絶対無敵の解錠士【増量試し読み】
鈴木竜一/角川スニーカー文庫
プロローグ
どうしてこうなったのか。
全身に走る痛みと迫りくるモンスターたちの足音で事態を察する――俺は裏切られたのだ、と。
「ぐっ……」
直後、これまでの記憶が脳裏に浮かび上がった。
この絶望的な状況に陥るまでの経緯が。
事の始まりは数時間前。
俺が所属している冒険者パーティーのリーダーであるレックスは、ダンジョン近くに設営したテントに戻ってくると仲間を集めて仕入れてきた怪しげな情報を披露した。
その情報こそが発端だった。
「いいか? このダンジョンには隠し通路があって、その先には地底湖の近くに三種の神器と呼ばれる超レアアイテムがあるらしい」
眉唾物の情報であったが、レックスはすっかり信じ込んでいるようで、装備を調えるとすぐに件のダンジョンへ挑むことになった。
レックスの仕入れた情報によれば、本来ならば避けて通らなければならないモンスターの巣を抜ける必要があるとのこと。しかし、その場所は経験豊富な熟練の冒険者でさえ避けて通る道……俺は、最低ランクであるFランクの俺たちが挑むのはあまりに危険だと訴えた。
しかし、レックスは秘策があると自信満々に言い放ち、装備を調えておくよう告げて去っていった。
「だ、大丈夫かな……」
「あれだけ自信ありげに秘策があるって言うんだから、きっと大丈夫よ」
不安げに呟いた俺に声をかけたのは金色のセミロングヘアの女の子だった。
彼女の名はミルフィ――俺の幼馴染みだ。
お互い両親を早くに亡くし、冒険者になろうと一緒に村を出て、近くの町のギルドの紹介で、今のパーティーへ入った。
ここから俺の冒険者としての人生が始まる……はずだったが、現実は厳しかった。
リーダーのレックスは何かとミルフィを優遇し、スキル診断もすぐに受けさせた。そこでミルフィは、回復特化型のスキルを持つ
それとは対照的に、俺の扱いはドンドンひどくなっていった。
でも、ミルフィはそんな俺を見捨てず、いつも励ましてくれたし、リーダーのレックスにも抗議していた。
ミルフィはこうも言っていた。
『お金が貯まったら、このパーティーを抜けて旅に出ましょう』
その言葉が支えだった。だから雑用係以下の扱いにも耐えられた。いつか、この苦労も笑い話になると信じていたんだ。
俺たちが準備を調え終えると、ちょうどレックスがやってきた。
そして、俺の肩をポンと叩くとこれまでに聞いたことのない優しげな声で告げる。
「フォルト、おまえは俺たちと一緒に先陣を切ってダンジョンへ潜るんだ。……今日からは戦力になってもらうぞ」
いつもは後方待機という名の置物扱いだったが、今回は違った。
レックスは俺を戦力と見てくれた。
これまでの苦労が報われた瞬間だった。
「よかったね、フォルト」
「あ、ああ! 俺、頑張るよ!」
ミルフィとハイタッチを交わし、俺はレックスたちと共に先んじてダンジョンへと入っていくと、いつもとは違うルートを通り、奥へと進む。あちこちにモンスターの巣がある超がつく危険地帯だけあって、ここまでやってくるものはほとんどいない。
「この辺りでいいか」
しばらく歩くと、レックスが足を止めた。
「モンスターどもをおびき寄せるぞ」
「モ、モンスターを!?」
それは自殺行為に等しい。
だが、レックスは顔色ひとつ変えずに言う。
「忘れたか? 秘策があると教えたはずだ」
「そ、それは……」
「心配するな。モンスターどもを一網打尽にするアイテムを持っている。あいつらを動けなくさせれば、ミルフィも安全に奥へと進めるだろう?」
「ま、まあ……」
「決まりだな。ほら、冒険者としての初仕事だ。こいつを仕掛けてこい」
レックスが俺に渡したのはモンスターの好む臭いを放つ袋。それをもう少し進んだ先にある道の真ん中へ置いてこいというのだ。
俺はその指示に従い、臭い袋を持って前進。
すると、背後からレックスたちの声が聞こえてきた。
「さっさと三種の神器を回収して早く帰らねぇと、ミルフィに怒られちまう。あいつは俺からするおかえりのキスが好きだからな」
「えっ!? リーダーとミルフィってできてたんすか?」
「言ってなかったか?」
「聞いてないっすよ! 俺だって狙っていたのに!」
「ははは! そりゃ悪いことをしたな。……だったら、今晩貸してやろうか? あいつあんな清楚な顔して結構性欲強くてなぁ。持て余していたところなんだよ」
「マジっすか!?」
「お、俺も! 俺もお願いしますよ、リーダー!」
「別にいいけどよぉ、俺のあとだぞ?」
俺は頭が真っ白になった。
ミルフィが……?
そんなバカな!
動揺している俺は、レックスや仲間の冒険者が近づいていることに気づかなかった。
「フォルト……ご苦労だったな」
レックスの言葉に反応して振り向いた直後、ヤツの拳が俺の頬を捉える。その衝撃で倒れ込むと、さらに仲間――だった連中が蹴りを食らわせてきた。
やがてその猛攻が終わると、レックスが俺の顔を覗き込む。
「悪いな、フォルト。ここでサヨナラだ」
「えっ……?」
「はっ! まだ気づいていないのか? 本当におめでたいヤツだな、おまえは!」
トドメと言わんばかりに力のこもった蹴りが腹に突き刺さる。
そして、苦しむ俺の髪を掴み、強引に顔を上げさせた。
「本気でモンスターどもがうろつくここが正規ルートだと思ったのか?」
「ど、どういう……」
「俺の仕入れた情報っていうのは、このダンジョンの隠し扉の場所についてのものだ。こっちへ来たのは……おまえを葬るためさ」
一瞬、レックスの言っている意味が理解できなかった。追及しようにも口はまともに動かず、ただただ血の味だけが濃くなっていくだけ。それでも、懸命に言葉を紡いだ。
「ほ、葬るって……」
「まだ喋れたのか……まあ、いい。だったら単刀直入に教えてやるよ。おまえの存在は結ばれた俺とミルフィにとってどうしようもなく目障りになったんだ。それに……これはおまえのためでもあるんだ」
「な、なんだと……」
「見たくはないだろう? ――俺とミルフィがイチャイチャしているところを」
「!?」
俺が何も言い返せないでいると、レックスは臭い袋をナイフで斬り裂く。
「あばよ、フォルト。ミルフィのことなら安心しろ。俺たちがたっぷり面倒を見てやる。回復士としても、女としても、な」
そう告げて、レックスたちは足早にその場を去っていく。
俺はなんとか体を起こすが、すでにモンスターの大群はすぐそこまで迫っていた。
逃げ道はない……いや、厳密に言えばないことはない。
俺の立っている位置は崖の近く。少し移動して下を覗き見れば、吸い込まれそうな闇が広がっている。あまりに高すぎて底が見えないくらいだ。
落ちれば命の保証はない。
だが、この場にとどまれば確実に命を落とす。
「……くそっ!」
俺は覚悟を決めて崖から飛び下りたのだった。
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