最終話 『斜陽と鬼』

 時は少し遡る。桃太郎が生まれてすぐの事である。お爺さんとお婆さんの元へ、幕府からの使いがやってきた。2人は大層驚いたが、次の話を聞いて更に驚いた。


「一体どう言う事でしょうか」


「私は使いなので詳しくは知りませんが、あなたたちの所にいる桃太郎は、鬼です。詳しく言えば、鬼の生まれ変わりだと」


「そ、そんなことは無いんじゃが。ワシらの元へ神様がーー」


「いいえ。かつて退治された温羅童子と平家の亡霊から生み出された鬼で御座います」


 お爺さんもお婆さんも頭を抱えた。やっと授かった子供が鬼だと言うのか。


「せ、せめて、ワシらに詳しく教えてはもらえんか」


 すると使いは書状を差し出してくる。


「文字がお読み出来るとのことで、これを」


 老夫婦は、貴族崩れだったのだ。かつては貴族に生まれるも、とある騒動によって逃げ出して、二人で暮らしていたのである。


 書状を受け取った二人はその内容に目を疑った。


 かつて平安時代、平和な孤島に一人の刀工が流れ着いた。備前から来た斜陽と名乗った男は、死ぬまでその島に住み続け、刀を打った。この島にはそもそも殆ど刀剣などの武器がなく、数振りのみだったのだが、この刀工によって斬れ味の鋭い名刀が手に入り始める。


 刀工は死ぬ間際に唯一銘を付けた、<備前長船斜陽>を奪った島民が、諍いか、怒りに身を任せ振るった所、余りの斬れ味に喜び、刀が余りにも鋭く、斬られても直ぐには気が付かないとい うことから、快楽に目覚め、殺すようになった。


 その後は少しずつ人斬りが発生するようになったのだ。すると次第に、人が死んだ後には黒い襤褸に身を包んだバケモノが現れる。それは次第に数を増やして行く。人斬り騒動が終わってもバケモノが人間を殺す。


 島民は生贄によって手を引いてもらおうと、辻斬りの犯人たちを差し出すも、そのほかに村の娘なども攫われてしまった。


 村人は、<備前長船斜陽>を村一番の剛の者である男に渡してバケモノ退治を依頼する。


 この刀、異様なのはその長さで、刃渡り七尺以上の普通の人間には振るう事のできない刀なのだ。それを使える大男はその一人しかおらず、男は仕方がなくバケモノ退治へと向かった。


 結果男はバケモノを倒し、自らも死んだ。すると死んだ男が起き上がり、第二のバケモノになる。しばらくすると島の祠に封じられていた鬼、温羅童子の首と同化し、鬼の頭領へと生まれ変わった。こうして鬼は残る島民を皆殺しにして、鬼ヶ島が出来たのである。その後、死んだ男の魂の半分が転生を果たし、別の人間へと生まれ変わって、鬼ヶ島へ行くも、相打ちになり、またその男が鬼となった。


 お爺さんお婆さんはそれはもう驚いたが、然る日までと桃太郎を大切に育てた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「またお前か」


「はい。色々と確認して来ましたが、あっしも驚きましたぜ。桃太郎が鬼を斬った刀は光忠の作品でした。長船派の初代とされている人物でさぁ」


「光忠でも斜陽には敵わなかったか」


 黒装束に頭巾と貴族の男が今夜も密談をする。連日共に作戦を練った今回の戦いで、相打ちにならずに桃太郎が帰ってきて、一先ずの仕事を終えてくつろいでいるのだ。


「未だに不可解なのだが、斜陽よりも後の光忠はなぜ祖とされる?」


「ああ、その事ですか」


「聞いておらぬからな」


「斜陽は長船派の出来る更に前の刀工で。どうも山に篭って密かに刀を打って、内密に大和朝廷へと献上していた一派がいたんです。その一族はどうやら神代より刀を打っていたようで、それはもう素晴らしい神剣のようなものだと」


「その一族の一人が斜陽なのだな?」


「はい。しかし、斜陽は生まれつき左の手の指が幾つか欠けていて、忌子とされました。斜陽と言うのも日が落ちる様、光よりも闇に近い名前です。産まれてすぐ火に投げ込まれるも助かったと。神に守られたような子供で、直接刀で斬ろうとしたことはなかったようですが、死ななかったのです」


 黒装束は静かに、斜陽の真実を伝える。貴族の男も、裏に控える使いの者も、皆が耳を澄ましていた。


「それで成長した斜陽の打つ刀は左手が不自由にも関わらず恐ろしい斬れ味で、恐れた他の一族の刀工によって機能はしていた左手を斬り飛ばされて、海に流されたんですね。まあ言ってしまえば妬み嫉みです」


「成る程な。それがあの刀を打ったのか」


「はい。きっと島で死期を感じ取った斜陽は、最後に全霊を賭して命を燃やして糧として、あの妖刀<備前長船斜陽>を打ったのです。備前長船と付けていたと言うことは、やはりーーまあ想像通りでさぁ」


「斜陽も哀れな男よ。して、それと光忠の関係とは?」


「なんでも父親も刀工だった光忠が、ある日山で迷った時にどうも一族の隠れ里へ迷い込み、そこで腕を見込まれ教わり、備前長船を」


「つまりは長船派には影の祖がいたと言うわけか」


「はい。鬼達で腕を失っていないのは初代だけでさぁ。初代の鬼の振るったという刀は名前が残っていませんが、恐らく斜陽のものではないでしょう」


「つまりは斜陽の刀で初代を斬ったのがいけなかったのではないか」


「そう言うことでさぁ。実際それが半分程を占めるでしょう。初代の鬼が<備前長船斜陽>によって死に、その場で相打ちになり死んだ男が暫くして鬼となり、斜陽を振るいました。2代目のその男を倒したのは、暫く後に、男の魂の半分と、初代の鬼の一部が転生した、哀れな女です。それもまた、鬼へと変じ、斜陽を使って暫くは君臨します。そしてまた、今度は今回桃太郎が倒した鬼が女を倒し、相打ちに。そして鬼となったのです」


「桃太郎は五代目というわけか。それもまた、斜陽によって腕を失っているな」


「ですね。その斜陽の刀を振るった者も、相対した者も、全てが片腕を失っておりますよ。斜陽の念は相当に強い怨念だったのでしょうねえ」


「斜陽は何を思って打ち続けたのだろうな。己の怨念で使用者の腕を奪う程にまで。振るわれる目的の刀だが、それでは意味をなさないな」


「実際その刀自体も呪われているのですよ。刀を打つときに使う炉ですが、斜陽は人間の屍を燃やしていたんでさぁ。人の屍が燃え、その温度が鋼にちょうどよかったと。それに燃やされた人間の魂は、その刀に閉じ込められる。妖刀となるのも無理はないでしょう」


 ほぅ、と息を吐き、暫しの沈黙の後に皮肉めいた言い方で男が言う。


「そういえば、あなた様は表には出せない魑魅魍魎の類を相手する役回りですが、あなた様の祖先もその一族ですよ」


「なっ! 貴様、それはどこでーー」


「全てはあっしの中です。これ以上は話せませんね」


「やはりお前は多重の人格である、か」


「いいえ。言うなればーー」


 一呼吸置いてにやりと笑った。


「多重の魂でさぁ」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「それじゃ、あっしは少し休みます」


 貴族の屋敷を出て闇に消える。黒装束は町へと降りて、密かに桃太郎を見つめる。


 黒装束の口から、静かな声が溢れる。


「幾星霜の時を経て、神に選ばれた桃太郎でも救えなかった。本当の答えは、鬼も殺さず自分も島に残る。結局刀を取っていたら救いなど訪れない」


 鬼が自らと同じであったことを割り切ったのか、楽しそうに老夫婦と語らう桃太郎。この調子では恐らく無理だろう。


 すると低い男の声も溢れ出る。


「海を漂い彷徨う亡霊でさえ、答えの鍵を教えたと言うのに。これだから人間はダメなのだ。突然現れたバケモノ、平家の亡霊に心を許したのもまた人間」


 次々と違う声で男が語る。


「島民がバケモノになったのも、己を写す、真の鏡が亡霊であっただけ」


「本当のバケモノは、人間だ」


「自らを捨て他者のために。武力ではなく賢さで。己が欲を捨て他者のために。恐怖ではなく平穏で。それが出来なければ、この呪いは続く。俺がそうで」

「私もそうで」

「我もそうだったように」


 黒装束は桃太郎を眺めて続ける。


「暫くは現世を楽しむがよい桃太郎」

「お前が死ねば、鬼となる」

「さすればまた、新たなお前がーー」


 


 

 

 





 






 


 



「ーーお前を殺しに来るだろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鬼ヶ島 –桃太郎と輪廻の鬼– 勝燬 星桜-カツキ シオン- @katsuki_shion

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ