第7話 一歩
ーー都内某商業ビル 料亭「螭」
「まさか先生からご連絡頂けるとは。もう少し早くご連絡頂ければ、俺がお迎えに行きましたのに」
普段は飲まない酒を薄めに割っているケンの対面には、ジャケットの似合う白髪の男が座っていた。
「あのロボットをテレビ越しに一目見た時、胸の文字を見るより先に確信したよ。『村上顕が、ついにやったんだ! 』とね」
「ははは、まあ、悲願でしたから」
普段は防衛省の役人にすら敬語を使わないケンがこの世で唯一敬語を用いるこの男は、大学時代の恩師、モロズミ教授だ。
「いやはや、あのロマンに溢れた装備の数々。あれを君以外の誰が作れるのかってね。食い入るように中継観てたもんさ。剛性を保つ為に敢えて開閉機能を搭載させない“模造拳”と、何より学生時代から『巨大ロボの最初の武器はこれだ!』と豪語していた“パイルバンカー”。あの信じられないくらいシリンダを搭載した脚は“バッタ”のイメージかな。そういえば君は“バッタのヒーロー”も大好きだったね」
先の怪獣戦では、それぞれ数える程しか使用されていない(模造拳については使用する前に落とされている)二号機の装備について、教授は絶賛に絶賛を重ねた。
「確かにうちではあの脚の機構の事を“バッタ”って呼んでますがね、実はもう一つモチーフが有りましてーー」
「“アポロ11号、月面着陸”! 君の作るロボットが、まさか歩かないなんて、そんな訳は無いと思ってたんだ! やっぱり、あれを細かく使うことであのロボットは歩けるんだね? 月に降り立った飛行士がピョンピョン歩いたみたいに! 」
教授は持っていたコップを机に置くと、村上の顔を指さしながら嬉しそうに言った。
「……流石ですね……。お見通しですか」
「ああ。学生時代から君とは波長が合うと思っていたからね。『“宇宙世紀”を創る、がテーマの講談に感動して』なんて理由でうちの研究室の門を叩いて来たのは後にも先にも君だけだよ。あの講談めちゃめちゃ不評で、大学からは二度とするなって大目玉だったのにね」
「先生の“スーパーロボット論”は、当時から時代の先を行っていました。ロマンを忘れた自称リアリストには、それがわからんのですよ。先生の論の妥当性が」
そう言うと、ケンは薄めに薄めていた酒を一気に煽った。
「そうは言ってもね、私もロマンを追い求めて形には出来なかった愚か者の一人さ。だから、その夢を誰かに託そうと教育者になったんだがね」
ケンの飲みっぷりに呼応するように、教授の酒も進んでいた。
「それにしても、最初に巨大ロボを作ってくれたのが君で良かった」
「それは、教え子だからですか? 」
「勿論、それもある。だけど一番大切なのは、ロマンと平和の為に作られたってところ。もし最初に作られた巨大ロボットが金儲けや戦争の為の物だったなら、きっと“宇宙世紀”は永遠に訪れないだろう。君のロボットが東京タワー前に開けたあの大穴は、人類が“宇宙世紀”へ向かう為の、偉大で……それこそ“大きな”一歩だと私は思っている」
「あれが一歩にカウントされるなら、“宇宙世紀”まではあと何億歩かかるんでしょうね」
恩師の言葉にケンは目頭が熱くなったが、涙は性にあわないので、無意識に皮肉を言ってしまった。
その後、恩師と教え子は、学生時代の思い出などを振り返りながら酒を酌み交わした。
「いやあ、今日は人生で一番美味い酒を飲ませてもらった。ありがとう、村上くん」
「こちらこそありがとうございます。 結構酔われてるみたいですが、帰れますか? 送っていきましょうか? 」
「ははは。君だってしこたま飲んでいるだろうに、どうやって送っていくと言うんだね。まずかったらその辺で泊まるさ。それじゃあ」
教授は笑顔で右手を上げると、振り返り歩き出した。
「あ、ありがとうございましたー! また、飲みましょうねー! 」
ケンは、よろよろ歩く恩師の背中に大きく手を振った。
「あ、そういえば村上くん。同期の“オヅくん”って、覚えてる? 」
教授は立ち止まり、ケンに問うた。
「“オヅ”……? あ、“オヅの魔法使い”……ですか? 」
「そう! その魔法使いがさ、この前うちを訪ねてきて、ちょっと話したんだ。そしたら、君とも話したいから、もし会うことが有ったら渡しといてくれって、名刺貰ってたんだよね。ほら」
教授は胸ポケットから取り出した名刺をその位置から投げると、それはケンの足下に落ちた。
「“未来開発室、室長、開発主任、設計主任 小津 雅弘”……。これ、会社名も連絡先も書いてませんけど、先生? 」
「ははは、彼は“そう言う性格”の男だろ。全然変わってなかったよ」
ケンは少し学生時代の事を思い返すと、オヅという男の性格について断片的に思い出した。
「ああ、そうでしたね」
「それじゃあ」
二人は軽く会釈すると、別々に夜の闇へ消えていった。
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