おまけ 風邪④
.....。
俺はもぞりと布団から這い出る。
彼女が消えた扉へ手をかけた。
まだ、頭は重いが寒気はしない。
大分、治った。
そう言い聞かせて俺は廊下を歩く。
廊下の突き当りを右に曲がると屋敷の調理場がある。
俺は入口の暖簾を上げて中を覗いた。
「ふん、ふん♪」
そこには菜箸片手に鼻歌を歌う愛莉の姿があった。
俺が背後から覗いていることに気づいていない。
愛莉はコンロの火を弱めると『んン~』と伸びをした。
そのせいで、後ろでまとめられた髪がゆさゆさと左右に振れる。
俺の家で料理する気満々だったと言わんばかりに、自前の『ゆるふわクマ』のエプロンが今日も映えていた。
上の小棚から小皿を取り出す。
味見をするみたいだ。
「あちっ」
小さな声が漏れた。
舌を屋やけどしたみたいだ。後ろ姿で分からないのが残念だな。そう思った。熱でぽわぽわした頭。それでも、彼女が厨房に立つ絵ずらはずっと見ていられると思った。俺が普通の家の、普通の息子だったら、こうして好きな人を家に呼んで、料理を作ってもらえていたのだろうか。
愛莉の家ではよく料理をするが、それとこれとは、立場的にも雰囲気的にも違う感情が生まれる。自分の家で料理を作られるっていうのは、こんなにも歯がゆいものなんだな。こうしている間も愛莉はてきぱきと調理を進める。
俺は邪魔しないでおこうと、そっと暖簾を下げ、元来た道をゆっくりと引き返していった。
■■■■■
「…。…くん。こーくん?」
再び目を覚ますと俺の顔を覗き込むように愛莉が覆いかぶさっていた。
「あ。ごめん。寝てるの起こすと悪いなぁと思ったんだけど…。冷めるとなぁって思って…。ごめん。もっと、温めやすいもの作れば良かったね。ごめんね。」
何故か、今日はいつになく謝ってくる。
「や。全然平気。むしろ、愛莉の料理、美味い間に食いたかったから。」
俺は部屋の真ん中にある机の上に乗った土鍋に目を走らせた。
「じゃーん。愛莉特製、卵とじうどんだよ?」
にゃはと照れくさそうに笑った。
俺は床に腰を下ろし、愛莉と向い合せで小さな机を囲む。
「美味しい?」
エプロン姿のまま、上目遣いで見つめてくる。
「そんなジロジロ見られると食べにくい」
「へへ。美味しい?」
首を傾げ、髪を揺らす。
「ああ。美味い」
愛莉の作ってくれた卵とじうどんはほんのり鰹だしが効いていて、卵がふわふわとうどんを包んでいた。
「これ食べたら一寝入りすると良いよ。まだ熱っぽいから」
黙々と咀嚼する俺に愛莉が少し心配そうに眉を垂らす。
「そうか?もう割と元気になったけど?」
「む。こーくん、人の心配は良くするのに、自分には甘すぎ!」
「いや、結構楽になった気がするけどなぁ」
「だめ。油断は良くないよ」
「まだベッドで大人しくしている事。いい?」
何故か怒られた。
「分かった。じゃ、寝てる」
「よろしい」
愛莉はふふんと頷いて見せた。
■■■■■
「こーくん」
ベッドで横になってる俺の隣、床に座り体だけをベッドに少しもたれさせ、愛莉が枕元で話をしてくる。
「こんな時にするような話じゃ、ない、けど...」
そう前置きを作って彼女は、はにかんだ。
「何があっても、ずっと一緒に居ようね。私、こーくんの事、好きだよ。愛人でもなんでもいいから、私はこーくんのそばに居たい」
「そんなの言わなくても分かってるいし、当然の事だし...」
「ううん。当然なんじゃ、ないよ。こうやってこーくんのそばに居れるのは特別な事なんだよ。好きって言えるのは凄い幸せなんだもん」
「なんか、今日の愛莉は哲学者っぽいですな...」
「へへへ」
「こーくん」
「なに?」
「大好きだよ」
俺はひっそり超有名女優と付き合っている。幼馴染みにさえ言ってない。ただ、今にもその事がバレそうで怖い。バレずに人を愛するのは難しい。 ちなみに俺は極道界トップ伊世早組の組長の息子してます。 月島日向 @038408891160
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