第21話 反跳攻撃

公暦1245年 9月5日。


ラーストフの首都、トゥアールは大混乱に陥っていた。


「何事だ一体!?」


外からの爆発音でベッドから飛び起きたのはこの国、ラーストフ共和国の現政権を握っている指導者、であった。


今から約30年前、当時まだジャダス王国という国だった頃キヴ山脈の採掘事業で莫大な資産を持っていたナフアー家が率いる反乱軍がソ連の支援の下に国王による統治体制を崩壊させた。


そしてラーストフ共和国が新たに生まれたのだが問題はその後だった。


ナフアー家政権下のラーストフが始めた事はまず地方の少数民族、特に豊富な地下資源に富んだキヴ山脈を住処とするナハエ族に対して蛮族の征伐と称して侵攻した。


ナハエ族の半数以上を虐殺しキヴ山脈を手に入れたナフアー家は生き残りも辺境の大地へ追いやり鉱山労働などの強制労働を課した。


国内でそれに対する反対の声が上がり始めると今度は国民にまで牙をむいた。


ラーストフ国家保安部、通称カウストーゼ鷹の目などという諜報機関が設立され選挙制度の撤廃や国家保安部と警察と憲兵両方の役目を果たす国家治安維持軍との連携を密にするなどより不可逆的な監視社会を形成した。


当然反発は起きた。


その度にカウストーゼが情報を提供し、国家治安維持軍が反乱分子の駆逐を行って来た。


だが、そんな体制が長続きすることは無く今日をもってナフアー家は今までのツケを支払う事となる。





「首都が…トゥアールが…燃えておる…!!」


邸宅の3階のバルコニーに出ると、べジェトロの眼前に広がっていたのは地獄絵図だった。


トゥアールのあちこちから火の手が上がり、爆発音と絶えること無き銃声が響いていた。


何故こんなことに、とバルコニーから後ずさりながら呟いていると邸宅の1階から男達の怒号と共に銃声が聞こえてきた。


その音は1階から2階へと段々近付いてきている。


銃声に驚いたべジェトロは寝室から逃げ出そうとし、それは丁度扉を開いて入ってきた者達に阻まれる。


目の前にいたのはべジェトロの見知った顔だった。


「お、おお!ガルクか!!丁度いい、私を首都の外まで護衛し――がふっ!!」


歓喜の表情で歩み寄ってきた彼の顔面を両手に持った短機関銃、PPSh-41の銃床で殴り飛ばした男の名はガルク・バストローヘン。


あの疾風などという大層な名前を付けられた貧弱なプロパガンダ部隊とは違って正真正銘、ラーストフ陸軍第1親衛自動車化狙撃旅団隷下第103自動車化狙撃中隊の中隊長である。


彼の中隊は嘗てのナハエ族征伐の際に突破不可能と言われたキヴ山脈の天然要塞、キキル高地に大打撃を与え突破したことで有名だった。


因みに突破した方法は牽引する為の自動車が道が険しすぎて動かなくなり高地に辿り着けなくなった砲兵隊の本来なら大型トラックで運ぶ122mm榴弾砲数十門を人力で引っ張りそれを用いて砲撃で大地を耕しながら突撃するというかの脳筋聖女と謡われたジャンヌダルクも真っ青な脳筋戦術だった。









「き、きさま何のつもりだ!!自分が今何をしているのか分かってい――」


「分かっている。分かっている上で、お前を殺す」


「な…!?貴様正気か!?」


地に這い蹲り鼻血を垂れ流しながら喚くべジェトロの姿を見下しながらガルクは続ける。


「これからの世にお前達は不要だ。残念だがナフアー家の血筋は今ここで全て途絶える」


そう淡々と告げてPPShー41の銃口をべジェトロに向ける。


銃口からは微かに硝煙の臭いがした。


「ま、まて!まさかベルも、サエゴも、ノーラも殺したというのか…!?」


べジェトロは自分の幼い2人の息子と妻の名前を捲し立てる。


「ああ、ベッドごと蜂の巣にしてやった」


「………ノーラは身籠っていた!腹の中の子供は!?」







「安心しろ、


絶望に目を見開くべジェトロに怒りも嘲笑いもせず、静かにトリガーに指を掛ける。


「皆…殺されたのか…」


「残されたのは呑気に惰眠を貪っていたお前だけだ」


項垂れるべジェトロの頭に照準を定め、最後に言い放つ。


「恨むなよ。人の家族を奪ったのはお前も同じだろう?」







邸宅の中に、短機関銃の銃声が響き渡った。


ガルクは幼少期、国家保安部に両親と姉が反乱分子として逮捕され、銃殺刑に処されていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇







一方ワス・カ・エジュ峡谷は静けさに包まれていた。


いつまで経っても敵が来る気配は無く、夜襲も疑ったが朝日は既に昇り始めている。


生存者達は皆混乱しつつも取り敢えずの生還に安堵した。


まだ罠だという可能性も捨てきれないので偵察に何人か向かわせたがもうそろそろ敵の司令部が見える位置に辿り着くだろうという時、偵察隊が無線をつなげてきた。


「どうだ?敵の様子は」


ローリヤが偵察隊の報告に耳を傾ける。


《いねえ!誰もだ!!司令部はもぬけの殻だ!!》


「退いたというのか!」


《間違いねえ、タイヤや履帯の痕跡からして元来た道を戻ってやがる》


理由は分からないが、ラーストフとミドールの連合軍はこの渓谷一帯から完全に撤収していた。








「まさかエイカルまで誰もいないとはな…」


「待ち伏せや罠が仕掛けられてる様子も無かった…本当にただ撤収したんだ」


「だが撤収とは余程急がなければならない事態が発生したのか」


エイカルまで来た彼らだったが、ここも既に連合軍が撤収しており誰もいなかった。


そこにあるのは度重なる砲撃で荒れ果てた町の姿とそのまま残された大量の武器弾薬と車両、その他の物資だけだった。


瓦礫の山に腰かけながら瑠斗とイスクは久しぶりの休憩を取ることにした。


エイカル突入から渓谷での攻防戦に至るまで殆ど休む暇の無かった兵士達は今がその時と言わんばかりに寛いでいた。


しかし今や生き残った兵士は1個中隊規模程度しか残っていない。


寛ぎつつも戦友の死を惜しむ者が多くいた。


2人が腰かけている場所は丁度エイカル攻防戦の際にグラスホッパー隊の機関銃陣地があったが瓦礫の山に埋もれて影も形もなくなってしまった。


彼らは渓谷に撤退する際に連合軍の大部隊に対して残された僅か2個機関銃小隊で決死の遅滞戦闘を行い、追撃を阻んだ。


彼ら戦士達の献身あって今、こうして生きている者達がいる。


――良い奴ほど早く逝くってこういう意味なのか…。



内心でそう納得しながら瑠斗は立ち上がり現在周辺の偵察を指揮しているローリヤの元へと向かった。


「………そういえば俺達のBTR…」


「残念だけど諦めるしかないよ。それに維持費にも困ってたから丁度いいや」











ローリヤの指揮による念入りな偵察の結果、敵は完全にキヴ山脈自体からいなくなっていた。


何故かが麓にも待機している部隊はおらずその事実を知った兵士達は歓喜した。


彼らは勝利したのだ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇









戦いが終わりを告げた後、残された者達は今後の事について話し合う。


他の戦域のNNLF部隊とは無線も使えない為連絡はまだ取れないがここと同じように生存者がいると瑠斗は予想した。


短期間で故郷を取り戻せたとはいえその代償は大きい。


これからキヴ山脈で再び繁栄していくのだろうか。


「そういえば、ローリヤはこれからどうするんだ。ここに住み続けるのか?」


瑠斗の問いにローリヤは顎に手を当て暫く考え込み、決心したのか顔を上げる。


「いや、また旅人に身分を戻す。ムィラ大陸は亜人族はタブーだからな、居座り続けても彼らに迷惑をかけるだけだ」


そんなローリヤに瑠斗はある提案をする。


「なら俺達と来ねえか。大陸を転々としてるんだがウチは万年人手不足でな、お前なら10人分は補えそうだ」


これから先、ローリヤは特にこれといった目標も無くどこに行くかも決めていなかった。


断る理由も特に見つからなかった為、その提案を受け入れることにした。


こうして2人に新たな仲間が加わった。














そこは執務室。


執務机を挟んで2人の男が話し合っていた。


「アイザック中将、それで経過はどうなっているのかね」


片やアメリカ合衆国第44代大統領、ジェイク・モーガン。


「ええ、はうまくいっていますよ。ミドール陸軍もつい先程国内への侵攻を開始しました」


片や第21代CIA長官、アイザック・テイラー空軍中将。


「それは兎も角本題だが…分かっているな」


「…ですね、我々も尽力はしていますがエルヒティエ攻防戦以降から中々所在が掴めず、彼の確保はまだ難しいかと」


ジェイクの表情が厳しい物へと変わった。


アメリカ合衆国にとってそれはとても重要なことであるが故に。


「いいか、決してコミー共産主義者共にだけは先を越されるな。何としてもあれを…を手中に収めるんだ…!」

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