40.悪役あっての主人公ですもの
翌日の昼。
シュナイツァーとのダンスレッスンをする前に、私はお母様から聞いた話をキャンベング家へ確認しに向かっていた。
朝食を済ませ、どのドレスにしようかしらとそわそわしている所にお母様がノックしてから入って来て
「これはお父様にハリエッタには黙っていなさい、と言われていたのだけど…」
そう意味深に声をかけてきた。
「どうかしましたの?」
「キャンベング家のマリア嬢。元気になったという報告だけはハリエッタに来たのよね」
「ええ。お見舞いに行っても屋敷の門すら開けてもらえず、手紙を書いて届けてもらっていたのはお父様もお母様もご存知よね」
「マリア…」
あれから私はマリアに会えていない。
女神の良いお人形みたいにされた件は「マリア嬢には悪魔が取り憑いていた」とルーベルンがいかにもそれっぽく説明してくれたから無罪の筈。
キャロレン毒殺容疑も、私が上手いこと言ってマリアは関係なくて悪魔が窓から入って来たという物語をキャロレン自身に語ってもらったの。
でも、そ〜やすやすと皆信じるわけは…無いわよね。私だって「マリアをかばってるんじゃないのか?」と思う流れだもの。説明や物語の方は無理があるのは想定済み。
だから私とキャロレンで
「マリアは悪魔に取り憑かれた被害者よ。あなた方同じ立場だったらどう思うか考えた事は無いの?」
「マリア様に何かしたら、わたくしとお姉様が許しませんわっ」
と来客に怪訝な目をされたら密かにアピールしていたのだけど…
聞いたところによると、マリアは教会で身体を浄めたり毎日悪魔が抜けてるかのチェックをされていたらしい。
キャンベング家は私とキャロレンが頑張ったから迫害こそされておらず平和に暮らしてはいると聞いていたわ。
直接話を聞けてない私はあまり詮索するのも失礼だし、それを信じてシュナイツァーと自分にかまけていたのだけど。
実際はどうにも違うようだとお母様の表情を見て感じた。
「マリアは幸せにやっているのよね?手紙の返事は来ないしどうしてるのか分からないけど…」
「手紙は…ごめんなさい。全部こちらに返って来てたの…キャンベング家は今後グレース公爵家とは関わりたくないって文字を添えられて。お父様はハリエッタが結婚するまで黙ってなさいと言っていたの。せっかくの幸せな空間を変えの効くような子爵家に振り回されてなるものか、って…」
「そんな」
「お父様は子供達に悪口を決して洩らさなかったけど、ずっとキャンベング家がお嫌いなの。だから私もハリエッタに忠告したのよ。今回キャロレンとあなたがマリア嬢を庇ったでしょう。だからマリア嬢が幸せになったと伝えるように使用人や女中にも徹底していたらしいわ」
「そんな…それを知っていたら、私…お父様は一体どうしてそんなにマリアの家がお嫌いなの?」
「お父様だけじゃないわ。キャンベング家は色々な場所で問題を起こしてる。悪魔に魅入られる家系なの。だから皆が避けているのよ。今回の事で分かったでしょう?」
「……あれは。マリアのせいじゃ…」
「ごめんなさい、私もそろそろ王女様のところへ行くので本題に入るわね。キャンベング家はパーティに参加しないそうよ。子爵家が王家の招待をお断りするなんて、国に見捨てられる覚悟があるとしか思えないわ。これはハリエッタに言っておいた方が良いと思ったの」
「!!」
「私はあなたがマリア嬢とさよならも言わずに別れて平気なようにはどうしても思えなかったの…余計な事だったらごめんなさい。けどあなたったら一回婚約者破棄して行方不明になるくらいの娘なんだもの。結婚後にこれが分かったら今度は妻の身でマリア嬢を探しに行きかねないわ、と思ったのよ」
んん〜。
それはそうかも。
マリアがもし惨めな暮らしをしていたらどうしよう、私だけ幸せでラブラブなんて!ってきっと屋敷を飛び出して探しに行くわね。
さすがお母さんだわ、分かってる。
「ありがとう、お母様。これで私の将来の家出は阻止出来たわね」
「もう…お父様がキャンベング家をお嫌いなのにも理由があるわ。どうか恨まないで」
「はい。分かってます」
皆、理由がある。
私が知らないだけ。
♢♢♢♢
キャンベング家に着くと、珍しく門が開いていた。
どうして馬車が沢山並んでるんだろう。荷車には家財道具。
使用人達は忙しそうに駆け回ってる。「隣国へ向かう前にもう一度確認しろ」なんて言葉も聞こえる。
何やら騒々しく、綺麗な空に埃もたってて…
これは…
馬車から降りて茫然としていたら、旅支度を整えて使い込んだ大きなリボンのついた帽子を手にしているマリアがいた。
「マリア!」
無視されるかな、と思ったけれどマリアは見違えるように涼やかで綺麗な笑顔を向けてくれた。
「あら、ハリエッタじゃありませんか。ご機嫌よう」
「……っ、ご機嫌よう。これは何の準備ですの…?」
「戦争を終えて人手不足の隣国から、わたくしの家系に助力しないかというお誘いをいただきましたの。そのお引越しですわ。国王様の許可もいただいてます」
「戦争を終えた国へ…?危険なのでは…」
「生きてる限りどこも危険ですわ。わたくしの家系はそれをよくよく分かってます。今回の件…覚えていないといえど、わたくしの身体がしたこと。これはもう消せない過去ですわ。ごめんなさい」
「マリアは悪くないのよ」
「周りはそう思いませんわ。けど、あなたが分かってくれていたらそれで良いんですの。わたくし、ずっと悩んで家族とも話して…ここを離れて皆さんに安息も与え、尚且つ隣国で役に立つという素晴らしい考えを一家で考えたんですの!ねえ、ハリエッタ。送り出してくれるでしょう?」
「マリア…」
「こちらではキャンベング家は悪魔の家系。その長い長い年月をかけて染み付いた風評を拭うには国が広すぎるのですわ」
「……」
「この国では、わたくしは嫌われ者。あなたは人気者。けど、ちゃんと分かってる人がいるんですもの。逃げても良いじゃない?
それでいいと思ったんですの。
自分の気持ちのままに婚約破棄をして颯爽と逃げ出すあなたを見て、わたくしそんなことを思いついてしまったの。逃げる形になるのに。可笑しいでしょう?でも、今最高に幸せな気分なのよ」
マリアは粗末な汚れのついてるドレス姿だったけれど、背筋が伸びていてそれはまさに【貴族】といえるものだった。
「マリア。グレース公爵家と話なんてもうするんじゃない!」
「さっさと帰ってください。もう関係ないでしょう、これ以上うちに関わらないでください!」
「避けられてる私達のことなんて放っておいてください!」
遠くからマリアの家族や使用人達が声をかけてくる。
マリアだけが私に微笑んでくれる。
「マリア。元気でね。もっと…もっと話したかったな。今日会えて本当に良かっ…」
言葉に詰まってると、マリアがくるっと背を向けて最後に言った。
「お父様とお母様が怒る元気無くなったら、こっそり手紙を送りますわ。その為には長生きをしないといけませんわよ。あなたはこの国でたった一人の、わたくしのお友達なんだから。お別れのプレゼントなんてあげませんわよ、ちゃんと覚えてらして!」
私が返事をする前に、マリアは慌ただしい引越しの準備の波に消えてしまった。
私は非難の視線を謙虚に受け止めながら、馬車に乗り込んでグリンド家に向かってもらった。
キャンベング家では、私はまだ悪役令嬢のままね。
けど、マリアがそれで輝いてるなら。
友達の為なら、そんなの簡単なお仕事だわ。
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