第151話 求ム!即効性のあるメンタルトレーニング

 



「ほらほら、ツッキー早く!」


 そう言って、手招きしながら俺を急かす恋。そんな見慣れた姿を前に俺は、


「分かったって。それにしても冬にスカートなんて寒くないのかよ?」


 なんて、いつも通りに返事をする。

 ん? なんか冷めてるって? まぁまぁ大丈夫。


「寒くないんだなぁ。ほら私、新陳代謝良いからっ!」

「新陳代謝と言うより単に脂肪が……」


「ん? ツッキー? なんか言ったかな?」

「おっ、おい! 足上げて蹴り落とそうとすんなっ!」


「聞こえなぁい」

「わっ分かった。滅茶苦茶スレンダー! 俺の見間違いで、恋は新陳代謝が良い」

「だよねだよね?」


 ねっ? いっつもこんな感じ。恋が色々話して、俺が答える……ボケとツッコミみたいな関係。

 でも考えてみたら、そんな関係は出会った時から変わらない。もちろん、あの日……俺達がお互いの気持ち伝え合った後もね?


 ぶっちゃけさ、あの日以来俺と恋は付き合い始めたんだけど、その関係性が大きく変化する事はなかったんだ。恋はいつも通り明るいし、俺はそんな恋に……引っ張り回される。

 しかもさ? なんとなく付き合ってる事内緒にしとくのもあれじゃん? ホント仲良い人には教えたのよ。けどまぁ……酷い反応だった。


 栄人は、


『はっ? お前らとっくの昔から付き合ってんじゃないの?』


 佐藤さんは、


『えっ……1年生の時から付き合ってたと思ってた……』


 桐生院先輩は、


『やっとお互いが素直になれたんだね? 本当おめでとう』


 早瀬さんは、


『ふふっ、やっと結ばれて……本当に嬉しいな』


 沼北コンビに至っては、


『いやいや、あんなラブラブな雰囲気出しといて……遅くね?』

『なんかダラダラと関係が続くパターンだと思ってたんだけど、意外と早かったね?』


 なんて、もはや皆祝福って言うより、やっとかよ? みたいな反応だったんですよね? そんなに分かりやすかった? そんな姿とか雰囲気、出してた覚えはないんですけど?


 あっ、でもさ? 意外だったのがヨーマ。そりゃ一応部長だし? 皆から聞いたってなったら何されるか分かったもんじゃなかったしさ。とりあえず1番最初に話したよね? それで、あっさりとしたした感じなのかな? なんて思ってたら、


『本当?』


 って、驚いた顔見せてさ? その後、


『おめでとう。2人はお似合いよ?』


 って……笑ったんだ。あのヨーマがだぞ? 冷徹冷酷極まりないヨーマがだぞ? あの瞬間だけ笑ったんだ。俺も恋も驚いて顔見合せたもんね? でも、それも一瞬。その後はものの見事にいつものヨーマ。


『さて、シロ? 恋を泣かせたら、ただじゃおかないわよ? よぉく覚えておきなさい?』


 ……怖いよね?

 そんな感じ。良くも悪くも、比較的簡単にそんな関係のまま学園生活に溶け込む事は出来た。


 まぁ、強いて変わった点を挙げるとしたら、


「ったく、俺だから良いものの、他の人にそんな行動するなよ?」

「えぇ? 冗談でもダメ?」


「ダメに決まってんだろ? ……パンツ丸見えだぞ?」

「はっ! ……にししっ、ねぇツッキー?」


「なんだ?」

「今日のパンツはピンクだよ?」


「色まで告知すんじゃないよっ! 何だあれか? まさかあの鳳瞭学園の入学式の時に穿いて、俺にガン見されたパンツ……とかって言うんじゃないだろな?」

「すごぉい、良く分かったねツッキー」


「はっ、はぁ? ……マジで?」

「ぷっ、ははっ。冗談に決まってるじゃん。パンツって意外とすぐにダメになっちゃうんだよ?」


「だろうと思ったよっ!」

「でもさ? 半分は正解かな?」


「ん?」

「だってあの時穿いてたパンツ、デザイン超好きなんだ。だから買い溜めしちゃってたんだよー。つまり……今日のはさ? 色とデザインはあの時と同じだよ?」

「なっ、何言ってんだよっ! そこまで詳細は聞いてないってのっ!」


 ちょっとした下ネタとか……普通に話せるようになった事と……


「にししっ、でもツッキーだから言えるんだよ? 全部言えるんだよ?」

「まぁたそんな恥ずかしい事、ポンポン言いやがって……」


「本心なんだもん。恥ずかしくないよ? はいっ、ツッキー?」

「ん?」


「手繋いで行こっ?」

「あっ、あぁ」


 こうして、いつでもどこでも……手を繋げる様になったって事かな?




「はぁー! やっぱり今日も良い夜景だぁ!」

「だな?」


 少し肌寒い冬空の下。この秘密の場所から何度も見た夜景は、今日も変わらず綺麗で、そんな雰囲気を更に盛り上げる様に……


「冷たっ……おっ、恋っ!」

「なにな……あぁ!」


「雪だぞ?」

「雪だっ!」


 ゆっくりと、静かに……今年初めての雪が俺達を包み込む。


「はぁ……ホワイトクリスマスだねぇ」

「そうだなぁ」


 この流れ、


「そう言えばさ、あの時以来じゃない? ホワイトクリスマスって?」


 この秘密の場所で、


「あっ、あぁ。えっと……あのクリスマスに恋とデートして、初めてここに……来た時だろ?」


 この雪が降り出したタイミング、


「そう……あれ以来だよ?」


 ここしか……ないっ!


「あっ、恋。ちょっとごめん」


 俺はそう言うと、握っていた手をさっと放して、すかさずショルダーバックのチャックを開ける。

 そしてその中にあった、立方体の箱を右手に掴むと……ゆっくりと恋の方へ視線を戻す。


 もちろん恋は、いきなり手を離されて、どうしたの? 

 そんな事言いたそうな顔してたけど、問題はそこじゃない。むしろここから。


 場所は完璧、シチュエーションも完璧。


 後は……後は……想いを伝えるだけ。


「なぁ恋?」

「どっ、どしたの?」


「あのさ? 俺、今まで恋と一緒に居れて楽しかった。滅茶苦茶明るい、恋の笑顔にはたくさん助けられた」

「えっ? どしたの急に……」


「それに、就職の事もさ? 俺に付いてくって言ってくれた時……安心した。泣きたい位嬉しかった。そして改めて感じた……恋は俺にとってかけがえのない大切な人なんだって」

「ツッキー……」

「だから……」


 だから、これを受け取って欲しい。

 俺は右手に握りしめてた箱を、両手で優しく覆って恋の前に持って行くと……そのリングケースをゆっくりと開ける。そして、自分の想いを……伝えた。



「俺と……結婚して下さい」



 その指輪を目の前に、恋の表情は固まったまま。でもさ、次第に……その目は輝く物が見えてきて、


「ツッ、ツッキー……この指輪」


 やっと出た言葉は、少しかすれてた。


「うん。この前、買い物行った時見てた……サンリング」

「あっ、あぁ……」


「あっ、でもこれは俺気に入ったから買っただけなんだ! マリッジリングとエンゲージリングなら……」

「こっ、これが良いっ! てかこれが良いっ!」


 突然の大声にちょっと驚いたけど、そんな気持ちもどっかに行ってしまう。だってさ? 恋の奴……


「嬉しい……」


 いつも以上に……可愛い笑顔で笑ってたんだ。


「えっと……と言う事は、恋?」

「ふぇ!?」


「いやその……」

「……あっ! ごめんツッキー! 雰囲気ぶち壊しちゃった」


 そんな謝る顔も……可愛いからなんも言えないよ。それにさ? 言う方もあれだけど、言われる方はもっと驚くだろうし、だからさ?


「全然大丈夫。それで……」

「ふふふっ、分かってるくせに。月城蓮さん。どうか私をお嫁さんに貰って下さい。毎日美味しい味噌汁作ります。だから、ずっとそばに居させてください」


 そう言って、軽くお辞儀する恋の姿を見ると、嬉しさと……安心感が一瞬で体を巡る。


 よっ、よかったぁ……ってあれ? なんかそれだと俺がプロポーズ受けたみたいになってんじゃんっ! でもまぁいっか? だって、


「これから宜しくな?」

「うん。ツッキー」


 俺は今、いや? 今からも……滅茶苦茶幸せになります。




「ところでこのサンリング、結構値が張ってなかった?」

「まぁ、バイトで貯めてるからねぇ」


「さすが、短距離界のエース片桐栄人の専属トレーナーは違うねぇ」

「専属じゃないだろ? あいつがお世話になってる所でトレーナーのバイトしてただけだって」


「謙遜しちゃってぇ」

「あっ、でも指輪の事は遠慮するな? 一緒に買いに行こう?」


「えっ? それこそ高くつくよぉ?」

「それ位計算して貯めてる。それに、恋には気に入ったもの付けてもらいたい」


「ツッキー……」

「あっ、ちなみにさ俺の事ツッキーって呼んでるけど、今度は恋も月城だぞ?」


「月城……はっ! そうだった!」

「だから名前で……」


「どっちも……月城になっちゃうね? ふふっ」

「おいー、話し聞いてる?」


「ちょっと面白いよね? 夫婦揃って同じ名前。むしろそんな人達居るのかな?」

「人の話を……」

「でもさ、やっぱり……運命なんだよね? ツッキー?」



「……そうだなぁ。大好きだぞ恋」

「はっ! そういう不意打ちズルいよっ! わっ、私の方が……」




「大好きだもん」




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 えっ? なんでそこまで必死かって? 話せば長くなるよ? ゾッとするよ? でもその内ポジティブになるよ? むしろそれ通り越して嫉妬しちゃうよ? いいの? いいの? 分かりました。そこまで言うなら……えっ? 長い? じゃあ………………簡潔にいきましょう。


 自信満々で告白した結果、見事幼馴染に振られ、挙句の果てになぜか学校で噂に。その結果、極度の女性恐怖症を発症。

 逃げる様に地元から離れ、新天地の高校で平和な生活を夢見た矢先、なんとクラスメイトが俺にトラウマを植え付けた幼馴染に瓜二つで……そりゃもう大変でした。


 けど、紆余曲折なんだかんだ色々ありまして、今は俺のかけがえのない大切な人……になったものの、そのおかげで嬉し過ぎて幸せ過ぎて、気持ちを抑えられない! こういう事です。


 だから皆さん……俺を助けてください! 



 求ム!即効性のあるメンタルトレーニング!



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