38.魂の記憶
シュナイツァーが目覚めたら、またまた忙しい日々が続いたわ。
グリンド家はシュナイツァーが元気になっていくのでただでさえ喜びの嵐なのに、私と彼が落ち着いたら正式にもう一度婚約したいと伝えたんだもの。
もう皆ニコニコで毎日お祭り状態。
グレース家の皆は私の事を心配してくれている(というより、私がもう一度断ったりしないかな?と思っているのねきっと)ので、私は最初シナリオをこなしていた頃みたいにシュナイツァー大好きな令嬢として振る舞った。
もちろん、今回は演技ではなく本心。
ルーベルンの事を吹っ切るのに時間はかからなかったわ。何しろ彼は態度が全然変わらないんだもの。
シュナイツァーの仲を軽く嫉妬はするけど私が幸せになるならと喜んでくれてる。
一緒にお見舞いに来るくらいだし、気を効かせてパルパル様と席を外してくれる位に応援してくれているんだから…
それに。
「あら、ルーべルンって私が好きなのにこんなにいちゃいちゃを見せつけられてよく平気ね」
なんて子供っぽく言ってしまった時、彼の答えは意外な視点からだったのだ。
「僕には来世がありますけど、シュナイツァーには今世しかあなたと結ばれるチャンスがないんです」
「シュナイツァーには今世しかない…?」
「断言は出来ませんが、今世で一緒に過ごした魂達が来世でまた巡り合う可能性は低いです。記憶がもし蘇ると支障があるでしょう。前世はこうだったのに、前世で二度と関わりたく相手とまた会ったからやっつけてしまおう、とか。余計な亀裂を避ける為の定期的な席替えみたいなものですよ。同じ人間が何度も同じ人の周りをを巡るのは良くない」
「過去を忘れた方が良い人もいるって事ね」
「はい。僕が仮契約で記憶を持ち越す事が出来るのは半分人間になりきってなく人生への干渉が完全ではないからです。今はもう爪も髪も伸びてお腹も空く…存在が確実に証明されるから、来世に記憶を持ち越す事は出来ない。でも僕も遥か昔は人間だった。元に戻れただけです。最初は複雑でしたが、今はとても幸せです」
「来世に魂が転生したら、ルーべルンはそういう知識も忘れちゃうのかしら」
「忘れても大丈夫です。僕と美月さんは契約で結ばれてる。きっと敵同士の立場で生まれ変わっても、僕はあなたを助けるでしょう」
「どうせなら近所の幼馴染とかが良いわね」
「僕と美月さんが異性に生まれ変わるとも限らないですけどね」
「んん〜〜」
ルーベルン、男女の今世に頑張ろうとは思わないのかしら…吹っ切れたとはいえ、そう思わなくもない。
私のそばにいて私を守りたい、愛しいって思ってるのはもっともっと広い意味なのね。
子供が出来たら分かるのかしら?
でもシュナイツァーは今度15歳なのよね。
この世界ではもう結婚と跡継ぎを準備するのが当たり前みたいだし精神年齢も彼20代並みだから、問題は無いんだろうけど…
私はしばらく婚約者や新婚さん時代を楽しみたいわ。何年も面倒な事に振り回されていたんだから!
♢♢♢
すっかり元気になったシュナイツァーと一緒に暖かい外を散歩しながら、私は
「ラング様は随分と静かなのね」
と気になっていた事を聞いた。
「…うん。もう頼らずに私自身の言葉でちゃんとハリエッタに伝えないといけないよ、って時々呼びかけられている」
「あら、そうなの」
意外と空気の読める…なんだかんだ神様ね。
あの時はシュナイツァーがしどろもどろなのにしびれを切らしてラング様が発言しちゃっていただけなのかしら。
それとも、もしかしてシュナイツァーの恋を「くそっ、じれってーな!」と手伝っていた?
男の友情ってやつかしら。
「なら私の事を好きだとか、愛してるだとかはラング様の言葉だったのよね?シュナイツァー。あなたの言葉でこれからは言ってくださいます?」
彼の大きな手をきゅっと掴み、私は真っ直ぐ瞳を見つめた。
怯えてる様な色はまだ残ってる。
それでもシュナイツァーの口からは一生懸命な愛の言葉が出てくる。
それは美月じゃなくハリエッタに向けての愛の言葉。
私じゃなく、わたくしだけの秘密にしておくわ。
「シュナイツァー。あなたと結婚して子供が出来たら、私聞かせたい話がたくさんありますの。あなたにもいつか話しますわ、わたくしの中で上手く整理してルーベルンとわかりやすくまとめてきます」
「うん」
「まだ先の話ですけどね」
「子供か…欲しいな。ハリエッタは何人欲しい?」
「授かりものですから、神の導きのままに…」
涼しい顔で積極的な発言をするシュナイツァーをごまかして、私は赤くなりつつそそくさと離れた。
遥か年下の男子とこんな話をする事になるなんて…
「そうだね。ハリエッタは恥ずかしがり屋だから」
シュナイツァーがラング様みたいなセリフを言ってから、自分もぽっと頬を染めて目を逸らす。
言い方が全然違うから彼の言葉だと分かるわ。
多分具体的な事想像したわね…つられて私まで恥ずかしくなってくる。
これは私もいざって時リードしなきゃいけないかもしれない。ま、伊達に一回転生してないし知識はあるから頑張るわよ。
シュナイツァーの為に。
二人で照れながら目を逸らしながら、変な風に歩いていくとパルパル様とルーベルンが橋の向こうから手を振っていた。
「パルパル様…帰るんですってね」
「ああ。寂しくなるよ」
婚約破棄などショッキングな記憶は置いといて、パルパル様とラング様の事はシュナイツァーもちゃんと覚えていたのだ。
パルパル様が神様で帰らなきゃいけないんだって事も…
「猫ちゃん。新しく飼う?」
「…それも良いね。名前はペリペリなんてどうだろう」
「……ぺりぺり?」
「それとも、プルプル?パフパフもいいかな。ポリポリもいいな…」
「…猫の名前はお好きにっ…ぷっ。ふふ、あははは…っ子供の名前は私がつけますからね」
「え、どうして笑ってるんだい?ハリエッタ」
大真面目なシュナイツァー。
彼の意外なセンスの無さを知って、私は失礼ながら吹き出してしばらく笑ってしまった。
和やかな雰囲気の中、私とシュナイツァーとルーベルンは太陽が一番高く上がる時間、開けた素敵な草原で光に少しずつ包まれるパルパル様を見送った。
陽の光なのか、それとも何か特別な光なのか分からないけれど…とても暖かい。
『沢山の事件に巻き込んでしまった事、申し訳ありませんでした。そしてありがとうございました。美月さんを選び、そしてあなた方に出会えて良かったです』
パルパル様の声は、ガラスの壁にいるみたいにだんだんくぐもっていく。
私は寂しかったけど、悲しくはなかった。
神様はちゃんと見てるって教えてもらったもの。
「パルパル様、お元気で」
『時々見に来ますからね』
「はい、是非」
私がそう言うと、シュナイツァーが「パルパル…本当に行ってしまうのか」と小さく声を上げる。
『シュナイツァー。私を、そしてラングまでも助けてくれてありがとう。ラングは強がっているけど、まだあなたの身体からは離れられない程に弱っているのです。もうしばらくその面倒な神のお相手をお願いします…』
「うるさいな、パルパル。さっさと行きなさい。部下が困ってるだろう」
シュナイツァーの声でラング様が悪態をつく。
「ラング様、久しぶりね」と私が言うとシュナイツァーはほっとした様に微笑んだ。
「もちろん。任せて。パルパル」
『ありがとうございます』
パルパル様は最後にルーベルンを見た。
『ルーベルン』
「はい」
『どうか、あなたの旅に幸多からん事を。ただ差し出されたしなければいけない仕事をこなすような、これまでとは全く違う道が待ってます。自分で自分のしたい事を探し、あなただけの道を作ってください』
「はい」
『ちゃんと見てますからね。
では、またいつか』
パルパル様の身体が光に塗られた様にすうっと消えた。
もうそこにパルパル様はいなかった。
グリンド家への帰り道、シュナイツァーだけはやっぱり泣きそうな顔になっていて、私は彼の涙がいつ溢れても良いようにポケットのハンカチをスタンバイしていた。
けど、彼は以前みたいに一人ではない。
「まだ私がいる事を忘れないでもらいたいね、どうせふかふかな方がいいんだろ」
と彼の声でラング様がぼやき、
「そんなんで大丈夫なんですか。ハリエッタ様を幸せにしなければ僕が許しません」
とルーベルンに釘を刺され、
「二人とももうちょっと優しい言葉言えないの?シュナイツァーはデリケートなのよっ」
と私が騒ぐ。
シュナイツァーは「うん、うん…」と頷きながら涙がこぼれる前に自分で拭い
「帰ろうか、忙しくなる」
そう笑ってくれた。
シュナイツァー。
パルパル様にはまた会えるよ。
いつかちゃんと話すからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます