第153話 Side B ~あとちょっとだけ~

 



「世界新記録おめでとうございます」

「今の率直なお気持ちは?」


 えっと、皆さん……こんにちわっ! なのかな? というよりお久しぶりって言った方が良いのかな? ……ともかくっ! 


「現役大学生の日本新記録、更には世界記録の更新に日本中が盛り上がりを見せていますが?」

「活躍の秘訣はなんでしょう」


 とりあえず私は今結構な取材の皆さんに囲まれて、



【それでは表彰式を行いたいと思います】



「そっ、それではもう時間みたいなので失礼します!」

「あっ! 後少しだけ……」



「居た居たっ! こっちですよー!」

「はいっ!」


「あっ、来た来た!」

「いいぞー」

「オリンピックも頼んだよー」


 色んな方々の声援の中で、


「よいっしょっと」


 表彰台の上に立って居ます。



 私の名前は烏真六月。烏山忍者村を経営する烏真家7人兄弟の末娘であり……


【それでは皆さん、大きな拍手をお願いします】


 忍びの一族烏野衆の本家の五女でもあり……


【見事世界新記録を更新いたしました……現役の大学生、烏真六月さんですっ!】


 スポーツ教育学部スポーツ教育学科、そして陸上部所属の鳳瞭大学3年生ですっ! 


 ……あっ、もちろん鳳瞭ゴシップクラブにも入ってますよ?




 求ム!即効性のあるメンタルトレーニング Side B

 ~あとちょっとだけ~




「ふぁ~」


 心地良い朝日。心地良い風。

 そんな心地良さを全身に感じると、自然とあくびだって出てきちゃう。まぁ今日に限ればそれプラス、昨日の疲れも多少は影響してるのかもしれない。


「おっ、昨日の今日で1コマ目を受けるなんて、さすがワールドレコーダーは違うねぇ」


 肩に感じる手の感触、そして毎日の様に聞いてる声。その後ろから現れた人物が誰かなんて想像するのは簡単。だって……


「あっ、いりちゃん! おはよう」


 大事で大事で1番大切なお友達なんだもん。


「おはようって! テンションがいつも通りっ!」

「えっ?」


「えっ? じゃないよぉ! あのね、むっちゃん? あなた自分の成した偉業を認識してるの? 日本新だよ? 世界新だよ? 現役大学生がだよ?」

「それは……そうだけど」


「はぁ……なんか無欲と言うか冷静と言うか、相変わらずむっちゃんは落ち着いてるなぁ」

「そうかな? 結構感情は表に出してると思うんだけど……?」


「多分それは私達一般人には分からない位の微々たるものだよ?」

「えぇ、そんな事ないよぉ?」


 …………


「ぷっ、はは」

「ふふっ」


「まぁいいや。とにかく、おめでとうむっちゃん」

「ありがとう。いりちゃん」


 いりちゃんとは高校1年の時からずっと同じクラスで、それ以来ずっとお友達。

 鳳瞭学園に来る前にいりちゃんのお兄さんと知り合ってたから、その繋がりであっと言う間に仲良くなったっけ。本当、1人知らない学園に来て、友達できるか不安だった私にとって……大切な存在であり、今も変わらないんだ。


「じゃあ1コマ目こっちだから、じゃあ夜にねー」

「うん、バイバイ」


 そして今は、公務員目指して頑張ってる。学部は違うけど寮は一緒だから、こうして一緒にキャンパスを歩く事もしばしば。少し距離が離れちゃったのは寂しいけど、私にとって親友には変わりないよ。


 さってと……じゃあ私は朝の内に部室行って、午後の練習の準備でもしようかな? 

 いりちゃんの後ろ姿が見えなくなると、私は1人歩道の上を歩き出す。両側にそびえる大きな建物、その威圧感に慣れるのに結構時間掛かったっけ?


 てか、むしろこの光景に慣れちゃった自分が怖いよ。確かキャンパス内に15面ものグラウンドに10棟の体育館、20面のテニスコートだっけ? 学園も凄かったけど、大学は更にそれを越えてるよね? たはは……でもそんな大学に来れたのも……


「あっ、すいませーん」


 ん?


 横から聞こえてきた声に、反射的に振り向くと、そこには背の高い男の人が立って居た。そしてその少し後ろにはもう2人の姿。


「なんでしょう?」


 えっと、鞄には黒前大学? くろまえって読むのかな? まぁここに他の大学の生徒がジャージ姿で居るって事は……


「そのー、第4体育館ってどこですかね?」


 やっぱり、部活関係だよねぇ。身長も高いしバレーとか? とは言っても、私から見たら大体の人が大きく見えちゃうんだけどね。


「第4体育館でしたら、ここを真っ直ぐ行った突き当りを左に曲がると正面に見えますよ」

「あっ、そうですか! ありがとうございます!」

「どういたしまして」


 そう言うと、その爽やかな男の人はもう1度私に深々とお辞儀をして、お友達がいる方へ駆け足で向かって行く。

 あの礼儀正しさ、恐らく強豪校に違いない気がする。


「あっちだそうだ」

「サンキュー雨宮あまみや

「さすが雨宮」


 お友達にも感謝されてるなぁ。

 なんか話し方とか、雰囲気的にまとめ役って感じがするよね。


「流石っ! じゃないよっ! 大体見つけたと思ったら、キョロキョロ辺り見渡してやがって。迷子になったら人に聞くのが1番だろ? 九鬼くき! お前見た目陽キャなんだから朝飯前だろ?」


 ……あれ? なんだろう? 見覚えのある雰囲気がするかも……


「いやぁ。恥ずかしいだろ?」

「はぁ?」

「分かるよ九鬼。知らない人に話し掛けるのって意外と勇気必要なんだよね……」

「おい、白波しらなみ! お前は高校の時からそうじゃないか! 少しは成長しろっ!」


 ふっ……ふふ。あの見た目明るい感じの人が九鬼さん? そして1番背の高い人が白波さんって言うんだ。

 しかもその身長の高くて大きな人が、1番小さくなってる。なんかこの光景……面白い!


「これこれ雨宮あまみやかい。元を正せば、坂城さかきが迷子になったのが原因だろ? なぁ白波」

「そうそう。それに雨宮? 高校生の時に来た事あるから場所は覚えてるって言ってたじゃん」

「なっ! あの当時は体育館直行だったんだよ! じゃああれだ、やっぱ坂城のせいだ」


 そんな3人のやり取り。片や怒り、片や呆れてる……おかしなものだった。でもさ、その様子は見た感じの雰囲気で分かるよね? そう、めちゃくちゃ仲良いって。


「とにかく、体育館行く……あっ! いたぞ! 坂城だ! あいつ……」

「はぁ? まさ……って! マジじゃねぇか!」

「あれ? しかも女の人に声掛けて……」


「……あの野郎、迷子になって迷惑掛けてやがるのに……流石に菩薩の再来と呼ばれる俺でも……腹が立つ」

「……ほほぅ。ナンパとは良い度胸だな。流石に仏の九鬼と呼ばれる俺でも……腹が立つ」

「菩薩!? 仏!? なにそれ? 初めて耳にしたんですけど?」


「とにかく」

「あぁ」


「「待てや、坂城ぃ!!」」

「ちょっ、待ってよぉ」


 あっ、行っちゃったぁ。なんか面白くてついついずっと眺めちゃってたよ。それにしても……なんだかあの3人のやり取りって既視感がある様な…………


 ―――♪~♪♪~♪~♪♪♪~―――


 ん? この音は……あぁ、チャイムが鳴ってますねぇ。


 って! しみじみ感慨にふけってる場合じゃなかったぁ! 準備どころか、講義に遅れちゃうぅ!




 はぁ……朝から焦っちゃったぁ。

 思わぬ朝のハプニングをギリギリセーフで切り抜けた私は、変な緊張感を感じつつも何とか午前の講義を乗り切った。


 危ない危ない。講義に遅刻したらなんて言われるか分かったもんじゃないよぉ。


『勉強は自らの知識になるんだ。受けるなら完璧に、聞くなら真剣に!』


 お父さんったら烏山に帰る度にしつこく言ってくるんだもん。それこそ遅刻したらその情報なんてあっと言う間に届きそうだしねぇ。グチグチ攻撃を受けない為にも、講義は休まない・遅刻しないっ! そう決めたんだ。




「はっくしょんっ!」

「あら? お父さん? 風邪?」


「ズズー、いや? 誰かが俺の噂をしてたに違いない。風邪なんて生まれてこの方引いた事ないからな」

「噂ですか……」


「うむ……微かに南東の方から気を感じる」

「南東と言いますと……六月が居る鳳瞭大学……」


「はっ! もしや六月っ! 授業をサボリおったな?」

「昨日あんなに活躍したんですよ? たまに休みくらい……」


「ダメだ! 文武両道の約束で鳳瞭へ行くのを許したんだぞ? それに勉強とはそれが己の知識となるのだっ! 絶対に吸収しなければならないっ!」

「もう……」


「いいか? 離れて暮らすにしたって……」

「……お父さん? そんな約束六月としてましたっけ?」


「そりゃあもち……はっくしょん」

「それと……私達にもそんな事言ってましたっけ?」


「そっ、そりゃ……はっくしょん」

「口癖かの様に言ってますけど、私今初めて聞いた……」


「はっ、こりゃイカンっ! 悪寒がするっ! 俺したことが、一刻も早く病院へ行かなければっ!」

「行っちゃった。はぁ、高校から離れちゃったから尚の事心配なのは分かるけど……あんまりしつこいと嫌われちゃいますよ? ふふっ、それに六月なら大丈夫。もう、私達の背中について来る甘えん坊さんじゃないのよ。ねぇ? 六月? ……あら?」




 なぁんて憂鬱な気分も、これさえあればすぐに吹き飛んじゃう。

 私の目の前にあるのは、無数のお肉達と溢れんばかりのお野菜ちゃん。それを包み込む餡に縁の下の力持ちなガッツリ麺。見るだけでも最高なのに鼻から入り込む匂いもまた最高っ! これこそ我らが鳳瞭の誇る公式運動部応援メニューの1つ、鳳瞭スタミナラーメン改っ! 素晴らしい……いつ見ても素晴らしいよっ!


 ピロリン


 ん? ストメだ。誰からだろう……あっ、一月ねぇだ。なになに……?


【六月? 昨日はお疲れ様。烏山の皆も大喜びです。疲れの方は大丈夫?】


 そっかぁ、皆喜んでくれたんだぁ。にしても一月ねぇは心配性だなぁ、烏野衆の頑丈さは1番知ってるはずなのに。本当、優しいなぁ。


【あと、むやみにお父さんの事悪く思わない事。あなたはまだ力加減が出来てないから、すぐにこっちに飛んで来ちゃうんだから】


 あっ、マジかっ! いやぁ……ごめんごめん。


【それと六月の事だからちゃんとしてるとは思うけど、バランスよくご飯食べるのよ?】


 んっ!? バランス良く……いやいやこれはお肉に野菜にバランス良いからっ!


【あと、ちゃんと自炊もして料理の腕も磨くのよ?】


 じっ、自炊……ちゃっ、ちゃんとしてるよ? 最近だって……えっと……1週間前だけど、たまたまだからっ!


【それに好きなものばっかり食べたり、偏食も程々にね?】


 好きな物……そんな連続で食べてないよ? 昨日は……仕方ないよ? 一昨日も……許容範囲内っ! その前は……ゴクリっ……


【それじゃあ体に気を付けてね?】


 いっ、1番一月ねぇが恐ろしいかもしれない……


「あっ、六月ちゃんっ!」


 立ち込める不穏な雰囲気を、その声は一瞬で澄んだものに変えてしまう。そうそれはまさに女神の声と言っても過言ではない。そしてそれを出せる人は1人しか居ない。


「あっ、琴さん」


 その声の持ち主こそ、この早瀬琴さん。1つ年上であり陸上部の先輩でもあり……まさに女神っ! いや、何がって言われたら具体的には分からないよ? でもなんか声は特徴的で癒されるし、その立ち振る舞い全てが優しいのです。


「あっ、今日もスタミナラーメン食べてるの?」

「そうですよー」

「じゃあ私もそれにしよっと」


 それに何を隠そう、私にこの悪魔的美味しさであるスタミナラーメンを紹介したのも琴さんなのだ。


「それにしても、昨日はお疲れ様。記録更新しちゃうなんてさすがぁ」

「いえいえ、たまたまですよ」


 とか言いながらも、琴さんも十分凄いんだよねぇ。一昨日の決勝では大学生ながらジャパンシリーズで400m3冠達成。オリンピックもほぼほぼ内定が決まってるスーパーエリートなんだよねぇ。それに身長も高いし、抜群のプロポーションに整ったお顔……容姿端麗とはまさにこの事か。


「……? どうかした?」

「はっ、なんでもないですよぉ」


「ふふっ、変なの」

「そういえば、オリンピックの代表もほぼほぼ決まりじゃないですか? やっぱり昔からの夢とかだったんですか?」

「んー、言われてみれば昔はそうだったかも?」


 ん? 昔?


「昔って事は……今は?」

「今は半々かな?」


 半々? 残りの半分が気になるところです。


「あの……差し支えなければですけど、残りの半分とは?」

「恥ずかしいからあんまり言いたくはないんだけど……」


 恥ずかしい? それを言われると余計に気になるのが人間なんですよ? 女神様っ!


「誰にも言わないんで教えて下さいよー、気になるじゃないですか?」

「んーじゃあ、六月ちゃんにだけ特別ね?」


「はいっ!」

「あのね?」


 あのね……?


「……あとの半分は……お嫁さんになる事」


 …………お嫁さん?


「お嫁さん……」

「きゃっ、恥ずかしいっ!」


 顔を両手で隠し、あからさまに照れる琴さん。一瞬何の事だかピンとこなかったけど……その真意を気付くのにそこまで時間は掛からなかった。


 ……はっ! そうだった、そうだよ。琴さんには大学のイケメントップ10に入る程の彼氏さんが居るんだった。


「あの、それって……」

「言っちゃだめだよぉ」


 はっ、はははぁ……




 はぁ……綺麗な夕日ですねぇ。

 目の前に悠然とその美貌を見せつける夕日。私はそれを遠い目で見つめながら黙々とストレッチをしている。


 くぅー! 琴さんの一見嫌みにも聞こえるけど純粋に恥ずかしがってて何とも言えない行動に、モヤモヤした心を全力で練習してスッキリしたかったんだけど……伊藤先輩に止められちゃったしなぁ……


「おっ、六月ちゃん。昨日はお疲れ様」


 そんな中、ふと横から聞こえてきた声。その一瞬で漂う爽やかな雰囲気は、もちろん幾度となく感じた事のあるものだった。


「あっ、部長。お疲れ様です」


 ゆっくりと横を見て見てみると、そこには予想通り陸上部部長が笑顔で立っている。しかも顔が夕日に照らされて、爽やか度はいつもの1.5倍にはなっているだろうか。やはりイケメンランキングトップ10はレベルが違う。


「おいおい、何改まってるんだよ? 部長なんて堅苦しいぞ?」


 そう言いながら、尚も爽やかビームを発射してくる部長。

 もちろん部長である事には変わりはないけど、もっぱら私はこの人の事を名前で呼んでいるのも事実……でもさっ? 知ってます? 今の私をこんな状態にしてるのはあなたにも責任あるんですよ? そのナチュラルな笑顔も時には凶器になるんですよっ!


「すいません。栄人先輩」

「やっぱその方が落ち着くわ」


「ははっ」

「部長ー! 次は何やります?」

「待っててくれー。じゃあ六月ちゃん、ちゃんと体休ませてくれよ?」

「ありがとうございます」


 ふぅ。なんかいちいち動作の1つ1つが爽やかに見えるんだよなぁ、栄人先輩は。

 片桐栄人。私の1つ年上で陸上部の先輩であり、現部長さんでもある。100mでは大学生ながら9秒台をマークするなど、短距離界のエース候補とまで言われてるエリート。

 そしてあのルックスにあの性格で、女子のみならず男子からも人気のある人望まで備えてる……ある意味超人。そして琴さんとはお似合いカップルとして、2人を知ってる人達の間では憧れの的となっている。


 はぁ……スポーツ万能、イケメン、可愛い彼女、性格も良くて、人望も厚い、おまけにオリンピックほぼ内定と来たもんだぁ。なんか夢で溢れてるよねぇ……




 はぁ……今日はなんかダメだぁ。優勝した次の日だってのにそんなにテンション上がらないし、むしろ周りの幸せオーラに毒されてる気がする。こんな日は早く寮に帰って長風呂でもしよっと……


 そんな余りにも孤独な事を考えながら部室の扉を閉めると、私は少し暗くなった夕日に向かって1人寂しく歩き出す。

 静寂の中で頭の中にふと思い浮かぶのは、皆が皆夢に向かって歩き出しているという事実。それは前々から感じていた事だった、でもなるべく考えない様にして来た。でもそんな甘えも、もう許されないのかもしれない。そう、


 自分は将来何をしたいのか……


 それを明確にしないと。


 モフッ


 それは突然の感触。ぶっちゃけ前なんて注意して見てなかったから、そのいきなり顔を覆い尽くす感触に驚きのあまり一瞬理解が追い付かなかった。けど、すぐ様感じる花の匂いと、マシュマロの様な柔らかさに……目の前の人物が誰なのかは、すぐに分かる。


 いつ嗅いでも良い匂い……それに柔らかい。


「むっちゃーん! 優勝おめでとう!」


 そんな甲高いと共に抱き締められる形で、更に顔が埋まって行く。もちろん息は苦しい。


「んーんーんーんー」


 でもそれ以上に……今の私にとって、この包まれる様な感覚……そう、恋さんに抱き締められてる今この瞬間は心が落ち着いていく様な気がした。


「にししっ、いつ見ても可愛いなぁ可愛いなぁむっちゃんはっ!」


 更に力を込める恋さん。その度に顔が恋さんの胸に埋まって行く。

 れっ、恋さんっ! めちゃめちゃ居心地は良いんですけど……毎度の事ながらこの光景を他の人見たら絶対怪しまれますってっ!


 日城恋さん。1つ年上で鳳瞭ゴシップクラブ編集長。私も掛け持ちでゴシップクラブに入ってるから、もはや知り合って6年位は経つかな。底抜けに明るい性格に、琴さんに負けない位のプロポーション。私の事もこうやって可愛がってくれる……良いお姉さん的な感じ。そしてなにより……


「おーい、加減しないと六月ちゃん窒息するぞぉ」

「えっ? そう? だってついついー」

「ついついじゃねぇだろっ!」


 私の大好きな人が……大好きな人。


「ちぇーっ」


 その言葉と共に、目の前は一気に明るくなって……至る所から空気が体内へ入り込んでくる。そして目の前に映ったのは、もちろん恋さんと……


「ちぇっ、じゃないよっ! ったく……大丈夫か六月ちゃん?」

「はっ、はい。大丈夫ですっ」


 月城蓮さんだった。


「良かった。それより優勝おめでとう」

「ありがとうございます」


「生で見てたから迫力が凄かったよっ!」

「えっ……」


 生? もしかして競技場に来てくれてたの?


「凄かったよな? 恋?」

「うんっ! めちゃめちゃ! それにむっちゃんがとんでもないスターに見えたよっ!」


 あっ……そうだよね? 2人で来るに決まってるよね? だって2人は……ずっと……


 2人のやりとりを見る度、嬉しい気持ちになる半面どこか虚しい気持ちになる自分が居る。

 別に恋さんに恨みがある訳じゃない。でも、それでも……諦め切れない自分がいつも少しだけ顔を覗かせる。


「2人共、来てくれてありがとうございました」

「当たり前だろ? 六月ちゃんの大事な大会なんだし、応援しに行くに決まってるじゃないか」

「そうだよぉ! 本当おめでとうっ!」


 それでも、2人は本当に優しい。

 だからこそ、虚しい自分は少し様子を覗いてはすぐに居なくなってしまう。長年続いてきたそんな流れにも、今はもう慣れちゃったのかも。

 だから……私はすぐに笑顔になれるんだ。


「なんか照れますねぇ。そういうお2人は取材の真っ只中ですか?」

「ん? いやぁ……」


「ツッキーの勉強がてら、部活の取材してきたんだよぉ」

「勉強ですか……」


 勉強……? あっ、そう言えばそうだ。


「まぁ、なんだ……」

「スポーツトレーナーのだよね?」

「あんま大きな声で言うなってのっ! 恥ずかしいだろっ!」


 そう、月城さんは……スポーツトレーナーを目指して勉強しているんだった。取材の関係でそういう人達に関わる事があったみたいで、そこから本格的に目指そうって思ったみたい。


「いいじゃんいいじゃんー!」

「ったく、そういうお前は大丈夫なのか?」


「えっ?」

「えっ? じゃないよっ! 試験だよ試験っ!」


「あぁ、大丈ブイィー!」

「いまいち信用ならねぇ」


 そして、一見ふざけてる様に見える恋さん。恋さんは月城さんをサポートする為に経済学を勉強してきたらしい。将来的に月城さんと一緒に起業したいって夢があるみたいで……もはや猪突猛進って感じで突っ走っている。


「そんな事ないよー!」

「おーい、声がでけぇぞ?」

「やっほ、恋ちゃん?」


 ん? この声は……

 そんな言わばいつも通りの雰囲気の中、後ろからまたもや聞き覚えのある声が聞こえてくる。と言っても、その聞き覚えのある2人の声は振り返らずともその正体が誰なのかはハッキリしている。


「おっ、出たな? イケメン委員長」

「お前のイケメンって言葉にはどうも濁りを感じるんだよなぁ」


「こっちゃんも大会お疲れ様っ!」

「恋ちゃんも応援ありがとうね?」


 想像通りの2人の登場で、その場は一瞬で日常の空間に早変わりしてしまう。同級生でお互い相思相愛の相手が居て、夢がある。そんな4人のやり取りは……なんかとても華々しく見えて、純粋に……


 憧れる。


 4人は本当に充実してるよね。夢もあって、好きな人も近くに居て順風満帆って感じだもん。それに加えて私は……


「水を差すようで悪いけど、話割らせてもらうわよ?」


 突如耳に入り、その場を飲み込む端正な声。思わず私はその声の方を凝視していた。もちろん目の前の4人も同じだったらしく、静寂の中みんな声のする方を振り向いていた。


 この全てを飲み込む様な声……久しぶりに感じる緊張感にも似た感覚。まさか? でもあの人は卒業して……


「時間通りに来てみたのだけど、だれも正門に居ないってどういう事なのかしら? 差し当たってはシロ? 十分納得できるような返答しなさい?」


 そんな私の疑問なんか、その一声で一瞬で無くなる。そして、4人の間から割って見えるその姿は……もはや間違いない。


 すらっとした長身に、モデルばりのスタイル。そして見る者を圧倒する綺麗な金髪。その姿を忘れるはずも、見間違えるはずもない。そうその人は……


「葉山先輩……?」


 鳳瞭ゴシップクラブを作り上げ、数々の伝説を残してきたもはやレジェンド。葉山彩花その人だ。


「えっ、あっ、もうそんな時間……」

「あなたは何の為に時計してるの?」

「彩花先輩、お久しぶりですー!」

「恋? あんたも連帯責任よ? ツーマンセルのお約束を忘れたとは言わせないわよ?」

「ひっ、ひぃ!」


「あと、琴さんに両桐君!? あなた達も以下同文っ!」

「はっ、はい!」

「はいー!」


 うわぁ、相変わらずの鋭いお言葉っ! でも、なんか懐かしいなぁ。


「あと六月さん?」


 わっ、私っ!?


「はっ、はい!」

「優勝おめでとう。これからも皆に夢を与えてちょうだい?」


 ほっ、褒められたぁ。


「あっ、ありがとうございますっ!」

「それでシロ? 十分な答えをしてもらったら即座に出発したいんだけど?」

「あっ、あの……」


 出発? もしかして誰かと約束してたのかな? それにしてもいきなりの登場にはビックリするよ。


 葉山先輩は、その名の通り全国にホテルを展開している葉山グループの娘さん。そして、高等部で鳳瞭ゴシップクラブを作り上げ、私達に指導してくれた先輩でもある。そして作り上げた伝説は数知れず。

 去年卒業したばかりにも関わらず、すでにレジェンド扱いされているという最強の人物。今は葉山グループでビシバシ才能を発揮してて、学生時代と変わらない活躍をしているらしい。


 葉山先輩凄いよねぇ。お父さんの後を継ぐって結構なプレッシャーだと思うんだけど、それにそぐわない活躍してるんだもん。

 それに……この5人のやり取りってまさしく鳳瞭ゴシップクラブのやり取りそのまんまだよね? あの頃も楽しかったなぁ。みんなでワイワイしてて、温泉にもお花見にも行ってさ? 本当、懐かしい。でも……そろそろ現実を見ないといけないんだよね?


 走り幅跳びが嫌いって訳じゃない。むしろずっと続けて来た位好きだし、体を動かす事も大好き。

 でも、私には夢が無いんだ。というより思い付かない。


 オリンピックで優勝? それでもなんかパッとしない。


 でも、その他に興味ある事あるの? 


 そう言われると何も出てこない。


 皆と過ごせる事が楽し過ぎて、それに甘えて……私は自分の事を全然考えてなかった。20歳を超えても夢が無いなんておかしいよね? 恥ずかしいよね?


 そんな私は一体……


「六月ちゃん?」


 うわっ、まずいまずい。先輩達が居る前でこんな顔出来ないよぉ。えっと、葉山先輩どうかしたのかな?


「はっ、はい!?」

「何してるの? 行くわよ?」

「ふぇ?」


 行く? 行くって何処に? あれ? しかも皆ニヤニヤしながらこっち見てるんですけど?


「その反応っ! 可愛いっ!」

「まぁ、プチドッキリ成功かな?」


 成功? ドッキリ? どういう……


「あっ、あの? 一体どういう事……」

「あらあら、決まってるじゃない?」


 決まってる? 


「六月ちゃんの優勝パーティーよ?」


 はっ? 優勝? パーティー?


「まぁ、言い出したのはこの2人だけどね?」

「2人って……」


 そう言った葉山先輩の視線の先には、恋さんと月城さん。しかもあからさまに照れるようにこっちを見てる。


「いやぁ……」

「皆にも協力してもらったしね?」


 きょっ、協力って……


「えっ、ちょっと待って下さい? もしかして琴さん達も知ってたんですか?」

「ごめんね? 内緒でって言われてたから」

「まぁ、その方が驚きも嬉しさも倍だろ?」


 そんな……私なんかの為に?


「六月ちゃんも頑張ってるし、たまには皆でお祝いしようよ」

「ふふっ、そうね? 私もたまには息抜きしたいわ?」

「私もー」


「あら? 何か聞こえたかしら?」

「えっ!? 先輩幻聴ですか? 頑張りすぎですよっ!」

「恋、それって……」

「シロ? 相変わらずデリカシーが無いわね? こういう社交辞令は、素直に受け取る事も必要なのよ? 社会人のマナー」

「えぇー!」


 ふっ、ふふふ。やっぱりこの雰囲気は最高だよ。楽しくて、いつでも明るい気分になっちゃう。それにさ? 目の前でこんなの見せられたら、引き込まれない方が無理だよ?


「いやぁ、葉山先輩は相変わらずっすねぇ」

「ふふふっ」


 私の心の中にいつまでも残ってる、


「海璃さんはもう来てるわよ?」

「えっ、マジですか?」


「誰かさんと違って出来た妹さんね?」

「くっ!」


 大切な人達と、大切な空間。


「あっ、先輩? 桐生院先輩は……」

「采なら、会場の飾り付けしてるわよ?」

「うおっ、さすがだ」 


 滅多に出会える事のない、私にとってのかけがえない宝物。


「あら? 六月さん?」

「行こうぜ?」

「行こう? 六月ちゃん」


「先輩に頼んで、良いお部屋に良い料理お願いしたんだよ? いっぱい楽しんでね? むっちゃん」

「お前がはしゃいでどうするんだよ? まぁ、今日くらい皆でワイワイ楽しんでも良いんじゃないかな? ねっ? 六月ちゃん?」


 だから……



「はいっ! お言葉に甘えて……楽しんじゃいますっ!」



 もうちょっとだけ、こんな生活しても良いよね? 


 みんな?



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