富貴浮雲な皆の歩み

第152話 Side A ~Real feeling~

 



『僕、後黒芸術大学へ行くよ』


 それは……忘れもしない。文化祭が終わった後の部室。


 突然の采の言葉に、私はなんて言っていいのか分からなかった。だからこそ……


『へっ、へぇ。まぁ親の後を追うってのも良いものね』


 いつもの様に答える事しか出来なかった。


 そう、いつもの様に……




 求ム!即効性のあるメンタルトレーニング Side A


  ~ Real feeling ~




 ベッドに横になって天井を眺めると、思い出す采の言葉。


「後黒芸術大学かぁ……」


 そこは采のお父さん、けいさんの母校。今年お花見で見た大学。自分の事でもないのにシロ達に語っちゃって……バカみたい。


「はぁ……」


 正直それを聞いた時は驚いた、動揺した。でも今は……なんだかイライラしてる自分が居る。


 保育園から高等部までずっと近くに居て、笑顔で話聞きながら付いて来てたくせに、何今更強がってんのよ……なんて思ったのは一瞬。

 自分でも分かるんだ? なんでイライラするのか。


 それはすごく簡単な事で、1番単純。

 だって、


 あの采が遠くに行く


 それだけの理由なんだもん。


「あぁ、もう。それ位でなんでこんなにイライラしなきゃいけないのよっ!」


 うつ伏せになって、枕に顔を埋めながら足をバタバタさせてると、目の前の真っ暗闇の中に……性懲りもなくあいつの姿が浮かび上がってくる。


 ―――ははっ、彩花? そんなイライラしてどうしたの?―――


 うっ、うるさい!


 ―――特集の記事が決まらないとかかな?―――


 ぜっ、全然違うしっ! 何分かった様に言ってんのよ、采のくせに!


 はぁ、いつもなら何とも思わず、むしろ優越感しか出てこないのに……今はその笑顔見てるとイライラする!


 ―――そんなにイライラしてると月城君達に笑われちゃうよ?―――


 なっ、なんでシロが出てくんのよ! んー!


「うるさいっ!」


 あぁ! イライラしすぎてあっついし……汗まで出てきたっ。これ完全にお風呂入り直しじゃない。

 ……全部采のせいだ。良ぉく覚えてらっしゃい、明日ズバッと言っちゃうからね?




 いつもと変わらない部室に、いつもと変わらない席に座る采。そう、それはまさにいつもと変わらない姿。


 相変わらずパソコンカタカタいわせて、何か作ってるし……昨日あんな事言った采は本物なの? まぁ良いわ、言うならシロ達が来る前の方が良いに決まってる。


「采?」

「ん? なんだい?」

「その……」


 うっ、いつもならズバッと口から出るのにっ!


「ん?」


 何してんの、葉山彩花? 目の前に居るのは采よ? 只の采よ? いつも通り、いつも通り!


「さっ、采? 大学の学部はもう決めてるの? 私はもちろん経済学部だけど」

「学部? まぁ芸術工芸学部かな?」


 やっぱり、あっち行くってのは本気みたいね。でも、采のくせに生意気っ!


「はぁ? 大学にはそんな学部ないでしょ? 総合工芸学部の間違いでしょ?」

「ん? やだなぁ彩花、それは鳳瞭大学の学部だろ?」

「えっ、あぁそうだったわね?」




「あぁ! 言えなかった!」


 家に帰ると、私は早速ベッドにダイブして枕に顔を埋める。

 なんで言えなかったの? 思いの他采の気持ちが垣間見えたから? それに驚いた? いつもは私の気持ち察する癖に……なんで今日に限ってそうじゃないのよ。あぁ、思い出しただけでイライラする!


 その気持ちに呼応するように、足のバタバタは更に速度と力強さを増していく。

 待って? ……よくよく考えると、直接聞いたら負けな気がする。それを聞いたら、采の術中に嵌められた気がする。だってそれを口にした瞬間、采は絶対こんな顔するはず……いつもの様に笑って、


『気になるの?』


 とかって言うんだ。それはつまり、私の負け? ……嫌よ。負けるなんて絶対に嫌。こうなったら意地でも言わずに、逆に采の口から出してもらうわ。絶対に……言わない。


 一緒に鳳瞭大学行こう?


 ……なんて。




 それからの私はほとんど毎日、それとなく自分の求める言葉を口にする様、采に向かって色々話し掛けては……必死に誘導を図った。




「ねぇ采?」

「ん?」


「今度鳳瞭大学のオープンキャンパスがあるんだけど一緒に行かない?」

「おっ、いいねぇ。彩花がどんな場所で講義受けるのか見てみたいし。少ししか中身分からないんだよなぁ」


 私がどんな場所で? 自分も一緒に行くなんて考え全く持ってない、只の付添いって事じゃないっ!




「ねぇ采?」

「ん?」


「あなた大学行っても家からの通学するの? それとも……」

「何言ってんだよ。後黒芸術大学へ家から通える訳ないだろ? 1人暮らしか寮生活だね?」


 ずいぶんハッキリ否定してくれるじゃない。




「ねぇ采?」

「ん?」


「鳳瞭大学の学食って、学園の比にならない位大きくて美味しくて値段も安いみたいよ?」

「へぇそうなんだ」


「だからいっ……」

「いいなぁ。そんな学食で彩花は毎日食べられるんだろ?」


 いつもだったら、一緒に食べに行く? とか、私の望むような事を口にするのに……




 結局、采の口から鳳瞭大学って言葉は……1度も聞く事が出来なかった。


「あぁー」


 それはここ最近のルーティンの様なもの。家に帰って、部屋に急いで、鞄を投げ捨てベッドにダイブ。

 そしていつものように枕に顔を埋めて足をバタバタ。そのバタバタも、日を追う毎に段々と力が入っているのは……自分でも分かる。そして、その理由も。


 私の言う事には、何だかんだ言って付いて来た。

 私の言う事を、何だかんだ言っても色々やってくれた。


 そんな采が……いつもの采じゃないって苛立ち。それに尽きる。

 なんなのよ、采のやつ。いつもならいち早く私の気持ち察するくせに、遠回しに言ってるの分からないの?


 早く気付きなさいよ。そして、笑いながら言いなさいよ……


 ―――分かったよ、鳳瞭大学に行くよ―――


 って……


「ホントっ、采のくせに……生意気。絶対言わせてやるんだから」




 いつもと変わらない部室に、いつもと変わらない席に座る采。そう、それはまさにいつもと変わらない姿。


 何やってるのかやっぱりイマイチ分からないけど、いつも通りパソコンカタカタいわせる采に向かう……今日の私は一味違う。


「ねぇ采?」

「ん?」


 今日こそ、はっきりさせてやるんだから。


「ゴシップクラブの事なんだけど?」

「あっ、もしかして次期編集長の相談かい?」


「違うわよ」

「あれ? 違うの? じゃあ……」


 この鳳瞭ゴシップクラブは私と采、2人で作ったようなもの。だったらいくら最近鈍感なあんたでも、こう言ったら分かるでしょ?


「大学でも鳳瞭ゴシップクラブを作るってのはどうかしら? とは言ってもサークルとしてだけど?」

「大学にもかい?」


「まぁ、シロ達に任せるのはまだまだ不安も残るから、大学から学園までを含めて鳳瞭ゴシップクラブとして位置付けて、活動自体は一緒にやるのはどう? 今まで学園のみだった活動範囲が、大学まで広まるわよ?」

「……」


 黙った? ……これはチャンスかも。采が黙るって事はおそらく迷ってるはずだし、しかもあの顔……いつも浮かべてる笑顔が無くなってるわ。畳みかけるなら今っ!


「勿論編集長は私。シロか恋には高等部の総括になってもらおうかしら? いわゆる支部長みたいな位置付けね。そしてもちろん副編集長は采? あなたにお願いするわ」

「彩……」

「もちろん、付いて来てくれるわよね? 私と一緒に?」


 言っちゃった……でっ、でも面と向かって一緒に行こうって言ってる訳じゃないし? そう、クラブ作るから付いて来るわよね? って質問。そう質問。


 ……でもまぁ、こんだけ言ったら采も分かるはずよね? さぁ、いつもの様に苦笑いしながら……私の意見に同調しなさい? 


 そんな私の自信を裏切るように、采の顔にいつもの表情は浮かんで来ない。その様子に……少しだけ不安になって来る。

 何してるの? ねぇ、いつものように笑ってよ? それで、嫌々ながらも私の言う事聞いてよ?

 ねぇ……ねぇ……


「彩花?」


 そんな私の要求は……あっけなく砕け散る。だってね? 目の前の采の表情は変わる事も無くて、それ以上に今まで見た事の無い真剣な眼差しが私に……突き刺さったんだもの。


 なっ、何なのよ……その顔……

 なっ、何なのよ……その見た事の無い眼差し……


「あのさ?」


 それが耳に入った途端、体が……心が……一気に締め付けられる。そして瞬間的に何となく分かる。采が次に言おうとしてる言葉は間違いなく……私が1番聞きたくない言葉。


「僕は……」


 ……嫌。嫌。


「鳳瞭へは行けないよ」


 行けない?

 そんな……気はしていた。


 本気で言ってるの?

 それでも、どこかでいつもの采を探してた。


 1度だって、私のお願い断った事なんてなかったのに……

 そんな采を、信じれない自分が居た。


 でも……


 目の前の桐生院采は、初めて私が差し出した手を掴まなかった。

 冗談だったらどんなに楽だろう。でもあんな采の表情。その表情の奥に見える眼差しを……私は見た事ない。だからこそ、ハッキリと感じる。


 采は……本気なんだって。


 本気? なんで今そんな本気を出す訳? 当たり前に一緒に大学行くと思ってた私がバカみたいじゃない。


 いつも付いて来てたくせに……

 私には逆らえなかったくせに……

 あぁ、イライラしてるはずなのに、なんでこんなにも胸が苦しいの?



 今まで言う事聞いてたのに、いきなり拒否? 

 早くいつも通りみたいに苦笑い見せなさいよ?

 ねぇ、早く見せてよ?

 あぁ、もうこんなにも腹が立つのに……なんで?


「なんで……」



 なんで涙が……止まらないの?



 胸が締め付けられて……苦しい。

 顔が焼ける様に……熱い。

 涙を消し去ろうと、必死に手で擦っても……目から溢れだす涙を止める事なんて到底不可能だった。



 あぁ、泣いてる。私泣いてる。泣くのなんて何年ぶりかな? 

 ……そっかあの日、小学校のあの日以来かも。そいえばあの後、采ったら家に来たんだよね? それでさ? 今と変わらない風な笑顔見せてさ?


『なんだ元気じゃないか。ズル休みなんて卑怯だよ? 僕も誘ってよ。でも、そんな悪い事しない様に明日は僕が迎えに来るね?』


 って言ったんだ。その変わらない態度に、言葉に……優しさにさ? どうしようもなく嬉しくて……采が帰った後また泣いちゃったんだよ。多分あれが最後。

 だってさ? それから私は……今の葉山彩花になったんだもの。言いたい事を言って、やりたい事をやる。冷酷冷徹、傍若無人? 格好良い、クール? 

 そんな周りの声なんて……気にしない。強くて、何事も動揺しない姿を……作り続けて見せ続けた。

 でもなぜ? 何でそこまで? そんなの決まってる。自分でも分かってたんだ。でもそれを認めるのが恥ずかしくて、自分自身の心の中に隠してた。ずっとずーっと。そうだよ? 私が今の私になったのは……


 采に心配かけたくないから。


 あの日、采が来てくれた事は嬉しかった。その時……私の中で采は特別で大切な存在になってたんだ。だからこそ、こう思った。


 もう、采に心配かけたくない


 って。

 また泣いたりしたら、采ったら心配するに決まってる。そんな気持ちにさせるのが嫌で、怖くて……だからそんな弱さ見せない様に……強くなろうって思った。


 そうなんだよ……だからさ? 本当は自分でも気付いてたんだ。

 私のわがままに嫌々采が付いて来てるんじゃない。



 私自身が何より采を必要として、無理矢理手を引っ張って……采の優しさに甘えていただけなんだって。



「わっ、私は……」


 止まらない涙に、苦しい胸。そしてその乱れた呼吸のせいで言葉が……上手く出てこない。


 大切な人を不安にさせない様に強くなろう思った。強くなった気になってた。

 でもさ、本当はその為に……その大切な人に甘えてきたんだ。だから私は、本当は強くなってなんかない。あの頃のままなんだよ? だから……だから……本当は面と向かって言いたい。


 私は采が隣に居ないとダメなんだって。


 そんな思いで、胸が一杯なのに……唇は言う事を聞いてはくれない。自分の本音をぶつけるなら今しかないのに……そうやって焦れば焦るほど、ますます喉の奥が突っかかる。


 嫌、嫌だ……

 涙で采の姿は見えない。言葉に出そうとしても声が出ない。こんな最悪な状況に……不安しか感じられなかった時……その優しい声が、私を救ってくれる。


「彩花……」


 その1つの感触が、私の心を落ち着かせた。


 頭上に感じる少し温かくて、柔らかい感触。そしてそれがスーっと何度も何度も……私の髪に触れる。


 えっ……?

 まるで優しく私を撫でてくれてる様な……そんな感覚に包まれた瞬間、さっきまで抑える事の出来なかった涙がピタッと止まった。


 先まで張り裂けそうだった胸の痛みは、今はもう感じない。だからこそ、この状況がどんなものなのか、想像する事は……簡単だった。


 この感覚……頭撫でられてる? そっ、そんな事采にされた事ない。待って? じゃあ目の前には?

 そんな事を考えながら、嫌というほど目をこすってた手を……ゆっくりと離していくと、ぼやけた視界の先に居たのは……


「泣かないで?」


 いつもの優しい笑顔を浮かべる、采だった。

 その表情を見た瞬間、私は……私は……安心しきって、嬉しくて……それで……


「私……采が居ないとダメなの」


 心の中に隠してた本音が……溢れちゃった。


「采っ! 私は……私は、采が居ないとダメ」

「彩花……そんな事ないよ?」


 そんな事あるんだよ……


「私は弱いの……」

「彩花は強いよ? いっつもあんなに格好良いじゃないか?」


 格好良い? それはそうだよ……だって自分を自分自身を偽ってたんだもの。


「あんなの……本当の私じゃないの。私は……本当は弱くて、泣き虫で、人の視線や言葉が気になって仕方ない……臆病者なんだよ……」

「……」


 そうだよ。私は弱い、でも采に心配かけたくない。だから、自分で自分を偽った。


 他人の視線や言動なんて気にしない。

 それを感じる度に、耳に入る度に不安になる。


 自分の言いたい事をハッキリ言う。

 唇は常に震えてて、誤魔化しながらなんとか言ってた。


 有名な葉山グループのご令嬢だからって学級委員長とかやってさ? 皆の上に立ってるつもりだった。

 ご令嬢……それが無かったら私は只の女の子。そんなプレッシャーと不安で押し潰されそうだった。


 さすが葉山さん。葉山先輩。そんな言葉は当たり前で、当然でしょ? って自信に溢れてた。

 それが本心なのか、社交辞令なのか……常に疑心暗鬼で、人を本気で信じる事なんて出来なかった。


 毎日が不安で、自信が持てなくて……でもね? それでも私が強い自分を演じる事が出来たのはさ?


 采? あなたがいつでもそばに居てくれたから。


 あなたが隣に居てくれたから、周りの言葉なんて気にせず居られた。

 あなたが後ろで支えてくれたから、自分の言いたい事をなんでも口に出来た。

 あなたが付いて来てくれるから、私は胸張って皆の前を堂々と歩けた。


 だから……だから……


「行かないで……」


 よく、ドラマとかでもあるじゃない? 言いたいのに言えなくて後悔する。見てる時は、早く言えば良いのにって馬鹿にしてたけど……実際そんな状況になったら、本当に思う様に口は動かないし、声も出ない。そう、大切な人を目の前にしたら余計にね?


 でも、それを乗り越えて自分の本音を吐き出す事……それは本当に気持ちが良くてスッと心が軽くなる。


「彩花……ごめん。それでも僕は、後黒芸術大学へ行くよ」


 やっぱり、そうだよね。そんな事は、采が最初に私に言った時から気付いてた。でも、それを私は認めたくなかった。


「そりゃさ? 本当は彩花と一緒に居たいよ?」


 一緒に……居たい? 


「だったら……」

「でもさ? それじゃダメなんだって気付いた」


 ダメって……どう言う事? 今までの私のワガママの……せい?


「ダメ……?」

「うん。別に彩花が悪いんじゃないんだ。強いて言うなら、僕の……僕自身のケジメの為」


 ケジメ? 


「僕はさ? ずっと彩花に手を引かれて歩いて来た」


 違う。私が無理矢理引っ張って、連れ回しただけ……


「違う……」

「ははっ、違うくないよ? だって僕はこんな感じだし。多分さ? 彩花が居なかったら皆に合わせて、それなりに勉強して、それなりの学校生活送って、それなりに卒業して、それなりに就職して、それなりに働いて、それなりの人生しか歩めなかったと思う」



「でも、彩花は……そんな僕の手を引いて、色々な世界を見せてくれた。そりゃ突拍子もない事言い出して驚いた時もあったけどさ? でもそんな彩花の行動や考えや雰囲気は……僕の心を常に突き動かしたんだ」


 嘘……私は、采に甘えてただけなんだよ? 


「違うよ……私は采の優しさに甘えてただけ……」

「甘えてた? でも僕は甘えさせてる気持ちなんてなかったよ? だってさ? 僕は……彩花の強さに甘えてたんだから」


 わっ、私に……?


「嘘……だってあれは本当の私じゃ……」

「まぁ最初はさ? あの頃みたいに皆の中心で常に笑ってる彩花に戻って欲しいって思ってた。でもさ? 今の彩花も……正真正銘葉山彩花なんだよ? 言いたい事、間違ってる事はハッキリ言う。言葉は冷たくても、いつでも冷静沈着で自信に満ち溢れてる。自分にも他人ににも厳しいけど、なんだかんだで周りの事良く見てて、ぶっきら棒だけど心配してくれる。そんな彩花に……僕は甘えてた」


「采……」

「だからこそ、僕は……変わらないといけないと思ったんだ」


 変わる? どうして? 


「変わる……?」

「今のままじゃ、彩花と対等になれないからね?」


 対等じゃない? 何言ってるの? 今の采は対等どころか……私なんかより遥かに大きい存在なんだよ?


「そんな事ない……」

「ははっ。そう言ってもらえると嬉しいけどさ、自分が納得出来ないんだよね。甘えてばっかりじゃ……大切な人守れないだろ?」


 たっ、大切な……人? それって……


「大切……?」

「これも自分の勝手なワガママ。自分自身で考えて、自分自身で行動して、自分自身で道を拓く。それでやっと一人前になれるんだよ? そしてその時初めて、僕は彩花と釣り合う男になれるんだ」


 待ってよ……さっきから何言ってるの? それじゃまるで……


「だからさ? 僕に少しだけ時間をくれないか? もちろん、彩花が本当に大切だって思える人に出会えたなら、それはそれで僕は嬉しい。でもさ、これも僕のワガママなんだけどさ? 出来れば……」



「彩花の事迎えに行くの……待っててくれないか?」



 待ってて……? 

 それは采が私に初めてした、お願い。そう口にした采の表情は……いつもの様に笑顔だったけど、その目の奥には……強い何かを感じる。

 それに、采がこんな時に嘘なんて言うはずがないのは、私が1番良く知ってる。だから……


「さっ、采? それって……」

「全部言わないでよ、まだ恥ずかしいんだから。それに……彩花だったら今ので分かるだろ?」


 信じられない。けど……采は私と同じ気持ちなんだ。


「どう……かな?」


 信じられない……でも、采の事は昔から信じれた。

 その采が信じてって言ってるんだよ? だったらさ?


「采だって……今の私見たら返事位分かるでしょ?」


 私は……信じるよ。

 そう思った瞬間、体が……一気に軽くなって、胸が晴れる様な感覚に包まれる。


 こんな感覚久しぶり……どの位振りなんだろう? それすら覚えていないって……相当だよね?

 でもこの感覚も、自分の本心さらけ出さなきゃ……采に自分の想いを伝えなきゃ……感じる事は出来なかったんだよね? 


 それだけでも嬉しい。でもさ? もっと嬉しい事も分かった。


 采は……私の事嫌になって別の大学に行く訳じゃないんだ。一人前になって、私を……


 そんな采の言葉を思い出してると……なぜか物凄く恥ずかしくなって、顔が熱くなる。


 って! 今更思い出すと……滅茶苦茶恥ずかしいじゃない! ……待って? だったら私も相当目を瞑りたくなる様な事……言ってたじゃない!?


「うん。 ……彩花?」


 あっ、そうだ。全部采のせいじゃない。


 私の本音聞き出して、

 自分の気持ちも絶え間なく話しちゃって、

 こんな恥ずかしい思いさせて……


 そうだ、全部采のせいっ!


「本当、采ってば鈍感。こういう時は……」


 だから……


「優しく……抱き締める……ものでしょ?」


 責任……取ってよね?


「……うん。ごめんね」

「バカ……」




 あれから数日……私達の関係は、元通りというかいつも通り? になっていた。普通に話をして、普通に部活して、普通に……一緒に帰る。


 でも、それは外面だけ。だって、前とは違う……采の本心を知ってるから、私の態度は前のそれとは全然違う。それに采が気付いているかは分からないけど……いえ? 勿論知ってるわよね? 采? 


「お疲れ様です!」


 それはいつもと変わらない時間。いつもと変わらない部室。

 そしていつも通り私は、いつもの椅子に座りながら、皆が来るのを待っていた。そんな中、今日1番乗りで部室に来たのは……


「お疲れ様。恋」


 可愛い後輩の日城恋。いつも明るいけど、気のせいかしら? 最近は特に笑ってるし、テンション高い感じがするのよね。


「あっ、あの……先輩?」

「なにかしら?」

「実は……先輩にお話したい事がありますっ!」


 話したい事? まぁ、そのニヤニヤした顔見る限り、悪い事じゃなさそうね?


「どうぞ?」

「えっと、あの……私、ツッキーとお付き合いしてますっ!」


 ……シロと? まぁ、何となくそんな気はしてた。だってあなた達妙に仲良いもん。最初は馴染んでもらう為にペアで行動してもらったけど……正直、第一印象は微妙に見えてね? ダメかなって思ってた。それなのに取材終わってから雰囲気ガラッと変わったの覚えてる。

 でも……なかなかお似合いじゃない。ここは先輩として、きちんと祝福しなきゃね?


「そう、おめでとう。なかなかお似合いよ」

「えっ……先輩驚かないんですか?」


「なぜ?」

「だって……えっ! もしかして気付いてたんですか?」


 ……そゆ事にしときましょ。


「当たり前じゃない。あんた達の様子見てたらバレバレ」

「はっ! さすが……さすが先輩。感服しました!」


 ふふっ、相変わらず反応が可愛いわね。


「まぁでも、シロには驚いた演技でもしましょう。そっちの方が面白いでしょうし」

「ツッキーに? 確かに……気になりますっ! ふふっ」


「でしょう? それで? どういう経緯でそうなったのかしら?」

「えっ!」


「何? 聞いちゃダメなの?」

「恥ずかしいです……」


 そう言われると余計に聞きたくなっちゃうじゃない?


「いいじゃない。誰にも言わないから」

「えっと……じゃあ良いですよ。でも結構長くなっちゃいますよ?」


「構わないわ」

「それじゃあ……まず、私とツッキーって小さい時から顔見知りだったんですよ」


 はいはい、小さい時から……って、ん? 小さい時から!? 待って、あなた達初めて部室で顔合わせた時、そんな感じじゃなかったはずよ?


「へっ、へぇ」

「あとですね? 私と凜って実は双子の姉妹でして……」


 はっ、はぁ? 親戚じゃないの? それなら顔似てるのも不思議じゃないなぁって、納得してたんだけど。本当にふっ、双子? 

 ……落ち着いて、落ち着きなさい彩花? そりゃ顔ソックリだから双子っていうのも分かる。でも、名字が違うのはなんで? なんでなの?


「双子? そっ、そりゃいくら親戚でもあんなに顔が似てるなんて、少しおかしいとは思ってた」

「はぁ……さすが先輩だなぁ」


 いい気なもんね。こっちは頭の中で整理するので精一杯よ?


「それとですね……」


 まっ、待ちなさい? まだ何かあるって言うの?

 …………ふっ、ふふふ。おかしいわ。全部知ってるつもりなのに、私ったら全然恋の事も、シロの事も分かってないじゃない。


 と言うことは、私もまだまだって事ね?

 やるなら徹底的に! それをモットーに、口酸っぱく恋達にも言ってきたのにね?


 はぁ、まだまだ足りない。こんなんじゃ、安心して采が甘えられないじゃない。

 まぁ、見てなさい? 私、葉山彩花は……



 もっと、もっと冷徹冷酷、傍若無人で、

 もっと、もっと冷静沈着、クールで、



 あなたが甘えたくなるような……



 強い人になってみせるから。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る