幸せの音
その日から、仕事が終わったら速攻で家に帰って、愚痴やら自慢話やら聞いて貰って、ミファの食事を歌ってあげるのが日課となった。
自慢話をイヤな顔ひとつせずに素直に聞いてくれると自信が湧いてきた。
愚痴に対して俺以上に怒りをあらわにしてくれると、思いきりスカッとしてすぐに忘れることができた。
つまりまあ簡単に言うと、ミファのおかげで仕事も楽しくこなせるようになっていったってわけだ。
すると、重要な業務をどんどん回してもらえるようになり、挙げ句の果てには、社を挙げた新規の一大プロジェクトのサブリーダーを任されるまでになった。
凄く嬉しかったのと同時に、もの凄いプレッシャーに押しつぶされそうになったりもしたが、それを払いのけられたのもミファのおかげだった。
損得勘定抜きで、純粋に親身になって話を聞いてくれる人が居るっていうのは本当に幸せな事だと思う。
そして、順調なのは仕事だけじゃなかった。
大きな仕事を任されて男に磨きがかかったからなのか、毎日ミファと喋ってるおかげで女子との会話が
しかも、会社で1、2を争うほどの美女!
実は、元々彼女の事をめちゃくちゃ可愛いなって思ってて、こっそり仕事を頑張るモチベーションのひとつになってたりしたのだが、俺なんかとは不釣り合いも良い所だし、付き合いたいって思うことすらおこがましいと思ってた。
なのに、そんな彼女から告白されるなんてもう、ドッキリか何かとしか思わなかったよ!
でも……どうやら本気らしい。
だって、ここんとこ毎週末、彼女からデートに誘ってくれてるし、そのどれもがめちゃくちゃ楽しかったから!
そして、明日も遊園地デートの約束済みだ。
「なあミファ、明日着てく服、これでいいかな?」
「えっ、ダメダメ! それ、先週も着ていったじゃん! その時は映画だったからいいけど、遊園地ならもっと明るくしなきゃ!」
「ふーん、なるほど……じゃあ、これは?」
「うん! それならバッチリ! あっ、ねえねえ、ちゃんと下調べしてる?」
「ん? なんの?」
「えー⁉ ダメじゃん! 人気のアトラクションとかちゃんとチェックしとかないと! 遊園地とかって油断するとダラダラなにもしない時間が続いちゃったり、いざ人気のやつに乗ろうとしたらめちゃくちゃ行列出来ててテンション下がったりとか、デートの落とし穴だらけなんだから!」
「お、おう……妙に詳しいなおい……」
「にひひっ!」
と笑うミファの口元から、小さな音符が飛び出してパッと消えた。
まあ、デート前は大体こんな感じ。
ミファ様のありがたいアドバイスを頂戴して、本番に備えるってのがお決まりのパターン。
で、実際そのアドバイスの的中率の凄さったら無い。
彼女と付き合えるようになった奇跡もミファのおかげなら、彼女と順調に続いてる奇跡もまたミファのおかげ。
とにかく頭が上がらないし、足を向けて寝られないし、俺にとってかけがえのない存在だ。
彼女にはまだ話してないけど、ミファの存在について、いつか必ず言うつもり。
もしかしたら嫌われちゃう可能性もあるけど、全てはミファのおかげだし、それをずっと隠し続けることなんてできやしない……って、結構本気で思ってる。
まあ、そのタイミングは慎重に選ぶつもりではいるけども、ね。
そんなこんなで月日は流れ、相変わらず彼女との仲は順調。
もちろんケンカをすることもあって、最初の頃はミファのアドバイスを聞きつつ対応するって感じだった。
……けど、俺もちゃんと学習するというか、彼女のことを深く知って行くにつれ、ケンカしても自分の考えで真摯に向き合ってちゃんと仲直りできるようになっていた。
仕事に関しても、最近はミファにこぼす愚痴の数がめっきり減ってきた。
自分でも驚くほど、上手くこなせるようになってきて、確かな自信も付いてきた。
と言うわけで、今度ついに……プロポーズする!
それと同時に、ミファのことも打ち明けるつもり。
俺にとってミファは娘同然であり、かけがえのない親友だ。
彼女はきっと驚くだろう。
でも、今まで付き合ってきて、彼女がとても優しい人間だって心底思うし、きっと受け入れてくれるって確信してる。
でも、それをミファに伝えたら「やだやだ! 大切なプロポーズでそんなこと余計なこと言っちゃだめだよ! だから、ミファここから出て行くよ……」なんて言いかねないから、とりあえずそれは伏せておく。
で、上手く言った後に伝えれば、ミファも文句は言えまい!
と言うわけで、とりあえずプロポーズすることだけをミファに伝えた。
「わっ、ほんとに? やったね‼」
「いやいや、まだオッケー貰ったわけじゃないから、喜ぶのは早いぜ」
「ううん、ミファわかるよ。絶対断られるわけない、ってね」
「マジで? だったら嬉しいんだけど」
「ふふっ。じゃ、私の役目は終わりだね」
ミファは優しく笑いながらそっと呟いた。
「えっ⁉ 何言ってんの⁇ いや、ほら、確かに今まで彼女には黙ってたけど、実はプロポーズと同時にちゃんと説明しようって思ってたし、彼女だったら絶対に──」
「うん、その通りだと思う! でもねミファ、こっそり心の中で決めてたんだ。あなたに大切な人が出来て、もし結婚するってなったら、ミファは『おじゃましました!』しようって」
「おいおい、なにバカなこと言ってんだよ……」
どんどん目頭が熱くなっていく。
心の中で何となく、こうなるような予感というか不安があって、それが見事に的中してしまった……。
だってミファはどこまでも良い奴で、死ぬほど純粋だって分かってたから……。
「ねえねえ、何も悲しい事なんてないよ! だって、ミファは元に戻るだけなんだから。植木鉢の中って意外と温かくて落ち着くんだよ? 知らないでしょ~?」
「そ、そうなんだ……ははっ、まあ、土の中だから温かいよな!」
分かってる。
ミファが、何よりも俺が悲しんでる姿を見るのがいやだって思ってくれてる事。
だからこそ今まで頑張ってこれたし、だからこそ今も笑う。
涙と鼻水を吹き飛ばすように思いきり笑ってやる!
「うんうん! だから全然大丈夫だよ! あっ、でも、ひとつだけお願い聞いてくれる?」
「おうおう! さあこい! 何でも来い! いや、『金で出来た植木鉢に引っ越しさせて』とかだったら無理だぞ!」
「はははっ! そんなんじゃ無いから大丈夫だよ! ほら、耳貸して!」
「お、おう……」
すると、ミファは俺の耳元で優しく囁いた。
「……なんだそんなことかよ」
「もう! ミファにとって何よりも大切なことなのにぃ!」
「ははっ、うそうそ。わかった了解。絶対忘れないよ」
「うん、ありがと! じゃあ、そろそろ……」
そう言うと、ミファの体がどんどん薄くなり、部屋の壁が透けて見えてきた。
「バイバイ……じゃないよ。ずっとそばに居るからね!」
「おう、俺が植木鉢を捨てさえしなけりゃな!」
「えっ、やだそれは……」
「ははっ、冗談冗談! 少ない給料で買ったやつだからもったいなくて捨てられねーよ。それに、大切なものが中に入ってるからな」
「うん! じゃあね‼」
「おう! じゃあな‼」
そう言って手を振り返した瞬間、
リーン──。
と音が鳴り、ミファの体が完全に消えて無くなった。
その代わり、植木鉢に戻ってきた十六分音符。
棒から生えてる2枚のヒレが、まるで手を振っているかのように揺れていた。
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