第9話 フジマキさん

ーー都内某所 村上工業本社 事務所

血涙を流しながらそれを承諾したとはいえ、ロボットを使った金策の話で父を通すと、結果的に『金儲けのためにロマンを使うな』と言われるであろうことは目に見えていたので、村上は直接カトさんとの接触を試みた。

「あー、カトさんね。出勤表の予定には『フジマキさん』て書いてあるわねー。暫く帰ってこないんじゃあないかしら」

かなりケバいが中々美人なこの人は、村上工業の事務員兼受付のアタリさんだ。

「そすかー。あの、村上工業の広報の人って、誰になるんすか? その人に会いたいんすけど」

「うーん、広報ねぇ。聞いた事ないわねぇ。多分、そういうのも全部、カトさんがやってるんじゃあないかしら」

「なにー? カトさん探してんの? 」

村上とアタリさんが全く進展を見せない話をしていると、事務所の奥からコーヒーを片手にザキちゃんが現れた。

「ザキさん! 」

「カトさんなら、第二倉庫でフジマキさんと安全確認してんじゃあないかな」

「あー、それってもしかして、親父もいます? 」

「多分居るねー」

父が居ると話がややこしくなることに二の足を踏んでいた村上の二の腕をスマホちゃんが抓る。

「ガワーッ! いででで、何すんだよ! 」

「しゃらくさい! 時は金なりよ。場所がわかったんならすぐ行く! 」

村上は、スマホちゃんに背中を押されるように事務所を後にした。


ーー都内某埠頭 村上工業第二倉庫

「カトォォウさぁん、こぉれぇ、乗ってた子が脱水で入院したんすよねぇぇ? 何かぁ、対策したんすかぁぁ? 」

村上は初めて見るが、このカナヘビのような顔をした粘っこい喋り方の男こそ、防衛省怪獣災害対策室 民間事業者協力支援課のフジマキさんだ。

「……首部風防、及び搭乗者周辺に、空気力学的に気流を生み出し換気を促す溝を設けました。また、搭乗者にも作戦完了の可否に関わらず、規制時間内に脱出するよう指導のを行います。」

説明する立場とはいえ、カトさんが流暢に喋っているのは、何か不気味に感じた。

「あ、そぉぉう。……カトウさんこれねぇ、換気って言ってもぉ、エンジン四つも詰んでるじゃない? その熱まで完璧に逃がせんのぉぉ? 篭っちゃうんじゃあないのぉ? あと時間内に脱出って言うけどさぁぁ。脱出した場合のぉ、搭乗者のぉ、安全確保についてご説明願えますかぁぁ? 」

カトさんは、額に手を当てると、深く溜息をつき、フジマキさんの疑問に回答していった。

村上が到着した時には既に安全確認は終盤だったらしく、それは三十分程度で終了した。

「……まあ良いでしょう。あとは必要書類に記入して押印の上、私まで持ち込んでください。ちなみに、前回より五、六枚多くなってますので、きちんと予定立てて御記入ください。それでは、失礼します」

フジマキさんは、粗探しの時とは打って変わって、突如役人らしい立ち回りを始めた。この男、不気味である。

そして、倉庫に急遽置かれた机の上にA4サイズの分厚い封筒をどんと置くと、深々と頭を下げ去っていった。

「話ならケンさんとしろ。俺は忙しい」

役人から重箱の隅をつつかれる様を二人の高校生にチラチラ見られていたカトさんは、見ればわかるほどにピリピリしていた。

「あの! 村上工業の広報の人って誰ですか! 」

カトさんは小柄だから安全そうと踏んだのか、彼が滅法喧嘩っ早いことも知らずに、物怖じもせず本題に切り込むスマホちゃんだ。

「スマホちゃん! いきなりは駄目だって! 」

カトさんの恐ろしさを知っている村上は、二人の間に割って入った。

「……」

カトさんは深く溜息を吐くと、スマホちゃんの問に答えた。

「うちに広報課なんてない。仕事は全部営業が取ってくるから」

カトさんがスマホちゃんをいきなり撥ね飛ばさなかったことに、村上は目を丸くして驚いた。ーー女だからかーー? ともあれ、この状況は“便利だ”と思った。

「あー、安全確認、終わったかー? 」

二人が話していると、父が帰ってきた。作業着の上に羽織った白衣の裾で何度も手を拭う様を見ると、“トイレから帰ってきたこと”をアピールしているらしい。

「終わりました……。ケンさん、トイレ長いです」

「かかか、まあそう言うな。フジマキさんの声聞くとどうも腹の調子がおかしくなるもんでな。……お、妙なのが居るな。こりゃあどういう状況だ? 」

ザキちゃんに聞いていたとは言え、父がこの場にいるのは村上にとって、とても良くない予感がしていた。

「あなたが村上くんのお父さんですか? あの小さい人じゃあ話にならないので、直接お話が有るんですけど」

“小さい人”とはカトさんのことかーー? なんて恐ろしいことを言うのだこの小女はーー! 村上は戦慄した。

「おうおうおう、グイグイ来るな。おい息子、何だこの子は」

スマホちゃんに詰め寄られ、仰け反った父の腰とその年齢を考えると、早く答えた方が良いと考えた村上は、無い知恵を絞りきりスマホちゃんを紹介する最適な語句を模索した。

「ーーああー、金策! ロボットを使って金稼ぐ方法考えてくれたんだって」

「ほう」

父は目を輝かせると、二人を会議室へ通した。

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巨大ロボ、動けませんッ! 稲苗野 マ木 @Maki_Inaeno

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