


《パイロットの意志ならしゃーナイ、って思うんでないかナ?》


(待て、冗談だろ!? Cパーツに誰が乗ってるにせよこのピエロが何かしたんだぞ?)


《無理やりとかだったら『めっ』するだろうけど、パイロット自身が決めたのならこれは当人の意志だからニィ。たとえアウトが言葉巧みに誘導したんだとしても、ウソを言っていないならノーカンでハ?》


(ガキの無知に付け込んでお咎めなし。そのうえ人類全滅エンドとか抜け道が過ぎるわ!)


「そうなったとして何になる!? おまえも死ぬんだぞ!」


<時空を作り直して、やり直すのさ。エディオンのパワーと記録された過去のレコードを使って>


《エディオンのエンジンは宇宙さえ崩壊させるほどのエネルギーを持つ、超がつくほどのブラックホールの圧縮機関。その事象の地平に刻まれた『過去の宇宙のすべての記録』をブラックホール自体のエネルギーを使って再出力しようって事かナ。壮大にして荒唐無稽だネ》


(分っかんねえ! こいつらが何を言ってるのかマジで分っかんねえ!)


《簡単に言うとアウトの言ってるそのままだヨ。んー、ちょっとニュアンスが違うけど、『時間を戻す』。みたいな?》


(タイムスリップ?)


《ノン。人がちょろっと昔に飛ぶとかの小規模ではないデ? この時空そのものを丸ごと戻すって感じ。人も星も銀河も宇宙も。何もかも》


「(い、イカレポンチだ。)それが出来たとして何がどうなる? 過去に戻してもすべて今日までの日々を繰り返すだけだろ」


<物事は揺らいでいる。時には些細な変化で違う選択肢を取る事もあるんだよ>


 仮に戻れて別の未来に行ったとしても、お前自身だって違う未来に至った自覚も無いんじゃねえのかソレ!?


 いや、小難しい話なんてどうでもいい! シンプルに考えろ! つまりエディオンを使って全てを破壊するって事だよな?


 宇宙とか時空とかふわふわした表現は忘れろ。要するに無差別テロだ。こいつは国や都市の規模を飛び越えてるだけの、ただのテロリストだ。


 今の世界が気に入らないから壊すと抜かした、ただの迷惑な糞野郎だ!


「ふざけんなぁ! おまえの都合で何もかも白紙に戻すってか!?」


<それが出来るなら実行しても良いでしょう? 世の中を決めるのは選択肢を持てた人間の意志>


「ぐ!?」


 ふいに横に残っていた機材が破裂し、ベッタリとした粘性の液体がオレの体を包んだ。


《低ちゃん!》


「これは、トリモチ?」


 付着したトリモチに阻害されて身動きが! この、古典的なトラップを!


<かつては核ミサイルのボタンを押せる、最終戦争を引き起こせる人間が複数いたものよ? ――――選べるのよ、ごく一部の『引き金を持てた人間』が。すべての人の行く末を。選べるよう作ったの。それが人間社会なのよ>


「ふっざけんじゃ、ねえ!」


 スーツの筋力補助最大! 腕力増幅! 時間経過ですぐに硬化したトリモチを、張り付いた操縦席のシートやパネルごとベリベリと引き剥がす。


<あら怪力>


《低ちゃん! エディオンのパワーがさらに上昇してるゾ! これって最初のときの低ちゃんが陥った状況と同じダ》


(オレがキレた時と同じ? となると、あのとんでもない射程とエネルギーのソードを発現するつもりか!?)


《もっと悪い。ブラックホールのエネルギーを放出せず溜め続けて、エディオンのエンジンを崩壊させるつもりなんダ。縮退に縮退させた超エネルギーの塊を外界に出すことで、時空そのものを因果地平に飲み込むつもりだヨ》


 科学的な理屈はよく分かんねえが、とにかくこのままじゃ宇宙がヤバイのは分かってるよ!


 だが、ここでオレがキャンセルを続けないとミサイルが地表に向けて撃たれちまう。


 ……四の五の言ってる場合じゃねえのは分かってるのに。数字で言えば『多少の被害』にはもう目を瞑るしかないのに!


 照準の先にサイタマがある! クソ、クソクソクソ!


「誰かぁ! 誰でもいい! 基地のロボットに乗ってエディオンの攻撃から都市を守れぇ!」


 この作戦をモニターくらいしてるだろ!? 妨害されていたって少しはヤバイと分析できるはずだ!


 守れ! 10秒でいい! その間にエディオンこいつを掌握してみせる!


 手を貸せ! 人を守るスーパーロボット!


 手を貸せ! 人を守るパイロット!


 今が! その時だ!


<<<――――任せて!>なさい!>よ!>


 下に広がる青い星の輝きよりも、さらに強い光が迸った。


 それは希望の光。


 人の意志を乗せたスーパーロボットの放つ、奇跡の光!

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TS男です。週イチでスーパーなロボットに乗ってます くわ @2133635

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