第282話 サイタマ学園・クラス学年合同ホラーハウス開演! (ご入場前に入場規約をお読みください)
※今回主人公パートはありません。
<放送中>
ブッスゥー、という擬音が幻視できるほどヘソを曲げている赤毛の少女。『アスカ・フロイト・敷島』は、カウンター越しに渡された皿をトレーに乗せてテーブルに向かう。
いつものツインテールはふたつのシニョンにすっぽりと収め、黒のミニチャイナの裾を気にすることなくズンズンと歩く。
その姿は
「蘇る死者のケーキです」
それでもテーブルに皿を置くときはなるべく音を立てず、ケーキのデコレーションを崩さぬようにする気遣いは残っている。これはこのケーキの考案者がアスカの大事な相棒でありライバルだからだった。
サイタマ学園は今年度に襲った数多くの波乱を乗り越えて、規模を縮小しながらもなんとか文化祭の開幕に漕ぎつけることに成功した。
その目玉はなんと言ってもアジアンホラーをテーマにしたホラーハウスである。
と言うより『これしかない』のである。生徒や教師、それ以外にもサイタマ都市内外の関係者が減ったことで複数の出し物を出せる状態ではなくなってしまったのだ。
そこで生徒たちが考えたのがクラス・学年の垣根を超えた合同の出し物である。テーマと開催ブースをひとつに絞り、文化祭自体をミニサイズのテーマーパークとして企画したのだ。
学園の建物はあえて使わずグラウンド全体に古いコンテナで囲いと建物を作り、野外まるまるを使ったお化け屋敷を出っちあげたのである。
さらにその出入り口と内部には休憩所を兼ねた複数の飲食店も設けており、アスカたちのクラスはホラーハウス内に設けられた喫茶店を担当していた。
開催する前からすでに口コミで注目を浴びていた『ホラー喫茶』はお化け屋敷に挑戦しなければ利用できない店として、ちょっとしたアクティビティとレア感もプラスされて滑り出しから上々であった。
もっとも客入りが良いというのは忙しいという事でもある。不慣れな仕事に忙殺されるクラスメイトたちも、朝から急降下していたアスカの機嫌に構っている余裕など無いほどに。
「血の池タルト3つ入りまぁーす!」
アスカと同じくウェイトレスをしているミミィ・ヴェリアンが注文を伝えている。意外にもこの頭の緩そうな年上はすぐに仕事の要領を覚えてしまい、いっそ接客が楽しそうでさえあった。
狙い過ぎのピンクカラーで統一したミニチャイナは彼女の希望で丈がとにかく短く、アスカの目にもチラチラと丈の向こうが見えている。一応女子は全員見えてもいいインナーを穿いているとはいえ、同性でも感想に困る気恥ずかしさがあった。
「もっとスポンジ作って! ストックがもうカツカツだよ!」
厨房で品物を切り盛りしているのは春日部つみき。
ミミィと同じ学年の2年であり、家が中華料理店で自身も手伝っていることから基本は厨房付きを運命づけられてしまった先輩だ。せっかく着ている緑ベースのミニチャイナも客にお披露目することは当分無いだろう。
「も、申し訳ありません、家族以外の撮影はお断りしてい、きゃっ!? ちょ、下から撮らないでくだ――――」
「はーい、マナー違反者はグッバイ!」
赤とピンクの中間色、マゼンタカラーのミニチャイナの初宮がその短い下にカメラを向けられて驚いたところを、即座にカメラを向けた男の手を捻り上げたのは、発育のいい体をオレンジのタイトなチャイナに包んだ花代ミズキ。
「出禁です。あなたの顔写真と出禁理由を外に貼るのでそのつもりで。利用前に規約を読んでサインしているはずです。治安のほうにもすでに連絡しているので言い訳はそちらでどうぞ」
ミズキに連行されていく男の手から端末を毟り取り、淡々と通告する青チャイナはベルフラウ・
「あんなのにオタついてんじゃないわよ」
由香を助けるために投げかけたトレーをそっと引っ込め、ムスッとした顔に戻ったアスカは顔を赤らめて戻ってきた彼女にチクリと苦言を呈する。
自分たちは喫茶店をしているとはいえ今後もここで店を構えて商売していくわけではない。接客業の常としてガラの悪い客を低身誠意であしらう必要は無いのだ。悪質な相手なら暴力で片づけても許されるし、悪評で困ることもない。
後で仕返しをしてくるようならそれこそ待ってましたとばかりに叩きのめして、そのまま司法にでも委ねて底辺に落としてやればいいだけ。パイロットに絡んだらどうなるかを思い知らせてやるだけである。
「本当にいるんだね、ああいう人」
向こうも学生の多くがパイロットだと知らぬわけでもあるまいに。中にはそういった事実と物事の機微を理解できない、本当に常識からズレた人間もいるのだなと溜息をつく。
「男なんて年中発情してるサルよ。まともに相手するもんじゃないわ。だいたいあんた、そんなやらしい色のコスにするからよ」
色味を指摘されると由香自身も若干自覚があるらしく、落ち着いてきた顔色を再び赤らめる。
ミミィもピンク系だがそのカラーはパステルトーンが強いため、よく言えばマイルドであり淫靡な空気は思ったより少ない。悪く言えば子供っぽい印象でさえある。特に彼女の場合は性格が子供っぽい事も幼い印象を強めていた。
「玉鍵さんが使ってるバイクの色なの」
「――――ああ」
はにかむように言われてアスカも玉鍵の乗っていた大型バイクを思い出す。小さな体格で当然のようにハイパワーマシンを乗りこなしていた少女の記憶と共に。
過去には玉鍵の操るバイクを追いかけていく敵を妨害するため、ミズキ・ベルのコンビとアスカで共闘したこともあった。
初宮由香にとってあのバイクは自分を鬱屈した家庭から連れ出してくれた白馬のようなもの。そしてそのマシンに跨って自分を解放しに来てくれた少女こそ、おとぎ話の如き王子様なのだ。
「アスカの黒って、もしかして玉鍵さんとの対比?」
玉鍵のために用意されたコスチュームのベースカラーは彼女の色である白。ならばブラックを選んだアスカが横に並べばきれいなシンメトリーカラーとなっただろう。
「あ、あいつは関係ないわよっ。赤毛には黒が合うの!」
カラーにおいてよく黒髪には赤いドレスが似合うとされるように、赤毛には黒いドレスが映えるとされる。それ自体はアスカの言うように間違いではないのだが、由香にはバリバリの言い訳にしか聞こえなかった。
だが、つい玉鍵の話を持ち出した事を由香は後悔した。
「あのバカ……人の気も知らないでっ」
ギリッと音を立てて白い犬歯を剥いた赤毛の少女は俄かに空を仰いだ。サイタマでは緯度も経度も違うので、その先に彼女がいるわけでは無いのだが。
説明は受けた。事情も分かる。自分にやれることが無い事も理解はする。
だがしかし、当日まで何も言わず文化祭の準備をするなと叫びたい――――楽しみにしていた自分がバカみたいじゃないかと。
玉鍵の出撃はかなり前から決まっていたのだろう。それこそ狂人アウト・レリックが宇宙に逃亡したというあの日から。少なくともアスカの叔母でありサイタマ大統領であるラング・フロイトは玉鍵たまの派遣を決めていたに違いない。
なぜなら他にいないのだから。すべての都市のエージェントを見回したとしても、そのような困難極まる作戦を単身で達成できそうな人材は。
『文化祭を頼む』
最後にそう綴られていたメッセージが無ければ、アスカを含む玉鍵の友人たちは文化祭を放り出して基地のモニターに噛り付いていたかもしれない。
その一言があればこそ。皆こうして熱心に文化祭を運営しているのだ。
アスカも、由香も、ミズキも、ベルも、つみきも、ミミィも。別ブースにいる大五郎やテルミだってそうだろう。
「せいぜい悔しがらせてやるわよ。こっちは楽しかったってね」
「そうだね。玉鍵さんもたまには除け者になる気持ちを味わうといいよ」
いつもひとりで何とかしてしまい、いつも由香たちを守る側に立とうとする少女。誰かに隣で共に戦ってほしいなどと考えもしないあの優しくて傲慢な女の子が、少しでも普通の子供のように振舞えるよう。
「ちょっとぉ! そこのお二人さんも手を動かしてよぉ!」
カウンター越しに額に汗を浮かべたつみきが悲鳴をあげて二人を急かしてくる。
不審者を突き出しに行ったミズキとベルが戻るまで人手が減る。その間にアスカと由香まで話し込んでしまったらあっと言う間に注文がパンクしてしまうのだ。
「分かったわよっ、うっさいわねぇ」
トレーをヒラヒラさせながらアスカが戻っていく。その後姿を見ながら由香も気を取り直して営業スマイルを浮かべた。
心持ち、ミニチャイナの丈を気にしながら。
<放送中>
「やぁぁぁっと休憩ぇーっ……おぉ、死屍累々っす」
スタッフ側のために用意した休憩室には担当時間を終えて脱力した面子が溶けていた。
最後に厨房を引き継いて戻ってきた春日部つみき。彼女は飲食店を経営する実家の仕事を手伝っており慣れているのでそこまでではないものの、いつもは自分よりスタミナのある後輩たちは揃って机に突っ伏しているのを見て苦笑した。
バイタリティのある生徒はここから自分たちが客になってホラーハウスを回るだろう。しかし慣れない仕事をした面々は精神的な疲労から立ち上がる気力が湧かなかった。
普段から過酷な訓練をしていて体力に自信があるアスカたち。しかし神経の疲れというのは想像以上に気力を蝕むのだと各々が痛感する。
「シャレになんない……」
「街の飲食店さん、いつもありがとう……」
特にグッタリしているのはミズキとベル。どちらもなまじ気が付くタイプであったため気疲れを人一倍感じた結果である。
「この服けっこう疲れるわね」
「所詮コスプレだもん。見た優先では快適には作ってないのよ」
比較的元気なのはアスカと由香。アスカは持ち前の根性と体力。由香は最近発覚した素質から潜在的に回復力があった。
そして完全にダウンして爆睡しているのはミミィである。これは単純に子供の遊び疲れのようなもので、接客が楽しかったことによる張り切りすぎであった。
「はい、入り口に立たないの。おすそ分けに来たわよ――――大さん、入っていいわよ」
つみきの後ろから続いて入ってきた先町テルミはまず休憩室を軽く見まわし、全員の恰好を確認すると合図を送る。
暗めのトーンの紫のミニチャイナを着込んだ彼女の合図を受けて、両手に差し入れを持った大石大五郎がやや遠慮気味に入室していく。
「お、お邪魔しもす。うちのクラスで作った地獄やきそば
なにせ際どい格好の同世代ばかりが狭い部屋に密集しているのだ、中学三年という難しい年頃の彼にとっては中々に理性を試される環境であった。
「やきそば―――きゃ!?」「あたっ!?」
健啖家のベルが反応して顔だけ出入り口に向けたとき、そこにいた怪物に思わず悲鳴を上げて頭を浮かせる。その際一緒に机に突っ伏していたミズキは頭突きを食らう形になった。
「あ、赤いスモーレスラーの幽霊?」
「
大五郎の扮しているのは台湾に伝わる
彼のホラーメイクを監修したテルミもどうやっても恐ろしい顔にならないため、途中から半ば割り切ってコミカル路線のメイクを施していたので猶更である。
ただ上半身が薄い色味の赤いタイツという格好は、若い女子としては怪物とはまた違った意味でなかなかに気持ち悪いのだが。ベルもそこに驚いての悲鳴であった。
「テルミしゃん、
「別に地肌じゃないんだからそこまで気にしなくても」
幼馴染としてどこかマヒしている面があるテルミは気にしていないようだったが、いたって常識人の大五郎は自分の格好が世間一般的に女子の前ではアウトだとちゃんと認識している。それもあって差し入れを置くとそそくさと退室していった。
なお際どいコスプレをした女子だらけの空間に気圧されたのもある。彼もまだまだ思春期、これを役得と考えられるほど成熟した男ではなかった。
「あなたたちの担当は他を回る余裕が無さそうだから、こっちから持ってきたの。うちも結構評判よ?」
調理自体はテルミのクラスでの共同の商品。だがこのやきそばのレシピは玉鍵監修であり、それを宣伝した事もあってか話題性を呼んで文化祭開始から想定以上の早さで捌けている。特に辛さを売りにした地獄やきそばは午後の開始早々に『
「いただきますっ」
「いや、早い早い。飲み物くらい出しましょうよ」
すでに自分の分の箸とやきそばを確保しているベルに由香が突っ込みを入れ、冷蔵庫からドリンクを手渡していく。
「ソース?」
においにつられて起きたミミィも加えて差し入れを食べていた面々は、次第にここにいない玉鍵の話題になった。
「
「あー、お客さんにも聞かれるんだよね。玉鍵さんは? って」
「いないと分かると露骨にガッカリするし、中には『じゃあこいつでいいか』みたいな顔で撮ろうとしてくるヤツもいるから腹立つ」
「入店前に撮影NGって確認してるんだけど、どうせ学生だし入っちゃえば押し切れるみたいな考えの人がいるんだよね」
「うちにも来たわよ、そういうの。大さんが追っ払ってくれるから助かってるわ」
「こっちは男子が情けなくてさ。私とベルで治安に引き渡してるよ。アスカさんも手伝ってよ」
「嫌よ気持ち悪い。ミミィにやらせなさいよ、あいつ誰でも躊躇なく殴るから楽よ?」
「か、からひ……」
「だから辛いって言ったっしょー。水飲むとさらに辛いっスよ」
女子が7人も集まった休憩所は姦しく話が続いていく――――そんな中、食事で体力が戻ってきたベルフラウは会話の片手間に午後の客足を予想するため、自慢のメガネ型ガジェットで何気なく電子界を軽く流し見していた。
「ストップ、これ見て」
ベルの放った硬質なイントネーションに全員が会話をやめて彼女を見る。
取り出した端末に流れている映像の出所を認めたとき、一番早く気が付いたのは由香だった。
「『スーパーチャンネル』!?」
「ええ!? 先週の都市版の配信はもう終わってるでしょ? 再放送?」
「違う。これ……基地版じゃない?」
『スーパーチャンネル』はSワールドパイロットの活躍を配信する番組。
その出所には2種類あり、ひとつは『都市版』と呼ばれるS基地から譲り受けた映像を都市の検閲で編集した物がひとつ。こちらは配信する都市の他にも他国の物でも観る事ができるもの。
そしてもうひとつは謎の配信先から受信する映像のマスターである『基地版』がある。都市版と違って権力者に都合の悪いものでもお構いなしに映る無編集の映像であるため、基本的に基地内でしか観ることはできないものだ。
ベルフラウが指摘するように映像に使われている素材からして、おそらくは都市版のデザインではないと分かる。ここにいるのは全員がパイロット。『スーパーチャンネル』は嫌でも気になって視聴してしまう番組なのだ。
「臨時特番ってやつじゃない? 前にもあったやつ」
「じゃあこれ、もしかして今戦っている玉鍵さんの映像っスか!?」
過去にあった特番のひとつはつみきにとって思い出深い物。玉鍵が
「うわぁ……怖そうなロボット」
食い入るように顔を近づけたつみきに負けじと顔を近づけたミミィは、そこに映っている赤いロボットを見て無意識に『怖い』と口にした。
「――――アスカ!」「行くわよ!」「ミミィも!」
由香の声とアスカの判断は同時。そしてわずかに遅れてミミィも立ち上がる。
周りが三人行動に困惑する中、一瞬だけ自分たちの格好に躊躇した二人だったが結局はそのまま休憩所を出る選択をする。
着替える時間が惜しいから。なおミミィはまったく気にしていない。
「ちょ、どうしたの!?」
呆気にとられたテルミが出口に向かう三名を呼び止めるも、彼女たちは自分が感じた事を言語化できないと感じてただ思った事だけを告げた。
「「「助けにいきます!」のよ!」よ!」
呼んでいる。あのロボットの中で。三人は何の根拠もないのに直感したのだ。
玉鍵たまが助けを求めていると!
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