第二章 初心者向けダンジョン――グリーン・ガーデン(1)

 レゲン大陸最西端の地。

 ゾルダン地方と呼ばれるそこは、大陸でもっともダンジョンの数が多いことで知られている。

 約一日半をかけて俺たちが目指しているのは、その地方でもっとも栄えていると言われる商業都市クロエル。

 霧の旅団の新たな拠点となる町だ。

「見えて来たわよ、フォルト」

「どれどれ――おおっ!」

 馬車の荷台から前方へ視線を移すと、まず目についたのはひと際大きな時計台だ。その周りには町並みが広がっており、その規模は以前暮らしていた場所とは比べ物にならないくらい大きかった。

「凄く大きな町だなぁ……うわっ! あっちには海が見える!」

 初めての大都市に、俺は思わず興奮する。

 しばらく進み、大きなアーチ型の門をくぐるといよいよ都市の中心部へとたどり着いた。

「うおぅ……人が多い」

 到着したのは夕暮れ手前の時間帯で、朝市のピークはとうに過ぎているはずが、今までいた町とは比べ物にならない人の数だった。

「そんなに驚くほど?」

「いやいや、凄くない?」

「そう?」

 どうやらイルナはこの規模の町は慣れっこらしい。

 そりゃそうか。

 だってSランクパーティーのメンバーだもんな。

 ……でも、俺だってこのパーティーのメンバーに加わったんだ。これからはこの程度のことで浮つかないよう注意しないと。

 俺たちは都市の中心部から少し離れた場所にある宿屋へと到着。

 しばらくの間はここを生活の拠点とするが、近々周辺の物件を見て回り、新しく自由に使える家を探す予定だ。

「おーい、ふたりとも」

 馬車から荷物を下ろしていると、リーダーのリカルドさんがやって来る。

「俺たちは明日の朝から依頼について詳細な情報を聞くため、領主の屋敷に向かうつもりだ。フォルトたちは――」

「分かっているわ、パパ。あたしがフォルトをバッチリ鍛えるから!」

 イルナは力こぶを作るポーズでリカルドさんに宣言。

「ははは、頼もしいな。フォルト、イルナは君と同い年だが、ダンジョン探索の経験は豊富だ。いろいろ教えてもらうといい」

「はい!」

 どうやら、俺の教育係はイルナに決定したらしい。

 そして、俺はいよいよ本当の意味でダンジョンデビューを果たす。

「………」

「そう気負うな、フォルト。君には頼りになる相棒たちがいるだろ?」

 緊張している俺の肩を優しく叩いたリカルドさんの言った「頼りになる相棒たち」――それは今装備している三種の神器のことだ。

「自信を持て。三種の神器の力を使いこなせば、君は無敵の解錠士になれる」

「リカルドさん……」

 自然と拳に力がこもり、「やってやるぞ」と意欲が湧く。

「今日は早めに休んで明日に備えましょう」

「ああ」

 本音を言えば、今すぐにでもダンジョンへ飛びだしたい気分だが、すでに夜の闇が迫りつつある時間帯。夜間はモンスターの数が増えるので、ダンジョンから引きあげるのが一般的なので、さすがに今から突っ込むのは危険だ。

 イルナの言う通り、今日は長旅の疲れを癒やし、明日からの探索に備えるとしよう。


   ◇◇◇


 クロエルの町の宿屋は、これまでに泊まったどの宿屋よりも快適なものだった。

 ……というか、今までがひどすぎるっていうのもあるけど。

 ふかふかのベッドから起き上がると、身支度を整えてから部屋を出る。すると、同じタイミングでイルナも部屋から出てきた。

「あら、偶然ね。おはよう、フォルト」

「おはよう、イルナ」

 挨拶を交わして、一緒に一階へと向かう。

 この宿屋は食堂も併設しており、そこには霧の旅団の面々が集結していた。

「来たな」

 リカルドさんは俺たちを見つけると、席へと手招きする。

「行きましょう、フォルト」

 イルナに手を引かれて、俺はリカルドさんのいるテーブルへ。

 さすがに歓迎会の時ほどじゃないけど、賑やかで楽しい朝食はこうして始まった。


 リカルドさんたちは依頼主である領主に会うため、朝食を終えるとすぐに目的地へ向けて出発した。

 一方、俺とイルナは鍛錬という名目でダンジョンへ潜ることに。

 本来、ダンジョンへ寄る前にギルドへ行き、クエストを確認するものだが、今回はそのままダンジョンへ直行する。

 目的地までは町から歩いて十分ほど。

 その名も草原のダンジョン――グリーン・ガーデンだ。

「そういえば、前にリカルドさんが言っていたね」

「あそこはそれほど大きくもないし、出てくるモンスターも強くはないから、冒険者としての基礎的な動きを身につけるのにうってつけって話よ」

 なるほど。

 それなら安心だな。

「あと、手に入れたアイテムはギルドが買い取ってくれるわ」

「了解」

「それと、入手したアイテムについては、売る前に必ずリーダーであるパパに報告すること。これを忘れたらきつーいペナルティがあるからね」

「き、肝に銘じておくよ」

 道中ではイルナからパーティーのルールなどについて説明を受ける。

 そうこうしているうちに、ダンジョンへと到着。

「ここが草原のダンジョン……グリーン・ガーデンか」

 岩壁に空いた大きな穴。

 まるで俺たちを飲み込もうとしているようにさえ思える。

 この先に……ダンジョンが広がっているのだ。

 グリーン・ガーデンの入り口周辺ではこれから潜る、あるいはすでに今日一日分の稼ぎを終えた冒険者たちが成果を報告したり、情報を交換したりしていて、今まで訪れてきたダンジョンと比べて賑やかだった。

 ダンジョン近くにテントを張って、そこで生活している者も少なくない。レックスたちも同じようなことしていたしね。

「随分と賑やかだね」

「ここで冒険者としての基礎を学ぶ人が多いのよ」

「そうだ。初心者用ダンジョンって話だったな」

「えぇ。……でも、だからって油断しないようにね」

 イルナに念を押されたが、それについては百も承知だ。

「分かっているよ」

「それと……これだけは言っておくわ」

 ダンジョンに入る直前、イルナが改まって言う。

「パパはあなたに期待しているわ」

「俺に?」

「ええ。本来なら非戦闘要員である解錠士のあなたが、あれだけ強力な装備を手に入れたんですもの。戦える解錠士ってとても貴重なのよ? だから、今のうちにいろいろと経験させたいのよ」

 そんな狙いがあったのか。

「まあ、そういうわけだから……派手に暴れてもらうわよ」

「任せておいてくれ」

 もう緊張感はなかった。

 溢れてくるのはこれからの探索に向けたワクワクだけだ。

「行こう、イルナ」

「えぇ」

 俺とイルナは揃ってダンジョンへと足を踏み入れた。

 最初の数メートルは薄暗い一本道が続いているだけだったが、やがて進行方向に光が見えてくる。

 まさか外へ出るのかと疑問に感じたが――違った。

「うわっ!?」

「す、凄い……」

 光の先には広大な空間が広がっていた。

 俺たちがいる場所は小高い丘の上で、そのダンジョンとは思えない広々とした光景を前に自然と足が止まる。

 ダンジョン内でありながら妙に明るく、地面には草が生えており、岩肌むき出しの天井を見なければここがダンジョン内部だってことを忘れそうになる。

「どうしてこんなに明るいんだ?」

「発光苔の影響ね」

 辺りを見回したイルナの表情は真剣そのもの。

 真の意味で初のダンジョン探索となる俺の浮かれた気持ちがキッと引き締まった。

 ……いかんいかん。

 まだ気持ちが浮ついているな。

「……それにしても、草原って名に恥じないダンジョンね」

 そういえば、ここは別名「草原のダンジョン」とも呼ばれているんだったな。

 確かに、地面にはダンジョン内部でありながら芝生が広がっており、天井に張りついている発光苔に照らされたその芝生の輝きは、さながら緑色の宝石をちりばめた絨毯のようだった。

 見た限りでは危険のない安全な憩いの場所だと思ってしまうが……それでも、モンスターがいるダンジョンに変わりない。さっきイルナから注意されたように気を緩めず立ち向かわないとな。

 その時、俺たちの横をふたりの冒険者が通っていく――と、イルナの目がキラリと光った。

「……ツイているわね」

「? 何が?」

「さっきすれ違った冒険者パーティーから漏れ聞こえた話だと、どうやら、ここ数日当たり日が続いているらしいわ」

「えっ!? ホントに!?」

 聞いたことがある。

 雑魚なのに、高レベルの宝箱をドロップするモンスターの出現率が大幅に増加する「当たり日」というものがある。一日限定らしく、その詳しい法則については未だ分かっていない。ともかく、冒険者にとっては喜ばしい日だ。

「あたしたちもレア宝箱ゲットに挑むわよ」

「おう!」

 士気も高まったところで、俺たちは丘を下りてグリーン・ガーデンの探索へと乗り出した。

「よぉし……」

 龍声剣を手にする俺のテンションはもう最高潮に達しようとしていた。

 さあ、なんでもいいから出てこい。

 気合いを入れ直し、草原のダンジョンを探索していく。

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