第154話 Side R ~あれからも、これからも~
出来る男の朝は実に無駄がない。
朝食?
バッチリだ。
身支度?
完璧だ。
颯爽と出社し、自分のデスクに座ってパソコンのスイッチをオン。
そしてすかさずリモコンを手に取りニュースを……あっ、そう言えば時間的にピッタリだな? どれどれ……
ピッ
【……大会男子100メートル決勝、緊張の一瞬です】
おっ、タイミングピッタリじゃん。
【短距離界の絶対的エースとなれるか……片桐栄人】
さぁて、勝負所。ここで結果を残せばオリンピックは内定。雪辱は同じオリンピックでしか果たせないぞ?
【今スタートしましたっ!】
行けっ!
【スタートいいですよ?】
【代名詞のロケットスタートだぁ!】
よし、スタート完璧。
【ここからのですよ? ライトニングとレモンズ、ゴードメンが追い掛けてきます】
今季100メートルのランキングトップ3相手に後半の伸びでは若干分が悪い……しかし、栄人もそんなに柔じゃないぞ。そこを補うためのトレーニング積んで来たんだ。
【追ってきますが……片桐粘る! ジワジワ追って来るトップランカーから逃げる逃げる】
当たり前だろ? あいつの努力は知ってるんだ。良く付いて来てくれたよ……俺の地獄のメニューになっ!
【さぁ、片桐行け行けっ!】
【ライトニングとゴードメンが来てます。レモンズは少し遅れた!】
少し落ちたか?
【ですが片桐粘る!】
【このままいけば表彰台ありますよっ!】
粘れ粘れ……栄人っ!
【ゴールっ! 待って下さい? これはもしかして……】
【3位……ですか? しかも……】
「よっしゃ! 栄人やりやがった。しかも、もしかして……」
【9秒89ですよっ!】
【やりました片桐っ!】
コンマ8秒台出しやがった……すげぇよ。
【いやぁ、これでオリンピック代表にはほぼ内定と言っていいですね?】
【そうですねぇ! あっ、片桐選手がインタビューエリアに来ました】
いやぁ……マジですげえよ。栄人。
【片桐選手! おめでとうございます!】
怪我とかもあったし、その後のトレーニングだって俺も心を鬼にして生半可じゃなかった。
本当にそんな俺のリハビリトレーニングと練習メニューに良く付いて来てくれた。本当に栄人お前は……
【やりましたっ! だから……琴ぉ! 結婚しようっ!】
…………なっ、
「なぁに言ってんだよぉぉ! あいつっ!」
求ム!即効性のあるメンタルトレーニング Side R
~あれからも、これからも~
【いやぁ、木村のアシストはナイスでしたねぇ】
【デビュー戦でこれは上々の滑り出しでしょう】
いやぁ……凄いぞ? 凄いぞ相音。プレシアリーグ移籍後、早速のスタメンデビューで1アシスト。紛れもなく素晴らしいスタートなんだがなぁ、あのバカのとんでも発言で何もかもが少し霞んじゃうんだわ。
「おはよー! パ……じゃなくてツッキー!」
「あぁ、おはよう。恋」
「どっ、どしたの? なんか苦笑いしてるけど……」
そりゃ苦笑いにもなるぞ?
「いやぁ……なんか複雑でさ?」
「複雑……?」
「いや、間違いなく良い事の方が多いはずなんだけどね?」
「何なに? ……あっ、もしかして片桐君? たしかこっちの時間で9時にスタート予定だったよね?」
9時……残念ながら今は8時20分。そしてあのバカがスタートしたのは8時。恋の奴盛大に時間間違えてやがるな?
「残念、スタートは8時。そして予定通りもはや終わってるぞ?」
「えっ! 本当っ!? って事は栄人君は? 何位? 何秒!?」
すげぇ食い付きだなぁ。これ、結果言ったらどんな事になるんだ?
「その辺は大丈夫。3位で表彰台。しかも9秒89ってオマケ付き」
「やっ……やったじゃん! これでオリンピックも内定だし! 凄いよっ! 努力の甲斐があったよねぇ……それにツッキーもね?」
「まぁな」
「あれ? でもその顔は……何か悪い事でも?」
「いや……悪い訳じゃないんだけど……」
悪くはないぞ? 悪くはないが……
「ん?」
「あいつレース後のインタビューでいきなりしやがたんだよ」
「何を?」
「プロポーズ」
「プッ、プロ……はっ! もしかして?」
「そうだよ。あの場で、全国に中継されてる中で……琴さんにな」
全く……あいつの行動力には良い意味でも悪い意味でも驚かされっ放しだぞ。ほれ見ろ、流石の恋ですら固まって……
「キャー! やったじゃんこっちゃん!」
うおっ! いきなりでかい声出すんじゃないよ! 心臓に悪いぞ?
「いやいや良いとは思うぞ? けど、何もあんな大勢の前で……」
「でもでも、会心のレース後なんでしょ? ドラマチックじゃん。これさ? 栄人君の事だから、事前にこっちゃんに言ってたんじゃない? 表彰台に上がれたら俺と結婚してくれ! 的なっ!」
「いやいや……」
待て待て、いくら太陽の化身みたいなアグレッシブハツラツ野郎でもそこまで…………いや、奴なら有り得る。
「有り得るかもしれない。なんか想像出来る。容易に想像出来る。栄人がそのセリフを言ってる姿が」
「でしょでしょ? まぁ、何はともあれ嬉しい事三重重ねだねっ!」
「そっ、そうだな……」
逆に俺は、ドアップでテレビに映った琴さんが心配だよ。
とまぁ、朝から結構な騒がしさだけど、ここは学園の教室でも大学の教室でもない。じゃあどこかって?
ピリリリリ、ピリリリ
「おっと電話だぁ……はいっ! サン&ムーンです」
この恋の対応でもう分かるよな?
そう、ここはサン&ムーン。大学を卒業してから俺が……いや? 俺と恋で立ち上げたスポーツトレーナーの会社なんだ。っていってもトレーナーは俺1人なんだけどね? それに本当はちゃんとした社名もあるんだけど……気が付けばついつい略して言っちゃってたりする。
「あっ、おはようございまーす」
大学を卒業してから、恋には電話対応を始め広報とか経理関係諸々をお願いしてるんだ。
まぁあの性格だからアピールの仕方も抜群だし、業界問わず様々な人達とコミュニケーションバリバリでさ? お陰様でかなりの繋がりが出来てる。自分の嫁ながらつくづく恐ろしいよ。
「ツッキー? みつきっちから電話だよー」
みつきっち? ……あっ、さっきトレーナーは俺1人って言ったけど早速の訂正。担当してる面々が多くなってきたから今はちょっとばかり三月先生……いや? もはや卒業したから違うのか?
だけど、リハビリの分野も含めて先輩であり師匠であるしなぁ。師匠呼びだけは嫌だな。うん、引き続き先生でいいや。
「もしも……」
≪ツッキー見たぁ? アイネン1アシストだよ!?≫
うおっ! こっちもこっちで相変わらずのテンションだこと。
≪三月先生声デカいです。こっちは清々しい朝なんですよ?≫
≪んな事言ったって、こっちは試合終わりで大盛り上がりなんだぞ? 現地は空前の日本人ブームだしっ!≫
さすが熱狂的リーグだわ。
≪試合終わって数時間は経ってるでしょ! まぁ、移籍後初スタメン初アシストは完璧ですね≫
≪こっちのサポーター熱を舐めたらいかんよぉ? にししっ、しかもそれを決めたのがサックラーって出来過ぎでしょ?≫
さっ、さっくらー? ……あっ、桜井先輩の事かっ! 日本人離れしたニックネームは止めてくれよっ! てかもはや今朝から色々濃すぎて、桜井先輩が点数決めた事すらあんまり印象に残ってないんですけど。
≪いやぁ、素晴らしいです≫
≪でしょ? 自分の担当してる選手が同じ日に2人も活躍するなんて最高じゃんっ! 現地でもサン&ムーンの宣伝しとくからっ!≫
はははっ、有難い限りです。でも、
≪程々にお願いしますね?≫
この人、加減ってものを知らないからなぁ。
≪はいはーい。じゃあ今後の2人のメニュー送って頂戴ねー? 以上現地トレーナーミッツキーからの報告でしたぁ≫
ピッ
「……ふぅ」
はぁ……なんだろ? まだ仕事始まって1時間も経ってないのに妙に疲れてるんですけど?
「ツッキーはい、コーヒー。みつきっちなんだって?」
「ありがとう。まぁテンション高めの現地報告かな? 相音が1アシストに桜井先輩が1ゴール」
「えっ、それめちゃくちゃ凄くない? やったね、ツッキー?」
「まぁ、皆才能に溢れてるからなぁ」
「もちろんそれもあるけど、私はそれだけだとは思わないよ?」
「ん?」
「だって、その才能ある人達にツッキーは練習メニューやコンディション管理を任されてるんだよ? それってさ、ツッキー自身も才能があって信頼されてるって事なんだよ? だから私はツッキーも凄いと思う」
なっ……確かに練習メニューその他諸々提供はしてる。だけど何だろう? 面と向かって褒められると滅茶苦茶恥ずかしい。
「れっ、恋お前なぁ。良くそんな事恥ずかしげもなく言えるなぁ」
「恥ずかしい? どうして? だってさ?」
「全部本心で、思ってる事なんだもん」
そう言って、俺に見せた恋の顔。それは、そう……出会った頃から変わらない、見てるだけで温かくて疲れなんて無くなっちゃう位、可愛い笑顔だった。
うっ、やっぱその笑顔は反則だろ? ったく、本当……かけがえのない太陽だよ。
「ありがとう。恋」
そう言うと、恋は徐に目を閉じて、ゆっくりと顔を近付かせて来る。このタイミングでこの流れ。もはや恋が何を求めているのかは確実に分かる。まぁ幸いこのフロアにはまだ誰も居ないし……いいよな?
うんぎゃー、うんぎゃー
このタイミングで聞こえてくる泣声を耳にした瞬間、俺達はいつもの姿に戻っていた。
おいおい今かよ? さすがに狙ってたなぁ?
そんな若干の残念さを滲ませていると、
「あっ、今行くよー」
恋は更にもう1人の姿に早変わりしていた。そして、急いでドアに向かう……と見せかけて、こちらをくるっと振り返ると、
「続きは夜ね?」
凄まじい破壊力で俺を打ち抜いて、ドアの向こうへと消えて行った。
今のはヤバい……本当にヤバイ。
なんて胸の辺りをさすっていると、今日という日はそんな余韻すら感じさせてくれないらしい。
ピリリリリ、ピリリリ
普段なら嬉しいであろう電話も、今このタイミングではちょっと殺意が……なんて口が裂けても言えない。今は仕事仕事、俺もキリっと切り替えることにしよう。しかし、まさか忘れたとかって言ってまぁた三月先生からじゃないだろうな?
そんな若干の嫌な予感を感じながらも俺は受話器を手に取った。
≪はい、サン&ムーンです≫
≪あっ、もしもし。月城君かい?≫
耳に当てた瞬間に聞こえてきたのは、男の人の声。まずこの時点で少しだけ安心したのは言うまでもない。だけど……
ん? この声は坂之上先輩か? でも……なんだ? この若干怯えてるような声色は?
何時もの優しそうな声とは明らかに違う先輩の声に、その安心もすぐどこかに旅立ってしまう。
≪そうですよ、おはようございます。どうかし……≫
≪つっ、月城君助けてくれよ……≫
≪いっ、一体どうしたんですか?≫
≪かえ……いや佐藤さんだよ。ひどいよ、あんまりだよ≫
佐藤さん? 佐藤さんが一体何を……
≪さっ、佐藤さんが何かしたんですか?≫
≪ステーキ3キロ……≫
ん? すっ、ステーキ?
≪山盛りサラダ……≫
サラダ? 何かのメニュー?
≪おっ、美味しそうですね……≫
≪違うよっ! 朝から鶏胸肉のステーキに山ほどあるサラダ。さらにその中にも沢山の茹でたササミが……≫
≪ガチャ! あっ! こんな所に居たんですか? 龍之介さんっ!≫
≪ひっ!≫
待て待て、なんかホラーチックな展開何ですけど? しかも遠くから聞こえるのは佐藤さんの声じゃね?
≪何逃げてるんですかっ!≫
≪だっ、だってさすがにあの量は……≫
≪何言ってるんですか。龍之介さんクラスの体で、筋力アッププラス怪我をしない為にはあれくらいのエネルギーが必要なんです!≫
≪そっ、それにしても……≫
≪もしかして……栄養バッチリ考え抜いた私の料理が食べられないとでも言うんですか?≫
≪そういう訳じゃ……≫
≪じゃあ、食べてくれますよね?≫
≪……ちょっと待ってぇぇ!≫
ブチっ! プー、プー、プー
無情にも和中音を鳴り響く受話器を、俺はそっと戻した。電話の先ではなにやら忙しそうな様子みたいだけど、
「まぁ……大丈夫でしょう」
まぁ坂之上先輩に佐藤さんの事だから、そんな気にもならないのも事実。
あっ、ちなみに坂之上先輩ってあの坂之上先輩で間違いはないよ。俺がスポーツリハビリテーションを密に知るきっかけとなった取材の相手。
結局あれから、柔道の熱を抑える事が出来なかったみたいでさ? 自分でケアの方法を学んで柔道部へとカムバック。今では怪我をする前の様に日本柔道界の逸材と呼ばれる程になった。そしてそんな先輩の食事を支えてるのが、佐藤さんって訳。
佐藤さんとは林間学習で初めて話してから大学まで、よくよく思い出してみると……高確率で同じクラスだったり同じゼミだったんだよなぁ。
トータルスポーツと栄養マネジメントって関係性のあるコースだったってのもあるけどね。しかも寮の部屋が琴さん、恋、佐藤さんって並びで恋ともかなり仲良くなってたし、結構な接点がありまくり。まぁおかげで恋の、
『トレーナーの会社ならフードマイスターも必要だよっ!』
なんていきなりの発想に、ピッタリはまってくれたんだけどね? でも佐藤さん、実家のお父さんが後を継いでくれないのか……って悲しそうにしてたってのは聞きたくはなかったよ。
とまぁ、そんな感じだしあの2人は大丈夫でしょ。それにちょっと惚気てる感も見えてるしね? あの様子だと……お付き合いの方も順調みたいだ。
「あっ、ツッキー!?」
ん? ドアから顔覗かせて何してんだ恋?
「んー?」
「もう時間だから、私お手軽エクササイズ行ってくるねー」
おっ、何だかんだしてる間にもうそんな時間かぁ。
「はいよー、頑張ってなぁ」
「了解っ!」
相変わらず元気いっぱいに働くなぁ。 ……って俺も負けてられないぞ? じゃあ俺もボチボチきちんと働きますかっ!
恋と一緒にここを立ち上げて4年。そしてここへ引っ越して来て2ヶ月……長い様であっと言う間だったけど、俺の仕事は基本的にずっと変わらない。
クライアントへのメニューや総合的なプランの提供、要望があれば実際に出向いて話を聞いたり、メニューを一緒にこなす事でその効果を最短で得られるようにアドバイスする。
まぁその他に講演会や会議にも出る事はあるけど、今日に限って言えば出歩く予定はない。つまり、椅子に座ってのデスクワークを自分のペースでゆっくりとこなしていくはずなんだけど……
≪でね? でね? 滅茶苦茶監督に褒められたんすよー≫
なんで俺はこのテンション高い、バカでかい声を今現在聞いているんでしょう?
≪いやー頑張ったオレっ! 先輩も褒めてくださいよー≫
相変わらずの騒がしさ。しかも今回は移籍後スタメンフル出場で1アシストって事もあっていつも以上に騒がしい。
まぁ興奮冷めやらぬ気持ちは十分に分かる。憧れのリーグに移籍して結果残せたんだしさ? それは俺も素直に嬉しいよ。だからこそ普段であれば速攻ガチャ切りするであろう電話にも付き合ってやってる。だが……お前もクライアントの1人なんだから色々と言わせてもらうぞ?
≪まぁ活躍できたのは褒めてやる。けどな、お前終了間際にチャージされた時、耐えただろ? 結構激しめなのは画面からも分かったぞ? あぁいう場合下手に耐えたら怪我に繋がりかねない。上手く倒れて体を守るのが大事。それにプレシアリーグはフィジカルコンタクトが激しいって入念に言っただろ?≫
≪いやぁ、すいません。つい癖で≫
癖って……その癖のおかげでこっちは結構ハラハラなんだなんだよ。
≪いいか? 今後は……≫
≪あっ、桜井さんっ! 今丁度……≫
おいっ! こっちがまだ話して……って桜井? もしかして……
≪よぉっ! 月城っ! 俺達の活躍見てくれたか?≫
はははっ……やっぱりそうだよなぁ。
≪先輩もお疲れ様です。ナイスゴールでしたね≫
≪だろだろ? 記念にサイン入りボール送ってあげるよ≫
≪ははっ……≫
≪いやぁ、もちろんアイネンのアシストも素晴らしかったよ? でもそれにジャストで合わせた俺も……≫
はぁ。出たよ桜井先輩のサインボールプレゼント攻撃。いやね? いまやサッカー日本代表の10番を付けてる桜井蹴斗。その直筆サインボールを欲しがる人は多いんだと思うよ?
でもさ? 先輩……事あるごとに送られてくるから、もはやここには20個近くあるんですよ? しかもこんな感じで興奮してるときは話がなかなか終わらなくて……
≪じゃあそういう事だから、今後のメニューとかシクヨロっ!≫
ピッ
「あっ、ちょっと!?」
でっ、出たぁ! 一方的な試合終了。まぁまぁ予想はしてましたよ? いつもの事ですしね。でもとりあえず……2人共変わらず頑張ってるなぁ。
ピリリリリ、ピリリリ
って、一息付く間もなく電話? ったく、なんか今日は妙に忙しいなぁ?
≪はい、サン&ムーンです≫
≪あっ、もしもし。おはようございますっ! 六月です≫
おっ、六月ちゃんか。その声聞いた瞬間かなり精神的に楽になったよ。直近があの騒がしコンビだったから尚更ね。それにしても、
≪おはよう、六月ちゃん≫
一体どんな用事かな?
六月ちゃんは、今や世界に誇る走り幅跳びの選手として超が付く程の有名人。しかも最近はそのルックスを活かして女優業も務める位マルチな活躍を見せてるんだよなぁ。そして嬉しい事に我がサン&ムーンのクライアントの1人でもある。
≪実は知り合いでちょっと怪我しちゃった人がいて、是非月城さんにリハビリのプランを作ってもらいたい人が居るんです≫
おっ、新規クライアントの紹介?
≪なるほど。六月ちゃんの知り合いって事は陸上の人かな?≫
≪あっ、いえ。バスケットボールの選手なんです。と言うより、月城さんも良く知ってる人だと思いますよ≫
バスケット? 人気自体はあったけど、国内リーグの充実、自力でのワールドカップ出場をきっかけに、ここ数年で急速に力を付けてきた球技の1つだよな。今や本場NBAプレーヤーも結構増えてるし。
それにしても俺も知ってる人?
俺のクライエント、バスケットボールプレイヤー、有名……とくればNBAプレーヤーの雨宮海君だよな?
雨宮海。この人との出会いは高校2年の時。ウィンターカップを見に行った時だった。
まぁあの時はさ? 今でもお世話になってる宮原旅館。そこの娘さん……つまり透也さんの妹である
年も1個下で、宮原旅館に行くたびに仲良くなったっけ。恋とはもう息の合った友達けん親友並みだ。
そんな湯花ちゃんの試合を見に行った時、男女ともに青森県代表で出てたのが
いや、当時から動きは抜群だったよ。
そしてまさかクライエントになってくれるとは思わなかったし、NBAプレーヤーになるとは夢にも思わなかった。それに……当然の如く湯花ちゃんと結婚もしてさ? ある意味かなり凄い人物だよ。
っと、今はそんな思い出に浸ってる暇はないな。
≪バスケットかぁ、オッケー≫
≪ありがとうございます≫
≪六月ちゃんの頼みなら断る理由もないしね≫
≪ふふっ、月城さんたらぁ。それじゃあ後で本人達に電話させますね≫
ん? 本人……達?
≪達って、1人じゃないの?≫
≪あっ、言うの忘れてました。実は2人なんです≫
よっしゃぁ! 2人もゲットだぜっ!
≪そういう事か、了解了解≫
≪すいません。あと、この話まだメディアにも漏れてないので……≫
メディア? 待って? それを危惧するくらいの人達なの?
≪メディア?≫
≪はい。実は湯花ちゃん経由でご相談されまして……≫
湯花ちゃん経由? あっ、いや。勿論六月ちゃんもゴシップクラブのメンバーだったから、宮原旅館にも行ってる。それに同い年の湯花ちゃんとは恋と同様くらいに仲は良い。けど……
≪湯花ちゃん経由って……なんか凄そうな気するんだけど≫
≪ふふっ。多分……ビックリすると思いますよ?≫
≪マジか!≫
いやぁ……六月ちゃんは大袈裟にものを言うタイプじゃない。これは結構ヤバいかも。
≪じゃあ、後で本人達からご連絡してもらう様に言いますね? 名前は……
えっと、下平さんに晴下さんね?
≪分かった。待ってみるよ≫
≪ありがとうございます。それじゃあ月城さん? 私の方のメニューも待ってますね?≫
≪了解。こっからオリンピックまで完璧に仕上げられるようなメニュー考えとく≫
≪月城さんがそう言ってくれるなら、めちゃめちゃ期待しちゃいます。じゃあとびっきり特別なのお待ちしてますから≫
≪はっ、ハードル一気に上げないでよ。まぁまだ日程もあるし、今度うちに遊びにおいでよ。恋も喜ぶと思うしさ?≫
≪本当ですか? 絶対行きますっ! じゃあ宜しくお願いしますね? あと……三月ねぇの事もっ! それでは失礼します≫
ピッ
ふぅ。六月ちゃんはやっぱり良い事しか運んで来てくれないよなぁ。まじで前者の2人には見習ってもらいたいところだ。クライエントも2人ゲット出来そうだし、こりゃ今まで以上に気合い入れないとなぁ。
それにしても、下平……晴下……聞いた事があるような……っと、その前に目の前の仕事しなきゃな!
スポーツトレーナーの会社を立ち上げるにあたって、1番の壁はいかに固定のクライエントを確保できるかだと思う。
クライエントが居なきゃ、トレーナーも派遣できないし、そうなればこっちの利益も生まれない。そう考えると、俺はスタートの時点でかなり優位な場所に立って居た。そしてそんな場所へ俺を連れて来てくれたのは、間違いなく片桐栄人。まぁ、面と向かっては絶対言いたくないけどな。
大学時代からあいつは、有名メーカーがスポンサーになったりと短距離界のエース候補として有名人。そんな時、スポーツトレーナーとしての知識を勉強中だった俺に、栄人からこんなお誘いがあった。
『俺が今お世話になってる実業団で、スポーツトレーナーの短期募集あったぞ? まぁ細かい内容はスポーツトレーナーのサポートらしいけど』
実際にその現場を体験できるし、プロのトレーナーの技も盗める。俺にとっては願ったり叶ったりな事で、乗らない手はなかった。もしかしたら採用の段階でも栄人が何か糸を引いてくれてたのかもしれない。まぁ、あいつは何も言わなかったし、多分言うつもりもないだろう。けど、おかげで見事受かってさ? バイトとして生の現場を体験して、勉強して……それは確かに自分の糧となった。
そして、恋と一緒にサン&ムーンを立ち上げてさ? まずはクライエントの獲得頑張ろーなんて2人で話してた時、最初にドアを叩いて来たのも……栄人だった。
もちろん反対はしたぞ? すでに栄人は有名実業団に所属してたし、変に俺が関わったら練習とかその他諸々、選手生命に関わるって。でもさ? 栄人はやっぱり栄人だった。
『あぁ、もう監督には了承済み。もちろん丸々蓮だけに任せる事は出来ないけど、こっちのトレーナーと情報共有しながらだったら大丈夫だって』
流石に引いたよね? 考え直せって言ったものの……考えを改める気もないらしく、
『それに高校から知ってる奴がトレーナーやってる方がやり易いだろ? って監督も言ってた』
ってな事言われて……まぁそれでクライエント第1号になった訳。その後速攻で監督さんに会いに行って今後の流れとか、色々話し合ったりと初めての事ばっかりで滅茶苦茶疲れたっけ。
まぁ監督さんんも最初は全然俺の事信用してなかったけどね? そりゃ大学卒業したばっかで実績もない奴だし当たり前だよな。多分、現時点でも将来的にも有望な栄人の言う事だからこそ、渋々了承したんだと思う。でもまぁどんな経緯であれ、早々にクライアントを確保できた俺はかなり優位な位置からスタートする事が出来た。
その後は察しの通りトレーナーさんと揉めたりもしたけど、栄人が結果を出すに従って段々と認められるようになって……クライエントもさ? 六月ちゃんを始め、琴さん、桜井先輩、坂之上先輩、相音、雨宮くんって増えてって、何とか今の形になったんだ。
そう考えると……
俺って周りの人に恵まれすぎだよなぁ。
「やばっ。思い出せば思い出すほど他力本願じゃねぇかっ!」
確かに業界内でのクライアントの数は、まだまだ少ない方。けど、その多くが結構な有名どころだからちょっとは名前も知られてきてるとは思う。それに、相手が誰であろうと自分のクライアントが活躍していく姿を見るたびに、
自分の計画したリハビリプランや、トレーニングメニューに自信が持てる。
ガチャ
「ただいまー」
おっと、そんな事をしみじみ考えてる間に、もはやお手軽エクササイズが終わった時間になってるじゃん。
「おっ、おかえ……」
ん? ちょっと待て? 恋お前は良いとして、その後ろに立ってるのは……
「ただいまぁ」
やっぱりじゃねぇかっ! てか、なんで一緒に来てんの? そしてここはお前の家じゃねぇぞ?
「ん? 入る場所間違ってる人が居るぞ?」
「あっ、ひどーい! そんな事言う人にはデザートショップみるきぃの三色ベリータルトはあげませんっ!」
なん……だと……みるきぃと言えば今も尚行列ができる程の超有名店。その人気のせいで好評だったスイーツバイキングが中止になった時は恋と一緒に涙したものだ。しかもその中で人気ナンバー1商品のベリータルトだと? これは……
「お帰りなさい、凜さん」
何が何でも口にせねば。
「切り替え早っ! ふふっ、まぁ相も変わらずで安心したよ」
「にししっ、でしょ?」
おいっ、2人してなんだよその変な笑顔は。なんかさらっとバカにしてない? してないか?
「でもその前に……恋ちゃんっ! 癒しの天使ちゃん達を見に行っても良い!?」
「もちろんっ!」
「やったぁ! あっ、蓮? 居ない間につまみ食いしたら……」
「しねぇよっ!」
「そう? 念には念をね? じゃあ恋ちゃんっ!」
ったく、俺も良い大人だぞ? つまみ食いなんてするかよ。本当扱いが昔から全然変わんないのな? しかしまぁ常に成績トップ。首席で名門京南大学を卒業したエリートらしく、今は精神科医として有名病院に勤務するお医者様なんだから……すげぇよな。
自分がメンタル弱いからこそ、それで困ってる人達を救いたいって理由で精神科医になったらしいけど、メンタルの弱い奴が試験や臨床研修を最短で経て医師になれるのか? って疑問は残るけどねっ! 恋も恋で、
『メンタルトレーナーも居たら最高じゃないっ!?』
なんて目を輝かせたり。さすがにまだ経験不足だからって断ってはいたけど……
「きゃぁぁー、いちゅ見ても可愛いねぇ!
やっぱりなんだか違和感が否めないよな。
でも、こうして見ると高校、大学で知り合った人達って、今はもうそれぞれの夢に向かって走り出してるんだよなぁ。アスリートやフードマイスター、医者にメーカーの技術者。
世界に名だたるホテルの経営者に、いくつものデザイン賞を貰ってるデザイナー。本当に……みんなすげぇや。
このビルだって、あんな破格の値段で見つけてくれたのはヨー……葉山先輩だったし、1階のトレーニングスタジオからこの事務所、3階住居の内装までデザインしてくれたのは桐生院先輩だった。
2人共結婚祝いだーとかって言ってたけど……お陰様で2人が結婚する時のお祝いのハードルが滅茶苦茶上がりましたよ? それでも本当に嬉しかったし、それと同時に自分の力不足も痛感したけど……
俺だって負けられない。
自分のやりたい事を見つけて、実現出来た。今はまだ周りの人達に甘えてる部分もあるけど、もっと勉強して、もっと経験して……周りの人からもクライアントからも認められるトレーナーになってみせる。
それに、頑張らなきゃいけないんだよ。恋と……大切な2つの宝物の為にも尚更ね?
ピリリリリ、ピリリリ
おっ、早速のお仕事ありがとうございます。もしかしたら六月ちゃんの言ってた人かな? でもまぁとにもかくにも、今やるべき事は1つ。目の前の事に全力で取り込むだけっ!
じゃあ行きますか? 月城蓮プロトレーナーへの道~修行編~、乞うご期待下さいっ!
≪お電話ありがとうございます。プロトレーナーズカンパニー≫
サン&ムーンですっ!
求ム!即効性のあるメンタルトレーニング〜クラスメイトがトラウマ幼馴染に瓜二つなんです〜 北森青乃 @Kitamoriaono
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