第8話 エア十露盤

ーー都内某所 区立荒草(アレグサ)高等学校

「え、じゃあ、あのロボットで戦ってたのって村上くんだったの!? 」

先程までとは一転、スマホちゃんの目は輝いていた。

「確かにあれに乗ってたのは俺だけど……フッ、大した事じゃあねーぜ」

自らの活躍が都民の目に触れていることを実感してきた村上は、少し鼻が高くなった。

「エ、“乗ってた”の? 」

「エ、ああ。乗ってたよ? 」

「エ、何でリモートじゃあないの? 」

「エ……」

当時は頭に血が登りきっていたのと、余りに時間が無かったことで気にしている暇もなかったが、言われてみれば確かに、何故あんなに危ない機械にわざわざ乗り込む必要があったのか。村上の頭で考えてもその答えは見つからなかった。

「何でだろう……」

父が自分の命を余りにも軽く見すぎていると考え込んでしまった村上は、突如項垂れた。

「エェー……。元気出しなさいよ……」

「すまねぇ……。最近色々あって不安定なんだよね……」

溜息の止まらない村上に対し、スマホちゃんは最早その話を聞かない訳にはいかなかった。

「な、何があったのよ……」

「いやね、こんなことスマホちゃんにする話じゃ無いのは勿論分かってんだけど、誰かに打ち明けないと押し潰されちまいそうで……聞いてくれる? 」

「な、何よウジウジして気持ちの悪い……。もう聞かない訳にいかないじゃあないの……。え、スマホちゃんーー? 」

それって私の事? センス悪すぎない?などと問い返す前に村上の追撃に呑まれた。

「俺が怪獣ぶっ飛ばしてさ、ビル壊しちゃったんだけどさあ……。そのせいでいきなりすごい額の借金背負っちゃって……」

「へー……幾ら? 」

「四億……」

投資や株などに通じていたスマホちゃんは、村上が破壊したビルにどんな企業が在籍しているのか知っていた。それ故に、村上が深刻に考える額について、ありのままの感想を口に出してしまった。

「へー。思ったより大したことないじゃん」

その言葉を受け、村上の口は縦に二つの拳を収納出来そうなほど広がっていた。

「は……はぁい!? 普通のサラリーマンだったら、二回生まれ変わったって返せない金額ですよ!? 分かってますか!? 」

「な、何で敬語……? あんたがぶっ壊したビルね、半分はOX証券、もう半分は光生命って会社が借り上げてるんだけど、既に企業令避難が進んで既に稼働率は四十パーセントを割っているとは言え、それでも年間総計で二百億近い売上を叩き出すと目算されているの。そんなビルをぶっ壊しといて四億なんて、大したことないってこと」

これまではヒロイズムに身を委ねてなんとか自分を保ってきた村上だったが、自分がもたらした被害の大きさを数字として聞かされると、取り返しのつかないことをしたと自覚してしまった。

「お、俺は……なんてことを……」

「あー……」

不可抗力とはいえ、自分の言葉で同級生を落ち込ませてしまった事が気分の悪いスマホちゃんは、呆れつつも村上の肩を叩いた。

「な、なあ。とどのつまり、村上くんの悩みって、お金に困ってる? ……って事だよね……? ニュースでもロボット対怪獣戦の死傷者はゼロ名って言ってたし……お金があれば解決する悩みって事でいいんだよね……? 」

「エ? まあそうだけど……スマホちゃんに何とか出来んのかよぉ……」

その時、スマホちゃんはスマホを置き、両手の人差し指と親指で机上に長方形を描くと、その上で両手の指を目にも止まらぬ早さで踊らせた! この動きはーー。

「そ、で、でかい十露盤が見える!」

それは言うなれば“エア十露盤”だった。しかし、あまりに正確にイメージされたその精密な動き、スマホちゃんの真剣な表情、それらを結んだその先には間違いなく十露盤が見えた。

スマホちゃんはおおよそ三分ほど、“エア十露盤”を弾き続けただろうか。その鮮やかな動きに村上が認めていると、スマホちゃんは突然、その右手を空高く放り上げた。

「な、なんだァー!? 」

「ふ…………ととのいました」

僅かに纏った汗に煌めく顔面をくり抜く、真ん丸でアーモンド色のスマホちゃんの瞳は、確りと村上を見据えていた。

「と、ととの!? 」

「村上くん。お金のことは、この林原エリに任せなさい! まずは今日の放課後、村上工業の広報担当者? に合わせて! 」

「はぁい!? 」

村上は広報担当者など知らなかったが、真っ先に思い浮かんだのはカトさんの顔だった。

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