第281話 小さな願いを叶えた、ひとりの少年の残滓
宇宙とは何もない世界。この何もない空間こそが
正しく自然の監獄。ならば地球という小さな奇跡の星こそは、生き物たちの命を受け入れる唯一無二の安住の地。閉じた楽園だ。
――――こうして遠くから見たらな。地べたに行けばまあまあ汚いし、下層の人間の暮らしなんざ酷いもんさ。何が青い命の星だよ。
「ステーションに着けるぞ。あの婆、まだ生きてるかね?」
ブリテン女の最初にやったランスでの破壊や、その後のビームの乱射・破片の飛散でステーションが傷ついてるのがモニター上でもよく分かる。
損傷で酸素が抜けていたら面倒だな。緊急で隔壁が閉じるなりして外からの侵入が難しいかもしれん。持ち込んだ爆薬はだいたい使っちまったぞ。
《ああいうキャラは特定のフラグが立たないと絶対死なないものデハ?》
「まあなぁ。真空中でもクマムシみてえに平気で生きてそうだ」
これで死んでいてくれたら全部ブリテン女の責任に出来るんだがなぁ。散々に面倒をかけてくれたんだ、せめてそのくらい貢献してほしいもんだぜ。
《居住区に致命的な損傷を確認。酸素供給も止まってるゾイ》
風穴ってほどじゃないが小さな穴だらけの居住区エリア。ビームのカスでも当たったかね。
たとえ集束し切ってないカスでもS製のエナジー兵器だ。現実の建物に耐えられる威力ではない。
SFアニメみたいなデカい窓枠があるわけじゃないから内部は見えないものの、外のダメージを見る限り建物内も生身で生きていられる状態ではないだろう。
「あいつ宇宙服を着てなかったし、こりゃマジで死んでるかもな」
フラグだなんだとフザけて言っても結局は人間。死ぬときはあっさりと、そして実に下らない形で死ぬこともある。
それが現実ってもんだ。死なんて案外ありふれたもんさ。
《侵入経路を検索検索ぅー。んんん? ダメだナ、普通に入れる入口が無いでヤンス。最初に開けた場所も大きな破片で潰れてる》
「オレをスカルに乗せないためにブリテンが暴れやがったからなぁ。なら、いっそ外にあるエディオンに向かうか」
エディオンはSワールドで見つけてきた未知のスーパーロボット。等級としては100メートル級に分類され、個々で戦闘力を持つ分離機3機で合体変形する。
パイロットひとりでの合体は無理かもだが、どれか1機が動けば単独で地球に戻れる担保になるから確保しておきたい。それに一応は重機代わりにも使えるだろう。
《じゃあそういう流れデ。ところで破けたスーツちゃんがどこかに引っかかると危ないデ? 上だけ脱いで腰に巻いてはいかがでせう》
「あん? いつもはスーツちゃんが避けてくれるだろ?」
この無機物は自分の布地から出した糸なんかもかなり自由に操れる。前にメイド服にモーフィングしたときも、オレがリボンやフリルみたいなヒラヒラ部分を引っかけないようにしてくれたもんだ。
《女子がジャージ上を腰に巻いてるのってカワイイやん?》
「どんな理屈だ。無重力じゃ大して変わんねえよ」
《巻けーっ、巻けーっ! ツルツルの脇を見せろーっ! いつも頑張ってるスーツちゃんに愛のあるご褒美をーっ! 》
「ああうるせえ!
破片であちこちが裂けたジャージを操縦席の中でモゾモゾと脱ぐ。
「っ……痛って。けっこう痣になったな。気が付いたら痛くなってきやがった」
《スーツちゃんは貫通させないしパイロットスーツの対刃・対弾性能もかなり高性能だけど、ライフル弾レベルの衝撃はそれでも殺しきれないからノゥ。完治まで16時間くらいデッス》
「小銃クラスのインパクトを受けてこの程度なら御の字か。湿布剤でも持ってくりゃよかった」
打ち上げの重量制限がキツくて、グラム単位でピリピリしてる中ではメディカルキットでも厳しかったかもだがな。
間近で脱出艇を停止させて
……よくここまで持ってくれたな。ありがとうよ。
最後にコンソールを軽く叩いて外に出る。
停留している3機の分離機はここまであったスカル同士の戦闘なんざ知らんとばかりに大人しく鎮座していた。誰も乗ってないんだから当然か。
場合によっちゃピエロがエディオンを持ち出してくるかと覚悟してたが、さすがに向こうの手品も種切れだったみたいだな。
――――しかし、それだとアレを動かしたのは誰だ?
「スーツちゃん、確かブリテン女はエディオン動かせなかったって言ってたよな? それならここまで運んできたのは誰だと思う?」
《それをスーツちゃんに聞かれてもナー。適性のあるパイロットのクローンとか?》
「それはオレも考えたが……」
花鳥のクローンをまだ隠し持ってるのか? それに都合のいい記憶を植え付けてエディオンを操縦させていた?
エレベーターで戦ったような、クローンの脳を入れた戦闘用サイボークが出来たらどうすべえ。徒手空拳では対処できねえぞ、あんなの。
「クッソ、得物のひとつも持って来ればよかった」
《後のカーニバルダヨ。やっと逃げ込んだ脱出艇にモンスターがいるのはSFホラーのお約束だナ。それでどれに乗りますのん?》
「前乗った胴体部、
見た目がトラックみたいだし、他の戦闘機っぽいやつよりは繊細に動かせるだろう。戦闘オンリーで確認していなかったが、意外とウィンチの類も装備してるかもしれん。
ここでアウトをそのまま放置すると後で生きてるか死んでるか不明でうざったそうだ。なるべく死体の確認をしておきたい。
エディオンは合体後は全高105メートルにもなるだけに、分離機は1機が30メートル級と結構なサイズを誇る。
内部は連絡通路があるほどのスペースを持ち、ここを通じて合体した他の分離機と行き来が出来るほど。運用感覚的にはロボットというより戦艦に近いかもな。
対して出入り口となるハッチは薄くてなんとも頼りない。ほんの数センチ向こうはもう内部だってんだからよ。車のドアかよ。
《ハッチにトラップの形跡なし》
「ロックも無いな。開くぞ」
簡素な開閉レバーを動かすと抵抗なくハッチが口を開いた。ドアの前で銃口向けて待ち構えている気配も無い。
内部に侵入する。この分離機はオレが乗り込んだヤツだから勝手は分かっている。
操縦席のあるスペースと通路の間には遮るものは無く、コンソールの物と思われるぼんやりした光源が暗い通路の先に見えた。
「待機状態か。何がいるやら」
エディオンは完全に停止はしておらず、簡単な立ち上げですぐ動ける状態のようだ。車で言えばエンジンかけっぱなしで駐車してるようなもん。
……つまり誰かが乗っている可能性がある。誰だ?
オレらが知る限り謎だらけのロボットだが、アウトが解析した話として『操縦者を選ぶ』ようだ。
まあブリテン女が使えなかっただけで断定するこっちゃねえかもだが。
《人間サイズの熱源なし。S製のパイロットスーツだと何でもありだから保証はできないけどナ》
「あいよ。オレのスーツがまさにそうだもんなぁ」
宇宙服で重要な問題のひとつが熱の蓄積だ。真空中では熱が伝わらないために体内に溜まり続けることになる。
人間の体温でさえ35度以上。これが一切逃げ場なく溜まり続ければいずれ沸騰まで行っちまう。
この問題を解決する方法のひとつとして熱の受け入れをする物質を予め持ち込み、蓄熱後に切り離すというシステムがある。
スーツに限らず宇宙で活動するロボットでも考えられている方法だ。例えばスカルゴーストもこの方式を使って強制的に放熱していた。
スカルのフェイスガードが開いて輝くのがまさにこれ。光源は貯まった熱だ。熱を蓄積した表面素材が剥離することであの独特の現象が起きる。
漫画なんかにある『黒いシルエットで目と口だけ光っている』みたいな邪悪な
まあこれはリアル技術で解決する場合の話。Sワールドの技術ならこんな面倒な事をしなくてもいい。
実際にオレのスーツはそんな事をしなくても平気だしな。熱とか以前に、宇宙で地肌を露出していて平気なんだからよ。
《次はスーツに銃でも仕込む? お尻からサブマシンガンでダダダダ》
「どんなイロモノ銃だ。戦闘サイボーグが相手じゃあんま意味は
そもそも無重力下で使うとなると、地上仕様の銃ではちゃんと撃てるかも怪しいしな。撃った瞬間にまったく減衰されない反動で自分の体が回転しちまったりよ。
そもそも空気の無いところで撃発できんのかね? 火薬燃焼が不足してジャムるだけかもしれんな。
「んじゃまあ、行くか」
最悪はすぐ外に逃げる。パワー負けする相手に狭い空間で素手格闘とか相性が最悪だ。掴まれたら最後、一方的に嬲られちまう。
意を決して操縦席へ飛び込む。
戦闘ロボットの操縦席にしては無駄に広い空間には――――何も無い?
前に見たのと変わらぬシートには厳ついサイボーグが座っているわけでも、透明な容器に脳みそが浮かんでいる悪趣味な機材が繋がれているわけでも無かった。
《ゼッターと同じ方式かナ? 別の分離機ひとつを有人のリーダー機とすれば、他は無人でも追従するんでナイ?》
「なんだよもう」
緊張してたのがバカらしいわ。酸素の無駄だ。
「となると誰か乗ってるのは他の2機か。ハズレ、いやこれで
《マーネー。中で戦わなくても分離機ひとつ手に入ったモンニ。それにさっきからピクリともしない事を考えると、他の2機も誰も乗ってないのカモ》
「じゃあ、ここまで動かしてきたパイロットはどこに消えた?」
《用済みですでに放流した後トカ? クローンの脳みそだけで動かしたとすれば、後は生ゴミとして捨てても平気だシ。それに脳だけのクローンなんてあまり長生きも出来ないだろうしネ》
「……胸糞悪い」
無意識にデカい溜息が出る。
所詮は人間も有機物で出来たロボットだ。物質としてだけ突き詰めればどんな部分も代替はきく。
だからって、人間そのものをポンポンとコピーして用が済んだら使い捨てっのはどうなんだよ。
「他も確認するぞ」
踵を返して通路を飛ぶ。何もないはずの空間がたまらなく気持ち悪く、凍えて感じた。
《なぜ? この1機で十分じゃない?》
「うるせぇっ!」
オレだってそんな事は分かってる。けど、このままじゃイライラすんだよ。
<放送中>
彼の心は闇を彷徨っていた。体は別人の物のように言う事をきかない。
あるはずの手や足はピクリとも動かず、もっと言えば目を閉じる事さえできない。
視界に映る景色には網膜に投影したような計器類のデータ。
かつてよく見ていた
自分はどうしてしまったのか? 確かあのピエロ、アウト・レリックに能力テストと称して――――
(確か……ああ、新型のシミュレーション機材に乗せられたんだった。この表示はそれか。宇宙フィールドなんて初めてだな)
――――だが、そんな思考もある一点を超えると急にモヤが掛かり、そして彼はまた最初からの思考に戻る。
それまで考えていた事を忘れて。
すでに何十万回以上も繰り返したとりとめのない思考。それでも忘れてしまえばそれは1回目と変わらない。
同じ思考をして、同じ疑問に辿り着き、同じタイミングでリセットされる。
機械に繋がれた彼の脳は、機械のプログラムによって管理された生体部品のひとつでしかなかった。
しかし、そんな堂々巡りのサーキットに別の刺激が現れた事で、彼は思考の輪廻から束の間に解放されることになる。
(凄いなぁ……あの白いの)
別のシミユレーターの使用者だろうか、いつしか彼の
コンテナから飛び出し無数のドローンを撃破し、迎え撃つ無数の砲台と戦闘ドローンにも突撃していく白い機体。
さらに色違いの同じ機体を相手にしても、白兵戦用の武器だけを駆使して圧倒していく。
機体のアクシデントから1発貰ったものの、結局は白い機体の圧勝だった。
(まるで玉鍵みたいだ)
玉鍵たま。彼の心を掴んで離さない強さと美しさを備える少女。
そんな光輝く彼女が、あんな不気味で怪しい輩の持つ新型シミュレーターに参加しているはずはないのだが。
そうしてぼんやりしている間、なぜか彼の思考のリセットは行われず第二ラウンドが始まる。
今度はハンディ付きなのか、白い機体は第一ラウンドからコンディションを引き継ぎ連戦。相手の黒い機体は新品で万全のようだった。
ここでも白い機体は黒い側を翻弄する。相手の攻撃は当たらず白い側が優位。
だが武装の状態も一戦目から引き継いでいるようで、武器が足らずに致命打を浴びせられていなかった。
(ありゃ。運が無いな)
まごついている間にコンディションが悪化した白い機体は、背中の大型ブースターのひとつが故障して鈍ったところに攻撃を受けて脚部を失う。
そしてそのままトドメ――――となると思った彼の予想に反し、両足と左腕を失くした白い機体は、それでもまったく諦めていなかった。
開口したフェイスガードから禍々しい光を漏らし、まるで彗星のような速度で黒い機体に肉薄していく。
腕一本でも動くならまだ戦える。そんな意地っ張りの声が聞こえてくるかのよう。
(ほんとに玉鍵みたいだよ。あのガッツ)
目や耳から血を流しながら、それでも諦めずに敵に立ち向かっていったその姿を思い出す。
彼女は間違いなく天才だろう。だが決して華麗に、スマートに、勝って当然の顔で戦っていたわけでは無い。
自分がパイロットを辞めた後も彼は玉鍵の活躍を見ていた。これまでの戦いのすべてを。
いずれの戦いにも余裕など無い。天才のはずの彼女をして常にギリギリ。玉鍵が血を流したのも1度や2度ではない。
自分たち兄姉と共に戦っていた時と同じ。どんな苦境であっても諦めず、どれだけ泥臭くても抗い続けることでやっと細い勝利を掴んでいた。
……彼女と共に戦った時間を思わず懐かしむ。自分はその時間と決別したはずなのに。
このシミュレーションが終われば、自分は戦闘サイボーグに精神を移してまったく新しい存在となる。
脆弱な肉の体を捨て鋼の戦士に。憧れていた存在に。
――――たとえ間違った形でも、あの少女と並び立てる存在に。
明暗を繰り返す意識。彼にはそれがなぜなのかは分からない。
幾度となくリセットされ上書きされ続けた脳への負担が、いよいよ細胞の許容限界を超え始めたなどとは。
<花鳥、か?>
過去も現在も溶けていく。
これまでの経緯も、そこに至るまでの決断と意識も。
何もかもがドロドロに混濁していく世界の中、どこからか『花鳥』と呼びかけられた
<タマ、かぎ? ボクは、ええと――――なんだっタッケ?>
新しいシミュレーションはロボットだけではなく、乗っているパイロットの姿も再現するのだろうか?
そんな余計な思考をしたあと、
<ボクは キミガ スキダッタ>
意地でバカみたいな間違いと遠回りをしたけれど、結局はただこれだけを言いたかっただけかもしれない。
どんな時代の少年少女にとっても陳腐で、けれどいつだって憧れのイベント。
できれば彼女からそう言ってほしかったけれど。自分みたいな男ではそんな高望みは無理だったから。
だから勝手にスネて、大した努力もせずにこんな事をして――――こんな事ってなんだっけ?
最後の思考で再びリセットの条件を満たした彼の記憶を、機械は無情に上書きを始める。
<皮肉屋で、生意気で、一言多くて。でも恩人を心配するくらいには善人で……嫌いってほどじゃなかったよ>
<ヒデエ ツマリ コトワッテル ジャン モット ハッキリ フッテクレヨ ナ>
答えは分かっていたけれど、やっぱり振られた。それでも、
そしてそれっきり、彼の意識は二度と戻らなかった。
《生命維持装置の稼働停止を確認》
雑な機材を寄せ集めて作られた
常に酸素と栄養を欲し、それでいて細胞に貯蔵することができない脳という器官にとって、数分の無補給時間はそれだけで細胞を死に誘う。
「お休み、花鳥」
たとえクローンでもおまえはあいつなんだろうな。
「結局、種明かしは二番煎じか」
クローンを使ってロボットを動かした。過去にも実績のある方法。
脳だけのクローン。長持ちなんてしない、最初から使い捨て前提の生体部品。
一度コピーされたら世の中のバカどもに散々に使い倒される、命への冒涜。
繰り返される生と死の無限地獄。
たとえそれが当人の浅知恵から生じた皮肉な結末でも……こんな事が許されていいものかよ。
《こっちは操縦席に機材があって邪魔だナ。無人の方に行こうゼイ》
呑気な声を出すこの無機物からしたら、ここに転がってる物体の正体なんざどうでもいい事だろうな。分かってるよ。
――――あんたはそういう存在よ。人間もこの宇宙も、何もかも玩具としてしか見ていないあんたを絶対に出し抜いてやる!
《およ? エディオンのパワーが急に上がり出したナ。やっぱり低ちゃんのほうが相性が良いみたい》
「……あ? まあ動かないよりいいけどな」
オレも意外とセンチなところがあるな。クローンと知っていても知り合いを看取ったせいか、思ったよりショックを受けたようだ。意識がぼやけちまったぜ。
《でもちょっとボルテージが急すぎる? いや、いやいや、なんかどんどん上がってる? 低ちゃん! シートについて!》
「シートにって、ここには色々あるから無理だ――――な、なんだ!?」
足下を伝わる振動音。いや、駆動音。ここまで最低限の稼働で鎮座していたエディオンが急激に出力を上げている!?
操縦席の上に配置されているレーダーのような円形の計器。おおよその予想では、これはエディオンのパワーの段階を表すシンボル表示であるらしかった。
それ強く輝いている。まるであの時の激戦の最中のように。
何もかもを破壊せんとする、破壊神のような勢いで!
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