自主企画 彩色少女玉虫イロハの比喩的な日常

登美川ステファニイ

世界はどんな色ですか

・企画内容

 異能力を持ったキャラクターの小説を書けそうに無い、なので、誰かに描いて欲しい、そんな気持ち。

 色を操る能力を持った少女玉虫イロハの、活躍とか日常とかその他諸々を描いて下さい。色を操って何が出来るか、何が出来ないか、或は何も出来ないか。


・設定

①名前は“玉虫イロハ”である。

②自分が見ている物の色を自由に認識出来る。例えば赤色を青色として見ることが出来る。

③半径10メートル以内で、自分が見ている色情報を共有出来る。イロハが真っ赤なポルシェを真っ青だと認識したとき、近くに居る人は赤いバラが青いバラに見える。

④色情報をリセットするには10秒間目を閉じる必要がある。


・本文

 色覚は感覚的でアナログな言語である。

 そう結論付けたのは母だった。発端となったのは私の能力……特性、個性、或いは超能力。今でいうなら正式には、伝播型共感応色覚作用。見ている色を変え、それを他人と共有出来る能力。私の心が話す、もう一つの言語だった。

 事の始まりは……そう、ひょっとすると生まれる以前。母の胎内に居た頃に遡るのかも知れない。もちろん記憶はありませんが、私という受精卵が分裂し、目という器官を手に入れた時、あるいは心が生じた時、恐らく能力は生じていたのだと思います。

 それはただの推測ではなく、母の証言からも十分考えられることです。

「その頃、私は大きくなったお腹をさすって、この子の将来を夢見ながら、歌を歌って聞かせていたんです。童謡とか、私の好きな歌を。そうするとお腹を蹴ってきて、きっと私と同じ気持ちになって、喜んでいるんだろうと思っていました。文字通り世界がばら色に満ちていた。希望があり、夢があり、自分の部屋の壁紙や天井が……おかしいと思われるでしょうが、本当に光り輝いていたのです」

 一種の幻覚のようなその症状を、母は産婦人科医に説明していた。しかし疲れからくるめまいの一種だろうと、片づけられた。その頃の私の能力は限定的で、母に対してしか作用していなかったのだ。

 そして私は生まれた。母は大学院で脳機能に関する研究をしていた。研究の対象が別の分野であれば今日のような状況には至っていなかったかもしれない。母は私を育てながら、私を中心に発生する奇妙な現象に気づいた。

「突然絵本に描いてある絵の色が変わったんです。花の絵でした。青い花びらだったのですが、それが黄色に変わりました。娘が履いていた靴下もたまたま青かったのですが、それも黄色に。気が付くと、部屋中にある青いものが黄色に変わっていたんです。私は自分の眼の異常だと思って診察を受けましたが、しかし、原因は分かりませんでした。そして家に帰って気づいたのです。娘の好きな色が、黄色だという事に」

 気づいてから、状況を把握するまでは早かった。母は研究者らしく事細かにデータを記録しました。いつ、どういうときに、何が起こったのか。嬉しいのか、怒っているのか。それらをパターンごとに区分し、一つの表を作りました。最初期の色覚感応表です。今の研究からすれば粗い部分はありますが、個人が短期間で作成したにしては良くできていたと思います。

 幼かった私はまだ喋ることができませんでしたが、色覚を通じて会話をしていたのです。いえ、会話というのは違うかもしれません。会話とは相手との双方向のものです。その時点での私の能力は……一方的な発話。しかし喃語とは違い明確な意志が込められていました。もっと明瞭に、自分の感情を伝えていたのです。私の名前はイロハですが、その名の通りに私は言葉とともにあった、という事です。

 そのおかげで母の子育てはずいぶん楽になったと言っていました。空腹なのか。おしめを変えてほしいのか。ただ単に意味なく泣いているのか。それらを高い確度で母は知ることができました。最初は色覚感応表と照らし合わせながらでしたが、やがて十秒ごとに変化する周囲の色から直感的に私の欲求を知ることができるようになりました。

 母は最初この私の能力を明るみにしようとは考えていませんでした。私が奇異の目にさらされることを恐れたからです。しかし研究者としての好奇心と野心から、私を匿名の被験者という形にして、データを公表しました。数本の論文を発表し、それを元に共感応色覚の基礎技術を作ったのです。そして……お分かりですね。現在の社会には共感応色覚を活用した映像、広告、服飾、その他多数の技術が発展し普及しています。

「この技術があればもっと世界は豊かになると考えています。娘にとってもいいことだと思います。多くの人が意志の齟齬による不和を経験していますね? この共感応色覚があれば、人はもっと豊かに理解し合えるのです」

 変化する色、明暗の階調、彩度。それらが無意識的なコミュニケーションに使われています。好意を感じたなら服がそれを感じ取り、好意のパターンを作り出す。もはや人間には直感的には分からないほど高度化された色情報が、相手に快の感情を伝える。逆も然り。会話を切り上げたい場合はそれが相手にそれとなく伝わり、話しかけている方も急に興味を失う。齟齬のない意思疎通が可能となりました。

 興奮を煽る煽情的なパターン。購買意欲を刺激するパターン。虚栄心や見栄をくすぐるパターン。普段なら表に出さないような感情さえ色情報が表し、そして自らにも作用する。死を惹起するようなパターンさえ開発されました。無論、それは危険であるため使用禁止となりましたが。

「私は間違っていたのかもしれない。私は……イロハのことを思って研究を続けていた。もちろん経済的な利益や、個人的な名声への欲求はありました。でも娘のことを考えていたのは嘘ではありません。ただ……分からないんです。最近は。娘の色が……何を言わんとしているのかが」

 そして……そう、あなたの問いですね? この世界は何色か。哲学的な問いのようでもあり、共感応色覚の唯一の保持者にとっては、直感的な問いでもある。

 私は……孤独なのです。結婚して子供もいます。友人も多くはないですが、素晴らしい友人がいます。幸福……と、ためらいながらもそう答えることができます。

 ただ私が孤独を感じるのは、空虚な言葉に包まれるからです。

 世界には共感応色覚に基づく言葉があふれています。それは実際の文字や音声以上に、私の目には多く存在しているように映ります。

 私を見て、好き、離れてください、この商品をどうぞ。空疎な言葉、過剰な修飾と比喩、感情の伴わない言葉が私には投げかけられているのです。皆さんの普通の色覚では理解できない複雑なパターンを、私は明瞭な言語として受け取ってしまうのです。

 そこには言葉があります。しかしそれは壊れたジュークボックスのようなものです。延々と同じ言葉を繰り返している。そこには感情も意味もない。私の理解する言語を、本当の意味で使っている人はどこにもいないのです。荒野で一人、嵐に打たれながら生きているような心地です。

 玉虫色の世界。対象によりころころとパターンを変える色達。目まぐるしく欲望を露にする世界。

 幼いころ私が見ていた世界は、きっと夢のような色だったのでしょう。しかし今の私には見えない。心が冷えて固まり、自分の見たい色を思い出せない。世界が私を塗りつぶしたのです。

 とはいえ、母には感謝しています。私を育ててくれたこと、私を愛してくれたことに。母がいなければ今の私はいない。無理解な親であれば、私はどこかの病院に入れられていたかもしれません。

 最後に……そうですね。せっかくですので、私の伝播型の能力をあなたにも見せてあげましょう。私の見る世界を。

 ……さあ、変わりましたか?

 世界はどんな色に見えますか?

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自主企画 彩色少女玉虫イロハの比喩的な日常 登美川ステファニイ @ulbak

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