39.ダンスレッスン
パルパル様とお別れして寂しくなったのも束の間、私とシュナイツァーは改めて婚約パーティをやり直す為信頼を取り戻すのに奔走した。
互いの親族、お父様お母様同行の懇意にしてる家系への挨拶はともかく。
王家への直々挨拶は、私もシュナイツァーもダンスパーティに招待されてそこで名誉挽回という機会を準備され
「光栄です。王家の寛大なお心遣いを決して無駄には致しません。素晴らしいダンスを披露いたしましょう」
とか言ってみたものの。
内心大慌て。
ダンスレッスン何ヶ月もしてない!
ストレッチすらしてないからダンスに使う筋肉がふにゃふにゃ。
シュナイツァーも療養していた関係で身体が硬いらしい。
ダンスの内容を決めてしまえば互いの動きは大体想像できる。
10日後のパーティ2日前まではお互いしっかりレッスンして、それから合流して仕上げようという話になった。
今まではシュナイツァーのお見舞いと療養を名目に私も接客以外ほとんどのんびりしていたのは失敗だった。
気が抜けちゃっていたのね。
グレース家のダンスレッスンは別荘で花嫁修行をしていたキャロレンも一緒にとなり私達は「久しぶりー」ときゃっきゃした。
キャロレンは厳しいマナー教育を受けたおかげか顔つきがしっかりしていて、オンオフの使い方を上手く覚えたみたい。
日頃姿勢やマナー作法を勉強しているので、彼女はダンスも私より飲み込みが早い。
パーティにはグレース家令嬢のキャロレンも当然来るので、これでは比べられてしまう。
姉としては負けていられないわ!
私達は先生を日替わりで3人つけてもらい、それぞれから違う視点のダンスを教わった。
周りから見た優雅さ、疲れにくいステップ、息切れをしない為のストレッチ、さり気ないダンスとダンスの間に有効な水分補給や休憩の姿勢までも。
私の汗っかきぷりを見て
「涼しくて軽いドレスを仕立てましょう」
と助言してくれる先生もいた。
これって遠回しに汗臭いって言われてる?
本当の事は分からないんだけど、それくらいに私は真剣だった。
貴族なのに汗臭いのはいただけないわね。
「あの人ダンスは上手いけど汗くさ(笑)」って印象が王家や来客に残ったら、シュナイツァーが汗臭い嫁を貰った事になってしまうわ…
そういう噂は侮れないのだ、とマリアから聞いている。
恥ずかしいけれど、これはこれで成長だもの。
そう割り切ってお母様に相談し、香水と香油を買いに行った。
貴族御用達の豪華な店内はキラキラ。
とっても綺麗な形の瓶に入った色とりどりの香水や香油がまぶしい。結構お客さんが多いので変にほっとしてしまう。
「今までは必要なかったからなあ…何を選べばいいのかしら」
あんまり嗅ぎすぎると具合が悪くなるって言うのは前世に経験済みよ。
つけすぎて影で「あの子くさいっ」と笑われた苦しい経験も。
以来香水を避けていたから少し嬉しいわ。
扱いには気をつけなきゃ…
私はコバルトブルーの瓶を手にして香りを嗅ぎ、それが気に入ったのでお母様に相談した。
ちょうどお母様が使っているものの姉妹品だと聞いて、それに決め香油は肌にとても良いという馬のものを買った。
帰り道の馬車内で、香りは気に入ったけどキャロレンはそんな事ないのに自分がそれをつけなきゃいけないなんて複雑だわ…と私はついお母様にこぼした。
「キャロレンにはドレスの仕立てなんて言わなかったわ。遠回しにイヤミを言われたんじゃ無いのか、ヒヤヒヤしているの」
「まあ。ハリエッタ。あなたくらいの年だと、子供を生む為に身体が変わるでしょう。身体の香りが変わるのはずばり…大人のフェロモンなのよ。異性を引き込む、魅力の香り。それはもっと大人にならなければ分からないとても複雑な香りなの。それを隠そうとするのは至極真っ当なマナーよ」
「ええっ?」
「グレース公爵家はそれが代々強いので、少し早めに香水をつけるのよ。キャロレンは私達と血が繋がっていないから、もう少し後かもしれないわね」
「そうなんですの…」
お母様と大人な会話をするのって不思議な気分。お母様は私を子供としてみてくれてるけど、どうしても私は友人感覚というか…
お母様は目の前の娘が、前世27歳まで処女で彼氏もいなくて、会社のお土産を買って帰る時に猫を助けてトラックに撥ねられた記憶があるなんて思ってもいないんでしょうね。
トラックが、何かも分からないかしら…
今世の人生が長くなるほどに、こういう前世記憶が支障になるだろうというのは分かる気がするわ。
同時にいつもふたつの事を考えてるようなもので、たまにすごーく疲れるんだもの。
しかもルーベルン以外には言えないんだから。
♢♢♢♢
ダンスレッスンをしんどいながらにもこなして、明日はシュナイツァーと手合わせ(そんな気分なのよね)をするという夜。
子供の頃は広すぎた、今は余裕があるな〜くらいのベッド上で私は
「上手く出来るかな。シュナイツァーとラング様元気かなあ」
ごろごろごろごろしていた。
命の恩人なので男女二人きりだとしても許されてる話相手として私の部屋に呼ばれたルーベルンは
「眠れないなら僕と練習しますか」
そう言ってきた。
「えっ」と顔を上げると、ルーベルンの力で、私と彼にだけ音楽が聞こえる。
「……」
同じ曲。
思い出す。
いつか、ずっと前。
小さい頃私はルーベルンと練習したっけ…
「ハリエッタ様、僕と踊っていただけますか?」
彼は優しい笑顔で手を差し出してきた。
以前とは何もかも違う。
血肉の通った…暖かくて成長している手。
私は自分の手をそっと差し出した。
「…はい。はい、是非!」
「…そんな肉に喰らいつくみたいな返事と顔はいけませんよ。もっと落ち着いた表情で、穏やかに」
「はい。任せてください」
「よろしい」
以前は、純粋に楽しんで踊る事が出来た。
でもどうしてかな。
今は…
「そこでもう少し先にステップ。シュナイツァーの身体は僕より大きく先生より小さいので、相手をよく観察するように…」
「はい」
そうだわ、3歳の頃。
もっとおもちゃやぬいぐるみで散らかった部屋でシナリオ、シナリオと考えて頑張っていた休息にくるくる楽しく踊ったあの頃とは違う。
あの時ルーベルンはただの仕事で付き合ってくれていた。
私は今結婚を認めてもらう為に、自分の決めた道の為に頑張っていて先生ともお相手のレッスンはしっかりしてる。それはルーベルンだって見てるし聞いてるから知ってる筈よ。
じゃあ、今ルーベルンが私に付き合ってくれるのはどうして?
親愛だというのなら、
これ以上私の気を揉ませないで。
そんな風に思ってしまう。
やがて、彼に腰と手を支えられる形でダンスの一連が終わる。
「目線が足ばかりなのは良くありませんね。最初は仕方ありませんが、慣れたらしっかりシュナイツァーの目を見てくださいね」
身体を起こしてもらい「これで寝れるでしょう」と言われた。
寝れるわけ、ないじゃないの。
「…ルーベルン」
「はい」
(あなたは私が好きでしょう?)
「……」
そう聞くのは簡単。
けど、彼の口で返ってくる答えはわかりきってる。
あなたは、今も私の心が読めるんでしょう?
どうして私にはあなたの心は読めないのかな。
不公平だなあ…
「…ハリエッタ」
「ルーベルン、ありがとう」
「はい。おやすみなさい」
私達は『大人の対応』で笑顔を交わし、別れた。
ベッドに入って、私は
「もう空に浮かんでるんじゃないんだものね」
とつぶやいた。
そうね。
もうここでの子供時代も終わり。
忙しくて、楽しかったわ。
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