第11話 芦原玲奈は空気を察せない

「悪い、少し席を外す」


 テーブルの上に置かれた、それぞれが頼んだ料理のお皿がほとんど空になった頃、陽くんがそう言って立ち上がりました。

 方向的にお手洗いでしょう。


 陽くんを視界の端に捉えながら、注文したデザートが来るのを待ちます。


「鳴瀬さん、デザートは1つに絞ったのね」


「え、あの……?」


「玲奈、それじゃ言葉足らずだ。さっきは2つで悩んだのに、デザートは1つに決められたのかってことでいいんだよな?」


「ええ。きっと私の言いたいことを悠真が理解してくれるって信じてたわ」


「なんだ、その謎の信頼は……。とにかくそういうことらしい」


 なるほど、そういうことでしたか。


「でも、俺も不思議に思ってたんだよな。普通女子ってデザートを選ぶのに時間がかかりそうなもんなのにさ」


「そ、それは……」


 言ってしまえば、迷いましたとも。

 ええ、迷ったに決まってるじゃないですか。

 ケーキとパフェ、どちらもすごく美味しそうだったんですから!

 それでも顔に出さず、即決してみせた振りをしたのにはわけがあるんです。


 ……それは——


「——く、食いしん坊だと思われたくなくて……」


 みんながキョトンとした顔で私を見る。

 そして、火神くんが面白いものを見つけた、と言わんばかりにフッと口角を上げ、

 

「へえ。それってさ、俺たちに? それとも——」


 言葉を区切って、陽くんが歩いて行ったお手洗いのある方に、一瞬だけ目を滑らせました。

 こ、この人ちょっと鋭すぎじゃないですか……?


「ええ。陽くんも含んだ皆さんにですよ」


 ですが、その動揺を表に出すことはなく、それらしい答えでお茶を濁しました。

 私の返答を聞いた火神くんはくくっと忍び笑いを漏らして、


「ま、そういうことにしといてあげますか」


 うんうんと頷いた。

 これ、多分ですけど完全にバレちゃってますよね?

どうして義理の兄妹だということも言っていないのに、短いやりとりだけでそこまで辿り着くことが出来たのでしょうか。


「お待たせー……あれ? なんの話してたの?」


 そこにドリンクバーに飲み物を取りに行っていた彩音ちゃんが戻ってきました。

 彩音ちゃんとは今日になってきちんとお話をするようになりましたが、人との距離の詰め方がとても上手です。

 なんとなく、陽くんが彩音ちゃんに気を許しかけている理由が私には分かってしまいました。


「——鳴瀬さんが鳴瀬君のことを好きなのじゃないか、という話よ」


 え、なん、え!? なんで言っちゃうんですかこの人!?


 ビシッ、と空気が凍りつく音が私の中で響いた。

 火神くんはあちゃーって感じで顔を手で覆い、彩音ちゃんはポカンと口を開けました。


「すっ!? えっ!? なにどういうこと!?」


「……? 言葉通りの意味だけれど」


「いや、ちがっ……! 人として! そう、人として好みだという話ですよ!」


 さすがに冷静ではいられずに、泡を食って誤魔化しにかかりました。

 こんなの冷静でいられるわけないでしょう!


「なーんだ! そうだよね! だって2人は兄妹だもんねっ! もしかして梨空ちゃんってお兄ちゃん大好きっ子?」


「あ、あはは……! 実はそうなんですよー! バレちゃいましたかー! あははー!」


 微妙に冷静にはなれずにクール振れていないですが、もうこの際ブラコン路線で誤魔化しきりましょう!

 事実ブラコンみたいなものですし、嘘はついてない!


「え? 私は異性として好きなのじゃないかって意味で言ったのだけど……違ったのかしら」


 あーっもーっ! どうしてそういうこと言っちゃうんですか!? せっかくただのブラコンってことで収まりそうだったのに!

 この人私が兄さんのことを異性として好きだって気づく察しのよさがあるのにどうして! どうしてそれは言っちゃダメなことっていうのは察せないんですか!?


 再度凍りついた時間の中で、状況を打破すべく、頭を必死に回転させる。


 こ、こうなったらもう私たちがほんとの兄妹じゃないってことを話すしかないのでは……?

 ……いえ、それは私が1人で勝手にやっていいことではないですよね。

 ちゃんと陽くんに許可を取ってからじゃないと……。

 別に陽くんのことを好きだと言うのは、恥ずかしくないので構わないんです。本人に知られるのは恥ずかしいですけど。

 でも、陽くんに迷惑がかかるのは、絶対に避けないといけないことですから。


「悪い、待たせた。……なんだ、なにかあったのか?」


 そこにタイミングよくなのか、悪くなのか、陽くんが戻ってきてしまった。

 余計に空気が微妙な感じに変化してしまい、陽くんは眉を顰めた。


「な、なんでもないですよ」


 必死に絞り出した結果、明らかになにかあるみたいな誤魔化し方をしてしまった私を見て、陽くんは目を眇めましたが、それ以上なにも言わずに席に座りました。


 そのあと運ばれてきたデザートは、なんだか味を感じませんでした。





「このあとどうする?」


「解散でいいんじゃないか。親睦会は終わったんだし」


 陽くんと火神くんがこれからの予定について話し合っているのを、意識の片隅でなんとなく聞きながら、私はついさっきあったことについて考えていました。


 やっぱり、私たちが本当の兄妹じゃないことを話した方がいいですよね……?

 陽くんは義理の兄妹だということを不用心に話すのを良しとしていません。

 話してしまうと妙な勘繰りをされたりして、面倒だから、と。

 だけど、ちゃんと自分が考えて、信用に足ると思った人物にだけは話してもいい、とも言っていました。


「——い、おい」


「えっ? あっ、どうかしましたか?」


 気づけば陽くんが私の顔の前でヒラヒラと手を振っています。


「どうかしてたのは君の方だろ。今日は解散だ。帰るぞ」


 解散、ですか。

 火神くんと芦原さんの2人は別方向らしく、既に私たちに背中を向けて歩き出しています。

 

「私ちょっとブラブラして帰るから。またねー、2人ともー」


 彩音ちゃんは途中までは同じ方向ですが、今日は寄り道をして帰るみたいです。


「ま、待ってください! 芦原さん、彩音ちゃん!」


 思わず、私は2人を呼び止めてしまいました。

 呼び止めたはいいものの、どうやって切り出せばいいか分からずに黙り込んでしまった私の元に2人が戻ってきます。


「なになに? どうかしたの?」


「鳴瀬さん?」


 よしっ、もう腹をくくりましょう!

 私は勢いよく顔を上げる。


「陽くん。私たちのこと、話してもいいですか?」


 陽くんは僅かに目を見開き、右手を首に当てて口を開きました。


「言っただろ。君がちゃんと考えて決めたのなら好きにすればいい」


「はいっ。ではお2人とも、少し時間をいただけますか?」


 彩音ちゃんと芦原さんは首を傾げたものの、頷いてくれました。


「ありがとうございます。では、火神くん、芦原さんのこと、少しお借りしますね」


「あ、ああ。じゃあ俺、近くのゲーセンで時間潰しとくから、終わったら連絡してくれ。鳴瀬はどうする?」


「僕は別に待つ必要はないが、ゲーセンには付き合うよ」


 ……陽くんのこれはツンデレ的な反応じゃなくて、ただゲームって単語に惹かれただけですね。


「では、私も終わったら連絡しますね」


「ああ」


「陽くん。陽くんも、火神くんに話してしまっても構いませんからね?」


「そうか。……まあ、考えておく」


 そう言って、陽くんは火神くんと一緒に歩き始めました。

 私は私で、彩音ちゃんと芦原さんに向き直ります。


「え、えっとですね。さっきの私が陽くんのことを好きだと言う話のことなんですけど」


「ああ。うやむやになったままで、実は気になってたのよね」


「葦原さんの言った通りです。私は陽くんのことが異性として好きなんです」


「えっ!? だ、だって2人は兄妹なんだよね!?」


「はい。ただし義理の、ですけど」


「義理?」


「義理って……血は繋がってないってこと!?」


 私は頷いてみせました。

 私たちが兄妹になった経緯を簡単に説明すると、2人はそれぞれ納得してくれたようでした。


「なるほど、色々と合点がいったわ」


「話してくれてありがとね、梨空ちゃん」


「いえ。私も話すことが出来てスッキリしました。その……それで、2人にお願いがあるのですが……」


 これを事情を話したばかりの2人に頼むのはかなり厚かましいことなのですが……。


「私に——協力してくれないでしょうか!」


 私は誠意を込めて、彩音ちゃんと芦原さんに頭を下げたのでした。

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義妹はクールにクーデレたい。 戸来 空朝 @ptt9029

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