最終話.予定通りにはいかないみたいです


婚約の正式お披露目パーティ2回目の当日。


私は真っ直ぐに背筋を伸ばし、朝食をしっかり食べてドレスに着替え女中達に身支度を整えてもらって家族と馬車に乗り込んだ。


以前は気を張っているだけで内心おどおどしていたけれど、今日は名誉挽回の為に正当な気合いでいっぱい。


それに正装姿のシュナイツァーに会うのがとても楽しみ。


ダンスレッスンを一緒にした時に彼はやっぱり無口気味だったけれどとっても仕草が細やかで美しくて、私を見つめる優しい笑顔が癒されるの。

ダンスも私より遥かに上手でリードが完璧。なんて言うのかしら、シュナイツァーの周りだけすうっと空気が変わるのよ。うっとり見惚れてしまった。



婚約破棄でパーティをぶち壊す予定が無いっていうのは良いわね。


「ハリエッタ。おまえはあの出来事で素晴らしい女性へと成長したようだな」


「初めてのパーティの時とは全然違うわね。貴族の令嬢としての気品、そして強さがあなたから溢れてるわ」


お父様とお母様が

「自慢の娘よ」

と手を取ってくれる。


前世の家族が一瞬頭をよぎる。

もう顔も声もほとんど覚えてなくて、かすれてしまっているけれど…

今までどうしようも無いんだし、忙しいし。

そうして考えないようにしていた。


私はお父様とお母様の手を握り返し、転生してから初めて自分の前世の死をしっかり実感して胸が温かくなったと同時に少し痛くなった。


一体どんな顔をしていたのかしら。


「結婚は少し先よ。それに結婚式でも今日のパーティでも、泣いてはいけませんよ。気高く、気丈にね。あなたはグレース家の令嬢なのだから」


「…はい。お母様」


「人前で泣かないのも大事な練習よ」


「はい」


込み上げてきたものを深呼吸して、そっと。そっと落ち着かせた。



♢♢♢



王家から直々に貸し出されたパーティ会場。

天井画が描かれていて、7人の神様がいる。


準備中のそこへ頼み込み、私は着替え前にルーべルンと私はその天井画に手を合わせて丁寧にお辞儀した。


友愛の神、パルパル様

言葉の神、ラング様

創造の神、ポミュラニエレン様

時間の神、クロスリード様

芸術の神、マリア様。


きっと別の世界では別の名前だったり絵だったりするのね。女神様がマリアという大胆な本名(?)を使っていたのには驚き。


「信仰の影響力によりますが、魂が消えない限りきっとまた会えます」


ルーベルンも少し寂しいのか、私にだけ聴こえる声で言ってくる。


「せっかくだからまだ会ってない神様にも会ってみたいわね」


「こんなに神様の記憶がある人間は、あなたと僕くらいなものでしょうね。今世で会える可能性は低いでしょう。それによっぽどの事態じゃないと普通会いません」


「そうね、偉い人が来る時は緊急事態だから」


「本当に…大変でしたね」


会場の使用人達は気を遣って私達のそばには来ない。準備でざわついてる会場の中、私はルーベルンに肩をすくめて言った。


「そうよ、全然簡単な仕事じゃなかった。求人票の詐欺だわ。アットホームとマニュアル通りの簡単なお仕事っていうのは、人が居着かない職場だったり残業当たり前だったり、怪しいんだったわ」


「この仕事の職場はいかがですか?」


「ここはもう職場じゃないわ。もうお仕事じゃない。私の人生よ。あなたもでしょ?」


「はい。満点の解答です」


ルーベルンがにっこりした瞬間に、遠くから声がかけられた。


「ハリエッタ様、時間が来てしまいますよ」


「はい、お待たせしてしまってごめんなさい。今そちらへ参ります。ルーベルン。見守っていてね」


「はい」


ルーベルンと別れた私は控室に案内され、シュナイツァーと家族と来客の為…何より私自身の為に髪を結い、装飾品とドレスをまとい、身支度を隅々まで整えて美しい姿になった。


前は両頬をばちん!と叩いて気合を入れ「何をされてるんですか!」と周りの人達に心配されたんだったわね。

他に方法無かったのかしら…人の字を飲むとか。



「ハリエッタ様。シュナイツァー様がいらっしゃいました」



真っ白な軍服調正装姿のシュナイツァーは以前よりずっと柔らかい印象だった。

髪を自然な形で整えており緊張はしてるけれど穏やかな表情。

オールバックもかっこよかったけれど、前髪を下ろした普段寄りの髪型が落ち着くのはお互い様ね。

彼の優しい雰囲気が溢れているから安心する。


「ハリエッタ…」


「はい」


「あの…いや、何でもない…」


「素敵ですわ。シュナイツァー、すごく素敵です。あなたの隣にわたくしは相応しいでしょうか」


「…もちろん、君以外は考えられない。ずっと…私は、」


「はい」


「私は…今。すごく幸せだ…」


「私もです」


言った後にお互い照れて何も言えなくなってしまった。


シュナイツァーとなら、良い恋愛が出来そう。


使用人達が「あらあら」「まあまあ」とほのぼの見てくれていた。


シュナイツァーに細長い腕を差し出され、私はそれに手を添えて一緒にパーティ会場の開いた扉に向かった。


わあっと歓声が上がり、光に照らされたフラワーシャワーが舞う。

家族の安心した嬉しそうな顔と来客の拍手。

心配をかけさせてしまった分、お父様とお母様は涙ぐんでいるように見えた。


何よ。

私には人前で泣くなっていったくせに…


その側にはルーベルンがいる。

もう自由に私の側には来れない彼を見て、

ああ、以前とは本当に違うんだ

そう、ぐっと来た。


…だめだめっ。

泣いちゃだめ。



「本日は皆様。私…シュナイツァー=リレ=グリンドと、ハリエッタ=ミレ=グレースの正式婚約パーティにお集まりいただきありがとうございます…この場を二度も与えてくださった事を深く感謝致します。ハリエッタ…君からのご挨拶を」


シュナイツァーが小さめの声だけどしっかり言い切ると、優しい拍手が起こった。

私はその拍手に支えられて涙をこらえ、うわずった声で何とか挨拶をした。


「ごきげんよう、皆様。

今日は本当に、本当にありがとうございます」



謝罪と感謝をしっかり伝えて、パーティは無事に始まった。


「おめでとうございます」

「いやぁ、一時はどうなるかと」

「雨降って地固まるですね」


たくさん祝福の言葉と、王家からは釘刺し(それは当たり前よね…)をいただきダンスの時間が来た。


シュナイツァーとお辞儀をしてから手を取ると、彼の口から流暢な言葉が出てきた。


「どうだい?自分で掴み取った幸せって良いものだろう。人生は全部自分で動かすんだよ」


「あら、ラング様」


「あと、言葉の力も素晴らしい事を忘れないで」


「はい。ありがとうございました」


「……っ…驚いた。急に出て来るから」


目を丸くしてるシュナイツァーの肩をとんとん、として落ち着かせる。


「大丈夫?」


「…大丈夫だよ。そばに君がいるから」


「はい。私もです」


私は神様達の天井画、両家の家族、そしてルーベルンの見守る中、シュナイツァーと二人でダンスを披露した。



パーティが無事に終盤を迎えた頃、悪役令嬢を卒業した気分の私は席で休憩しながら少し思った。


私は、私の仕事をちゃんと出来たのかしら。

文字で書かれた、誰かがつけた成績表が無いから分からない。

シナリオを何度変えさせたのかも。

仕事としては、相当良くない出来だったと思うわ。言われた通りにやれば簡単だったのに、全然やれないんだもの。

うん…

ここまで来れたのは奇跡的よね。

これからはそういくかどうか。


(違います)


…?


(人生は全部簡単じゃないし、全部奇跡です。あなたがそれを僕に思い出させてくれた)


ルーベルンの声が、ふと頭に響いた。

私は、手を振る事が出来ないけれど壁側で優しく見つめてる彼へ微笑みを送った。


そうね。

この先何が起こるか決まっていたとしても、人生に確定してる道は無いんだから。

私が悪役令嬢としては死なないで、今幸せいっぱいのヒロインになってるみたいに。


「ハリエッタ…疲れてないか?最後の挨拶だけ頑張ろう」


「はい、大丈夫ですわ。シュナイツァー」


私はこれから起こる出来事への期待と不安を胸に自然と背筋が伸びていた。


私の人生は、私が動かすのよ。



END.

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【完結】転生して悪役令嬢シナリオをクリアするだけの簡単なお仕事です るぅるぅです。 @luuluu

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