中年傭兵のなんちゃって冒険記

大根の煮物

第1話 サンディーナの街

一話

 

 やっぱりデマだったかとメッセは思った。


 知り合いの同業者から近いうちに大型案件があると聞かされ移動してきた、ここサンディーナの街。が、到着してから二週間何も音沙汰は無い。

 その上前回の街で稼いだ金はとうに底を尽き、今日はついに宿を追い出された。食の多様性が売りのこの街でメッセが食べたものと言えば、カラカラに乾いたパンと芋の煮汁だけである。あと右手に携えた人参。下手したら普段の食事より貧相だ。他の街より物価が高いことを失念していた自分も悪いがこれは酷い。

 職業柄、宿無し無しは慣れっこだが街にいるときくらいはせめて安全な寝床と最低限の食事は欲しい訳で。

 そのため現在、メッセは裏通りで仕事探しの真っ最中である。


「ねぇねぇ、おにサン。さっきからうろついテるけど、迷ってんならウチで抜いてきなヨ」


 宿屋の親父から貰った人参をかじりながら歩いていると、娼館の前を通り過ぎたところでメッセは際どい格好の女に声をかけられた。言うまでもなく夜の誘いだ。陽はまだ上にあるが。

 東方民族特有の訛りでジリジリと迫ってくる。


「ほらほら、サービスするネ。早く入るヨ」


 赤髪が特徴的なその女は細い指で、メッセの装着している胸当ての間に手を入れながらメッセの乳首をつまむ。流石というべきか、服の上からでも的確に弱いところを攻めてくる。

 しかし、メッセはその手を優しく振りほどくと愛想笑いを浮かべながら語りかける。


「わり。今金ねぇんだ。仕事紹介してくれんなら抱いてやるけどよ」


「バーカ。後払いほど信用出来ないもんはないネ。とっと消えるヨロシ」


「へいへい」


 今しがたの態度はどこへやら。女はシッシッとメッセを手で追い払う仕草をすると娼館の中に戻ってしまった。特に腹は立たない。どこの街でもよくあることだ。

 メッセはその場を後にし、フラフラ歩いているといつの間にか大通りに流れ出た。

 裏通りと打って変わって、こちらは相変わらず港湾都市らしい活気で溢れている。それに呼応するようにメッセの腹の虫も音を立てて鳴きだした。


「やっぱり《酒場》しかないかぁ〜。行きたくねぇー」

 

 露店の近くにあった木箱に腰かけ、たはぁ〜とメッセはため息をつく。

 かれこれ三時間は歩き回っているが仕事は一向に見つかりそうにない。こうなれば行くところは必然限られてくる。

 ──そう、酒場だ。


 《酒場》というのは端的に言えば、全国各地に点在する飲み屋兼非公式の依頼斡旋の場所のことだ。

王国が運営するギルド(公式の依頼斡旋業者)とは違い、依頼人も受注者も基本的には社会的身分の低い人間が多い。

 システムは至ってシンプルで、

 1、依頼主は依頼書と報酬(金でなくても可)を酒場に預ける。酒場は依頼書を店内の掲示板に貼っておく。

 2、ギルドでは依頼を受けられないような人間がそれを受注する。

 3、期限までに依頼を完了し、報酬を受け取る。

 大まかな流れはこんな感じだ。他にも細かいルールはあるものの、これさて抑えておけば基本はOK。

 商隊の護衛や高ランクモンスターの討伐が主な依頼となっている《ギルド》とは大きく違い、薬草採集からペット探し、果ては害獣の駆除や低ランクモンスターの討伐など酒場にある依頼は多岐に及ぶ。失敗しても特に罰金や罰則は無いが、身の丈に合わない依頼を受けて死んでもそれは自己責任だ。

 もちろん、メッセ自身も酒場での依頼を受けたことはある。というより、大抵の傭兵は酒場の依頼を受けて生計を立てているのが現状だ。なにも、戦争や殺し、略奪だけが傭兵の仕事じゃない。むしろそれだけで生計を立てているヤツがいたらそいつは人間じゃないだろう。


 ただ今回、メッセが酒場で依頼を受けるのに躊躇するのには理由があった。別に同業者が怖いとか仲間がいないから、なんて下らないものではない。そんなものは10年前に慣れた。

 ただ一つの懸念点……報酬が悪い。もっと言えば、費用対効果が悪いのだ。

 モンスターにしろ薬草採集にしろ、探す手間も時間もかかる割には、報酬は渋め。ギルドで同じ依頼を完遂した時と三倍は違う(その上ギルドでは依頼によっては下調べまでしてくれる)。

 一攫千金を狙ってこの街に来ただけにその日暮らしほどの報酬しか出ない仕事はしたくなかった。というか、もう帰りたい。

 

「ただまぁ行くしかないよな……」


 メッセは独りゴチりながら財布の中を覗く。革製の財布の中にはもうパン一個分の金も無い。このままいけば間違いなく故郷に帰る前に飢え死にするだろう。体力が残っているうちに路銀を稼ぐのが最善策……というか、取れる選択肢はそれしかのこっていない。いくら若いと言ってもメッセも三十代半ば。ガムシャラに体力を使うのは控えたかった。


「たはぁ〜」


 もう一度ため息をつき、重たい腰を上げたメッセはゆっくりと酒場に向かうのだった。

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