そこにいる

大和田 虎徹

そこにいる

「なあ、そこ、誰かいないか?」

「なんだよ突然。なにもないだろ」


 昼間、友人から投げかけられた一言。なにもないにもかかわらず、そこに何か、誰かいないかと問われた昼下がり。当然なにもいないと答え、当然そこには何かがあるなんてことありえない。はずだった。

 青年は気になってしょうがなかった。購買で買ったクリームパンが喉にひっかかり、それ以上なにも反応しなかったのが、今になって馬鹿らしくなったとも言う。ともかく、若気の至りにてなにか行動し成し遂げたかった愚かで素直な青年だ。

 幽霊部員として所属している弱小ハンドボール部にもこの日だけはきっちりと参加し、普段どことも知らぬ校舎のサボりスポットを徘徊しているとは思えない動きでそれなりに活躍し、帰る時間。青年は帰らず神聖とはほど遠い学び舎に残った。どうせシケモクがトイレに放置されている底辺高校だと、高をくくった。

 何か、誰かがいるかと問われた場所。理科室隣に存在する使われない教室。第二自習室だとかたいそうな名前がついているが、つまるところは少子化のあおりをを受けて使われなくなった教室の一つだ。授業中はその気になれば使うこともあるが、昼休みや放課後なんて絶好のサボり場所。まれに吹奏楽部や軽音楽部が演奏練習に使う以外、さして気にもとめない場所。その掃除道具入れに、何かがいると主張したのだ。

 くだんの掃除道具入れ、軽いロッカーに手をかける。滅多に使わないので掃除もしないことがほぼ当然。もちろん、掃除道具入れになにが入っているかなんて覚えてもいない。そもそも、ここは授業でも大して使わないのだ。だからこそ、こんなものが入っていた。

 人の死体。それも一つではない。複数だ。見える限りでは3人以上。それも頭の数で計算しているので、もっとあるかもしれない。ともかく、青年はこんなもの今の今まで見たことがない。ホラー系列のゲームで似たようなものは見た気がすれど、二次元は所詮二次元なので、これの比になんて到底なりやしない。

「う゛えっ、ご、れえっ…」

 当然、ゲロは胃袋から喉に逆らって流れ、口からこぼれて床を汚す。相当着崩していきがった制服にも吐瀉物のシミを作り、尿意ですらも耐えきることが困難になってくる。

 青年は動けない。嘔吐しているときは、基本的に他の動作が困難になるものだが、むしろ恐怖により動けないのだろう。この学校で行方不明事件が多発していることも知らない愚かで素直な青年は、恐怖と嘔吐と尿意により、背後の気配すらも察知できていなかった。

 後日、学校の行方不明生徒一覧に、彼の名前が追加されたのは、想像に難くないだろう。犯人もわからぬまま、ほとんどの生徒が日常を過ごしながら、彼の名前もやがて風化していくのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そこにいる 大和田 虎徹 @dokusixyokiti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ