エピローグ
そして、プロポーズは無事成功!
大切な彼女……いや妻との結婚生活が始まった。
俺も妻も、それまでと変わらず同じ職場で働き続けていたが、妊娠を機に妻だけ退職。
まっ、自分で言うのもなんだが、家族3人を養うには十分な稼ぎがあったもんでね!
とういわけで、無事元気な娘が生まれた。
と、同時に、植木鉢の十六分音符が枯れてしまった。
思わず大泣きしてしまったが、妻は「娘が生まれたのがそんなに嬉しかったのね~」と驚く様子は無かった。
そして、子供が生まれたのをきっかけに、思いきってマイホームを購入!
しかも憧れの庭付き一戸建て。
妻は「子供が大きくなったら私もまた働くね!」って言ってくれてるが、そうなる前に余裕でローンを払いきれるほど稼ぎまくるのが俺の密かな目標……いや野望だ。
そのために日々がむしゃらに働いてるわけだが、それでも毎日欠かさず行っている日課がある。
それは……庭で鼻歌を歌うこと。
実は、十六分音符が枯れた植木鉢の中にはまだ、綺麗なオレンジ色の全音符が残っていて、この家に引っ越して来た時、その全音符を庭の片隅に植えておいた。
で、毎日仕事から帰ってくると、必ず庭に出て鼻歌を歌う。
時には、ノリの良い妻が一緒に歌ってくれたりもした。
娘が段々大きくなってくると、今度は娘も面白がって俺と一緒に鼻歌を歌い出す。
そんなある日、全音符を植えた辺りの土から綺麗な緑色の芽が出ていることに気がついた。
音符の棒ではなく、普通の植物らしい芽。
それでも変わらず鼻歌を歌い続けていると、その芽は驚くべきスピードで育っていき、ついには小さな木ぐらいにまで成長した。
庭にそんなものが現れたりなんかしたら、そこそこ騒ぎになりそうなもんだが、妻と娘は「うちの庭に木が生えたよわーい」みたいな感じで大喜び。
のんきで素敵な家族を持った幸せを実感しつつ、俺だけは二人と少しだけ違う気持ちを抱いていた。
その木は、あいつの生まれ変わりなんじゃないか……ってね。
音符が木に生まれ変わるなんてもう訳が分からないが、そもそも音符を育てたり、それが女の子になったりする事自体が訳分からないんだから、そうであっても何らおかしくは無い。
いずれにせよ、我が家にとって大切な木であることに変わりは無かった。
時は経ち、大学入学を機に娘がひとり暮らしする事に。
正直、私は猛烈に寂しくて、強く反対しようかと思った時もあった。
しかし、それを思いとどまらせてくれたのは他でもない、うちの庭の木だった。
ある日その木に変わった実が生っているのに気付いたのだが、よく見るとなんと、それは綺麗な全音符だったのだ!
間違いなく、それはミファからの贈り物だと思った。
そして、娘のひとり暮らしに反対するのをやめた。
ただし、ひとつだけ条件を付けた。
それは、その全音符を大切に育てる……ということ。
娘のことだからちゃんとその約束を守ってくれるだろう。
それならば、ひとり暮らしをさせても安心だ。
なぜなら、ミファ……なのかどうかは分からないが、きっと優しい音符が娘のことを見守ってくれるはずだから……。
──そして現在。
定年退職した私は、妻と悠々自適な暮らしを送っている。
春になると、庭の木に沢山の全音符が生る。
私はそれを摘んで、屋台に乗せて町を練り歩く。
そして、悩みを持った若者を見つけるとこうやって声をかける。
「ほら、お兄さん。音符はいらんかね?」
〈了〉
音符のミファと鼻歌の日々 ぽてゆき @hiroyu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます