第6話 少女、再臨

 走った甲斐もあり学校には遅れることなく到着できた。着いた頃にはまだちらほらと校舎へ入っていく生徒もいたので余裕もあった。昇降口に入ってからはいつもの通りたらたらと上履きに履き替え、教室へと向かった。


 俺が通う県立白南高校は二階に三年教室、三階に一年と二年教室があり、特に一年教室は昇降口から最も遠い場所にある。そのため、未だ気軽に話し合える友人がいない俺は、家から学校まで、そして校舎に入ってから教室に入ってまでの距離と時間を計算し、なるべく教室に入ってからすぐHRを迎えられるように時間を調整しているのだ。だから少し遅れれば遅刻も起こり得ないので、そこだけは本当に冷や汗をかく。


 教室に入るといつもの風景が広がっていた。多くの席は他の生徒で埋め尽くされ、教室後方や窓際では数人のグループが和気あいあいとお喋りしていて、既に賑やかになっていた。


 そんな光景を背に俺は自分の席へとすぐに座った。教室内の席は、廊下側から五席、六席、六席、六席、六席、五席、の六列三十四席構成であり、俺は廊下側から二列目の最後尾の席に座っている。


 カバンの中から授業道具を仕舞う傍ら、視線に入ってきたのは隣の席だった。それも、右隣廊下側の席だ。おかしい。なぜなら廊下側は五席でその隣は六席なので、一席分のずれがあり、俺の右隣であるはずの席はないはずなのだ。


 と、――教室後方で喋っている女子二人の会話が耳に入ってくる。


「ねえ、聞いた? 今日転校生が来るんだって!」

「ああ、グループメールで来たよね! どんな人が来るんだろ~、ちょっと楽しみだな~」

「イケメンだといいね」

「え? 今日来るの女子だよ?」

「ああ、女子かぁ~……、でも、友達になれるといいよねぇ」

「そだねー」


 その後はマジ卍だのタピらないだのそれなーなどの意味不明な言葉が続き、俺の耳は彼女たちの会話に追いつくことはできなくなった。しかし、それにしてもまさかこの時期に転校生が来るとはな。つい一か月前に入学式をしたというのに、その一か月後に転校とは、時期が悪いのか。まあ親の都合だろうし仕方のない話だ。


 じゃあ、俺のこの右隣の席は、詰まるとことろその転校生の席ということか? そう考えるしかないよな。しかも女子ときた。この展開、うんうん、有り得るな。きっと美少女とかが座るのかもしれない。


 家でも教室でも独り身の俺がいろいろと転校生とのイチャラブストーリーの妄想に花を咲かせているうちに、教室内の席は完全に埋め尽くされ、朝の時間と言うのに生徒同士の会話で賑やかになっていた。


 そこへ、一際目立つドアを開ける音が響いた。


「はーい、静かにっ。朝のHR始めるよぉー」


 黒板前の教卓に流れるように行き着いたその先生は、我らがクラスの担任西咲先生だ。西咲先生のまさしく鶴の一声で教室内は静かになり、立っていた生徒たちは各々の席へと戻っていった。


 黒に近い茶髪を肩まで垂らした西咲先生。朝から眠気を漂わせる生徒集団とは対照的に、冴えた目に紅い唇からは活発的な印象を毎回受ける。


「それでは日直」

「きりーつ、れー」

『おはよーございまーす』

「ちゃくせーき」


 と毎日の挨拶を済ませた後、最初に口を開いたのは先生ではなくどこぞの席に座る男子生徒だった。


「せんせー、転校生ってどんな人が来るんですかー?」


 一気にざわめき返る教室内。


「女子って聞きましたー!」「かわいいと思ってます!」「時期的には美少女ですか?」「今後の展開的なものを考えて、やはり男装女子ですか?」「何か特殊な訓練を受けてる系の人ですか?」などなど、質問は絶え間なく先生に投げかけられていた。


「こーら、静かに! まったく、これだから高校生ってのは……」


 と頭を抱えつつも少し嬉しそうに表情には含み笑いが浮かんでいる。再び教室内が静寂に返ると、


「分かったわ。けど、転校生の方もビックリしちゃうから静かにね。じゃあ、入って来て!」


 その言葉を待っていましたかと、全生徒の輝く視線がドアに注がれる。。


 ガラガラガラーとドアが開かれ、教室の中に一人の女子生徒が入ってきた。茶色い印象の教室内とは対照的に、その少女は蛍光灯に照らされ白く輝く銀髪を足元に届かんばかりに垂らし、雪化粧を思わせる白い肌には青い宝石のような瞳と、薄桃色の唇。


 その少女はどう見ても……。

 俺が確信付く前に先生が転校生に言う。


「では、自己紹介をお願いします」


 黒板に名前らしき文字を書いていく。

 エ、ク、ス、カ、理、葉――……、なんだ名前が似ているだけの別人じゃないか。あいつはもっと伝説の武器みたいな名前していたしな。


 少女は再び前に向き直ったが、口から黒板に書いた通りの名前を言う事はなく、おしとやかな顔に一文字に閉じていた。


「あの……、自己紹介を、自分で紹介してもらえるかな?」


 西咲先生が促す。俺も含めクラス全員が「うんうん」と頷いた。が、とうの『エクスカ理葉』本人はというと、


「え? いや、黒板に名前を書いたのでわざわざ名乗る必要はないでしょう。見れば分からないんですか? それとも私、そんな難しいこと書きましたか?」

「え? いや、まあ、そうですけど……」

「……はぁ、仕方ないですね」


 少女は目を瞑り、面倒そうに口を開く。


「私の名前はエクスカリヴァーです。『リバ』ではなく『リヴァ―』ですのでどうぞお見知りおきを」


 発音まで……。これは……。そんな俺よりも戸惑いを隠せないでいたのは、西咲先生だった。


「あ、あの、後ろにはエクスカ理葉って書いてあるけど?」

「それは仮の名前ですので」


 そう言って堂々とした佇まいを保っている自称エクスカ理葉。周囲のどっちが正しい名前なのかはっきりせず戸惑う様子を一切ものともしない。というか、全然こっちを見ていない。


「は、はぁ。まあ、彼女は名前の通り帰国子女で日本の文化が恐らく多分きっと分からないので、こういう態度になっちゃってるけど、仲良くしてあげてください」


 なんとか先生から名前を言って丸く収めた。西咲先生の額に浮かんだ皺はぴくぴくと脈打っている。ありゃあ、朝からストレス溜まるだろうなぁ。


「じゃあ、エクスカさんに質問はありますか?」


 先生がこちらに質問を投げかけた。


 教室に入ってきたときはまさかと思ったが、性格は凄い面倒くさそうだし、本当にただ名前が似ているだけの別人だろう。


「エクスカさんはどこから来たんですか?」


 そうそう、あいつは確か――


「天界から来ました」

「え……テンカイ? どこの?」

「……」


 天界から来たとか言っていたが、いやいやあり得ないだろ。アジアのどこかの国の都市名前だろう。今朝あったばかりの奴が学校に転校してくるなんておかしい。書類だの制服だのもろもろ必要だからな。城ドレスではなく制服を着てるし、上履き履いてるし、なわけないなわけない。


 しかし、にしてもアイツのキャラ設定はバグってるからなぁ~自分のことを――


「じゃあ次の質問はー……」

「はい! エクスカさんって普段は何やってるんですか?」

「普段というか仕事で武器になって怪物と戦ってます」

「え? それってゲーム? ブ……キ?」


 武器とか言っていたが……。なんだろうこの偶然ともとれない事の一致は。いやいや、趣味でゲームをしているんだろうきっと。


「他に質問のある人は? あれ? もういない? 遠慮せずに……」


 生徒たちはすっかり静まり返った。荒しの後の静けさと言うべきか、しらけたと言うべきか。机の軋む音一つしなかった。


「……じゃあ、ちょっと、戸波くん! 手を挙げてもらえるかしら!」

「はい?」


 俺は疑問符を頭に浮かべながら手を挙げた。西咲先生は俺を指差してエクスカ理葉に言う。


「あなたの席はあそこね。分からないことがあったら隣に座る戸波くんに聞いてちょうだい」

「分かりました」


 エクスカ理葉は西咲先生に言われた通り、俺の席へと向かって来て、平然とその場に座った。


「と、いうわけで、よろしくお願いしますね、広樹さん」


 こうして、エクスカ理葉こと聖剣エクスカリヴァーは俺の通う高校に転校してきたのである。


 ◇


「ちょっと待てゴルァ!」


 西咲先生が若干ピリつきながらも終わった朝のHRの後、俺は隣に座る伝説の剣ことエクスカ理葉の手を取って、ひと気の少ない西側階段まで連れてきた。


「何でしょう広樹さん、なんでそんなに怒り心頭に発したみたいな顔してるんですか?」

「んなの決まってるだろ! なんでいんの⁉ なんで学校に来てんの⁉ 聞いてないぞ⁉」

「ええ、言ってませんもん。ま、性格には言い忘れたんですけどね。テヘ」

「おいこれが『テヘ』で済まされる問題かと思ってるのかよ」


 俺は思いのたけを一通りぶつけて、落ち着きを取り戻してから、再度問いかけた。


「聞きたいことは山ほどあるが、転校してきたってどういうことだよ?」


 聞くと、理葉は人差し指一本を突き立てて、さも当たり前のこととして言い始める。


「どうもこうも、『武器』は使い手の傍にあるべきじゃないですか? なので」

「なので、って転校までしてすることかよ普通」

「言っておきますが、広樹さんの普通が天界で通じるとは思わないでください」

「ああ、そっか。じゃあこれがお前にとっての普通なんだな。ってなるかよ」

「頭がお堅いですね~、転校してきたのは事実なんですから、もうそれだけでいいじゃないですか」


 エクスカ理葉にとっては、転校することが非常に軽いことだと思っているようだ。俺はやるせない気持ちになったがここは冷静さを保つべく腕を組んだ。


「まあ、否定したところで去るわけでもないだろうしな。ところでその制服といい上履きといい、恐らくカバンも含めてどうやって手に入れたんだよ? てかどうやって転校した? お前親いたの?」

「親と言うか、転校も制服の用意も全て神様がやってくれたんで」

「なんだよ神って、神が制服も転校用の資料も用意したってのかよ?」

「ええ。ぶっちゃけますが、神、あんま舐めないでもらえますか? 神、結構凄いんですよ?」


 神様に出来ないことはないと言わんばかりの圧をエクスカ理葉は醸し出していた。確かに、神様が転校用の算段を組んだと思えば、今日の即日配送みたいな転校も理由がつく、訳ない。この件にはあまり関わらないでおこう。関われば、神様と呼ばれる何かに抹消されかねない。


「にしても、お前、エクスカ理葉って何だよ? 随分と安直な名前を考えたもんだな」


 名前について聞くと、どこか不服そうに腕を組んで壁に寄りかかった。


「いや、これに関しては神様が書類提出の時に勝手に『エクスカ理葉』て書いたので仕方ないんですよ。私的には頭に『聖剣』を、そして『リバ』ではなく『リヴァ』にしたかったんですけどね、あと」


 俺の話す余地を開けずに続けた。


「広樹さんも私のことを是非理葉と呼んで結構です。人間にお前呼ばわりされると、私の誇りに傷がつくので」

「ああ、分かったよ、りば……」


 武器と言ってもコイツの見てくれに限っての話で言えば、女同然だ。女子の下の名前を呼べと言われて口に出してみたが、そんなの初めてのことで俺は頬が赤くなってしまった。それを隠すために頬をぽりぽりと搔いた。


「まあ、諸々のことは理解……せざるを得ないからこれ以上追求しないとして、先に教室に戻ってろよ」

「そうですか。でも広樹さんは?」

「いやぁ、お、俺は……ほら、女子と一緒に戻ってくる感じになるとなんか変な感じになるっていうか、周りからそんな感じの雰囲気で見られる感じになるからさ……」


 あまり言いたくないことを隠そうとして言ったら語彙力が著しく低下してしまった。

 理葉はふーんと鼻を鳴らしながら、口角の端を上げていやらしい笑みを浮かべていた。


「もしかしてですが、広樹さんはいわゆるボッチ陰キャラ族的なやつですか?」

「なんだよその種族! いや、別に違うし。ただ、ほら、あれだよあれ。教室のドアって狭いじゃん?」

「誰があんなところ二人同時して入りますか。まあいいでしょう。広樹さんがアレなのはだいたい分かりました。が、私はそうは行きませんよ。見ててください、私の転校生というスキルを使って、学校に馴染んでみせますからッ!」


 手で自らの軽く隆起した程度の胸を叩いて豪語した。

 今朝の聞きよう捉えようによっては、いわゆる中学生二学年で発症しやすい病気に罹った患者と思われるかもしれなさそうだが。まあいい、コイツとはあまり学校では関わりたくないし、適当に済ませておこう。


「分かったよ。まあ頑張れ」


 俺に関係したことないので適当に励ましておいた。コイツに友達ができれば、自然と俺と学校で関わる機会も少なくなるだろうし、肩の荷が軽くなる。


「見ててくださいよ! 武器だからって舐めないでください」


 そう言って理葉は教室の方へと軽い足取りで歩いていった。


 さてと、俺もトイレに行って軽く尿意を消化してから戻るとでもするか。


 ◇


 体感的には一分程度理葉に遅れて教室へと戻った。


 最初に飛び込んできたのは、廊下側後部の理葉の席に生徒がたかりにたかり、俺の席まで浸食されていた。なんだこれは……。制服の色も相まって、黒いスズメバチの巣が形成されているようだ。


 仕方なく後ろの壁に寄りかかって、その光景を眺めることにする。


「エクスカさんの出身の『テンカイ』ってどこの国の都市?」と女子。


「国? 天界はそんな小さな場所ではありません。雲の上に存在し、日本全土を軽く覆うほどの大きさがあります。けど、普段は見えませんけどね」エッヘンと理葉。


「へ、へー、雲の上なんだ……」と言いながら席へ。


「エクスカ理葉ってなんか武器みたいな名前だよな! かっけー‼」と男子生徒。

「その通り、そして、私をフルネームで呼ぶ際は必ず頭に『聖剣』を付けてください。私は彼の高貴な聖剣エクスカリヴァーですから。ちなみに語尾はバーではなくヴァ―ですよ」ここ重要、と理葉。


「そ、そうなんだ……。呼ぶ機会があったらそう呼ぶよ、エクスカさん……」と男子離脱。


「エクスカさんがやってる武器になって戦う、っていうゲームなんて言うの? 面白そうだから私もやろうかな! 今度一緒にやろうよ!」と女子。


「何を言ってるんですかあなたは? ゲームな訳ないじゃないですか。己が命を懸けて、力を最大限に発揮して戦う本物の戦闘です。そして、あなたのような人間じゃあ武器になった私を扱う資格はありません」と言い切る理葉。


「あ、そーなんだー。よくわからないけど、たのしそーだねー、じゃーねー」と女子離脱。

 その後も理葉のキャラのぶれない奇想天外な質疑に対する応答によって、ハチの巣は崩壊していった。


 丁度俺の席も空き、座る。見るも哀れに人だかりが崩壊し一人取り残された理葉を頬杖をついて鑑賞する。実にいい眺めだ。同族を見るのは晴れ間の空より清々しい。


「あれ? なんかどんどん人が去っていったんですが? おかしい」

「おかしいのはお前だろ。あんな中二全開の回答すればさすがに俺でも引くぞ?」

「引くって、私はありのままの地位と名誉を話しただけですよ? 普通の人ならその特異性に食いつくと思ったんですけど」

「多分、いやお前は手のつけようのないヤバイ奴と思われてるぞ」

「何故だ……私はどこで何を間違えた……馴染めると思ったのに……」


 理葉は頭を抱えて机に伏せた。先ほど理葉は天界の普通がどうのこうのと言っていたが、こうも見事に伏線回収を果たすとは思いもよらなかった。もう全部間違ってたもん。全部合ってはいたけど、全部間違ってた。


「まあ一つ俺から言えることは、」

「なんでしょう?」

「ようこそこちらの世界へ」


 俺は理葉のボッチ陰キャラへの転身を両手を広げて迎え入れた。理葉の見下す人間の俺に同族扱いされ憐れむ理葉の姿が最高に気持ちよかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

武器と過ごす日常ぉ! @youhachikujou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ