第20話 頭を取られるという意味
《よお、悪夢のデリバリーだぜ》
オープンチャンネルでそんな声が聞こえてきたと同時に3機のハインドの内の隊長機らしき1機がこちら目がけて突っ込んで来た。
避けろ、と叫ぶ前に目の前で歩兵部隊が陣地ごと粉砕された。
この世の物とは思えぬ咆哮と共にハインドの機首から凄まじい発射速度で機関砲弾が放たれる。
30mmの機関砲弾は12.7mmとは比べ物にならない威力で生身の歩兵は原型も留めずに風船のように体が破裂した。
四散した兵士だった肉片と鮮血を浴びながら兵士達は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
農村一帯を掃射すると1機のハインドはそのまま飛び去り一撃離脱戦法の要領で再び引き返してきた。
「クソッ!!アイツ1機でここを蹂躙するつもりか!?」
立ち込める粉塵の中で辛うじて掃射を逃れた瑠斗はその場に伏せながら空にいるハインドの様子を見る。
他の2機は小山の陰に隠れて姿は見せず隊長機だけが好き放題暴れまわっている。
見える範囲ではイスクは無事だったがローリヤが機関砲弾を掠めて左腕を負傷していた。
「リュート、あのハインドは…!」
一瞬で穴だらけになった司令部の建物の陰に隠れながらイスクが空を指差す。
「あの連装機関砲、間違いねえありゃあP型…ハインドEだ!」
Mi-24P。
従来の12.7mm機銃では威力不足が感じられたために生み出された機体。
特筆すべき特徴は何といっても機体右側面に装備された固定式の30mm2連装機関砲GSh-30K。
これはレートスタビライザーを装備しており使用の際発射レートを選択できるのだが1つは低レートの長時間の射撃や精密射撃などに用いる毎分300発のローレートモードがあるがもう1つは…
毎分2400発のハイレートモードである。
つまり、1秒で約40発の30mm機関砲弾を標的に浴びせることができるということだ。
この発射レートは現代のガトリング砲にすら匹敵する。
その代わり余りの反動で機体の姿勢制御ができずハイレートでは継続した射撃は不可能。
しかし、このハインドEのパイロットからすればそれで充分だった。
ハインドEの機関砲が火を噴く。
まるで竜が口から火を吐くかのように。
麦畑の陣地は粉砕され、採掘場側の陣地の兵士達は重機関銃による反撃を行った。
12.7mmは低速で低空を飛行するハインドEに確かに命中する。
だが軽快な金属音が鳴るばかりで機体は燃料すら漏れる素振りを見せない。
攻撃に気付いたハインドEは陣地の方を向く。
こちらを睨みつける赤竜に勇敢な筈のナハエ族の戦士達は怖気づき後ずさった。
《死ねよ、土人共が》
機体を傷つけられた怒りからパイロットは静かにそう言い放ち、機関砲ではなくスタブウィングに装備したUB-32ロケットポッドから55mmS-5無誘導ロケット弾を何発か発射した。
空を切りながら放たれたロケット弾は陣地に命中し土嚢の防壁ごと中の兵士を吹き飛ばした。
残骸と共に人間だったものが撒き散らされる。
赤竜の吐く炎からは何人たりとも逃れることは許されず、皆等しく灰へと変えられてゆく。
ありったけ撃ち込まれた機銃弾も卓越した操縦技術で躱され直ぐに上空に逃げられる。
ハインドEは掃射しては飛び去り、一撃離脱戦法を何度も行った。
渓谷の守備部隊は成す術無く悉くが血煙と化して死に絶えた。
第1波を退けて士気も旺盛だった彼らは今や頭上の赤竜からただ逃げ惑う事しかできぬ被捕食者と成り下がっていた。
絶望的な状況だが、退くことが許されない彼らは必死の抵抗を試みては赤竜に焼き殺された。
「………まだだ!奴が止まった瞬間に撃ち落とす!!」
既に半壊した司令部の中で瑠斗はRPGと1発の弾頭を取り出す。
対空の全てを担っていたラウンドシールド隊が全滅した今、あれを止められるのはこの1発のRPGと瑠斗1人だけだった。
ハインドEに見つからないように瓦礫の山に身を潜め、発射準備を整える。
――今奴は採掘場側に気を取られている…やるなら今しかない!!
「正気か…死ぬぞ…!」
後ろからローリヤが左腕を抑えながら現れる。
「……いいや、今サイコーに頭が冴えてる」
RPGを構え照準器を覗き込む。
そして彼は叫んだ。
「今だ!!!」
「止まれええええええええええええええええええ!!!!」
イスクの雄叫びと共に砲声が響いた。
今だ漂う粉塵の中から突然1発の砲弾が放たれる。
砲声の正体はソ連製の107mmB-11無反動砲だった。
そしてそれを撃ったのはイスクだった。
初速375m毎秒のO-883A破砕榴弾が向かった先はハインドEではなくその先の山肌。
山肌に榴弾が着弾し爆炎と破片が四方に広がる。
《ッ!?》
山肌に沿って飛んでいたハインドEは突然の事に慌てて機首を上げホバリング状態に移る。
それが、彼の狙いだ。
「墜ちやがれクソが!!!」
静止したハインドEの横っ腹に向けてトリガーを引いた。
対戦車榴弾は寸分違わずハインドEの方へと向かっていき、横っ腹に当たるかと思われたその時だった。
《舐めるな土人が!!!》
ハインドEがホバリング状態から急に激しく動き出した。
機首が急激に上に上がりほぼ真上を向いた。
それから機体は後方に下がる。
命中する筈だった弾頭は機体の下部を掠め山肌に着弾し炸裂した。
回避の様子を見ていた3人は開いた口が塞がらぬまま呆然としていた。
RPGが発射されたことを察知してから回避行動に移るまでのその早さはとても常人に成せるものではなかった。
オマケに機首が真上を向いた不安定な姿勢から地面に激突する寸前で機首を倒し持ち直したのだ。
ハインドEの運動性能の低さを鑑みればこの一連の機動はハッキリ言って異常と言わざるを得ない。
「避けた……のか…!?」
「なんて、デタラメな操縦技能だ…!!」
ホバリング状態に戻ったハインドEはゆっくりとRPGが放たれた方。
そこにいる瑠斗を睨みつけた。
蛇に睨まれた蛙のように瑠斗の体は動かなくなり、呼吸は荒くなり冷汗が全身を伝った。
いつあの赤竜の口から炎が吐き出され自分が焼き殺されるのか。
照準は既に瑠斗に合わせてある。
後は引き金を引くだけ。
死を覚悟し目を閉じた瑠斗だったが死の時はいつまで待ってもやっては来なかった。
それどころかローターの音が遠ざかろうとしていた。
「………?」
恐る恐る閉じた目を開くとハインドEはまるで瑠斗から興味をなくしたかのように機首を元来た方へと向け上昇し始めていた。
「何が…」
「去っていく…他の2機も…」
傍観していた2機も続いて飛び去って行く。
空の彼方に消えていく姿を見て瑠斗とイスクは腰が砕けその場にへたり込む。
「これが…制空権を握られるってことなのか…」
《統一暦1245年 9月 3日》
何故、あのハインドEが攻撃を中止したのかは分からない。
しかも連合軍陸上部隊までもが攻撃どころか動く気配すら無く、第2波を迎えずして彼らと僅かなNNLFの生存者達は朝日を拝むことになった。
この後、事態が如何に急速に動き出しているのか彼らは知る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます