フローチェにて

 カフェ、フローチェにて、隆志はえるなとテーブルを挟んで座っていた。

 日曜日だというのに、スーツ姿のビジネス客姿が目立つ。休日なのに仕事とはご苦労なことだ。

「……というわけで、親父は妹の付き合いを認めてくれたってわけさ。二人とも下の名前で呼び合って、いい感じだ」

 隆志は、一件落着とばかりにえるなに報告する。

 隆志も瀧彦から携帯を返してもらって、すぐに彼女をこの店に呼んだのだ。

「えるなも、いろいろとありがとうな。おかげで妹が幸せになれた」

「幸せなんておおげさだな。まだまだこれからじゃない。それで、卒業まで二人はどうするつもりなの?」

「高校入学まではまだ時間があるし、二人でいろいろしながらのんびりと過ごすらしい。ちなみに今日は宮島に行っている」

 今頃は島内の寺でお砂を返しているのだろうか。それにしても、厳島神社で二人並んで参拝する姿、もう一度見たかったな。

「これで真澄ちゃんの恋路は順調に進み始めたってことね。私も手を貸した甲斐があったわ。といっても、ほとんど三滝くんにアドバイスしかしなかった」

「俺はそのおかげでどう動くか考えることができた。感謝しているぜ、江波。そのコーヒーはお礼のつもりだ。飲んでくれよ」

 隆志は、手元のコーヒーの一杯をえるなに寄せる。

「言っておくけど、これでよりを戻そうなんて考えてないでしょうね」

「ああ、俺らのことと妹のことは関係ない」

「そう」

 えるなは、コーヒーカップの持ち手をつまむようにして持ち上げ、コーヒーに口をつけた。優雅なその仕草に、隆志は見とれそうになる。

 いけない、えるなとは恋愛関係を解消したのだ。割り切れ割り切れ……。

「ところで、どうしてまたフローチェなの?」

 コーヒーカップから口を離し、えるなは問いかけてくる。

「前々から言っているだろう。男にはこだわりがあるんだ。コーヒーにも」

「安いから?」

「違う! それフローチェに失礼!」

 フローチェには、瀧彦を『リア充オヤジ』と罵りながらも、隆志や真澄の恋を応援してくれた人たちがいる。その時の恩を返すという意味でも、あえて隆志はこの店を選んだのだ。

「親父が真澄から彼氏を引き離せと言ってきたのがこの店なんだ。だからここでけじめをつけようと思ってな。なんだかんだで、妹も彼氏も志望校に受かって、今やあのリア充オヤジは、妹の恋を応援してくれている」

「リア充オヤジ? 何その呼び方?」

「隠れた場所で親父の事をこう呼んでやってんだよ。リア充オヤジ」

 フローチェの誰かよ、俺は妹の恋路を支えることができたぞ。応援してくれて感謝する。また何度でもこの店に来よう。

「まあ三滝くん、今回は頑張ったものね。久しぶりに褒めたい気分になったわ」

「ああ。四月からは二人とも俺らの後輩だ。これからも何かあったら頼っていいか」

「遠慮がないわね。私が振ったの忘れてない?」

 隆志とえるなは、今はもう恋人同士ではない。

「ごめん、行き過ぎた」

「断るとは言ってないわよ。友人からの頼みとして引き受けるわ。もちろん、真澄ちゃんの幸せそうな顔を見ていたいしね」

「おぉ、助かるよ」

「と言っても、私の出番はないみたいだけど。あんなしっかりしている子ならね」

「だな」

 隆志は笑顔を浮かべた。

「本当に三滝くんは嬉しそうね」

「ひと仕事終えたんだ。それは気分がすっきりするさ」

「……そのにやにや顔が、四月からどのように歪んでいくか、楽しみだわ」

 えるなが、不穏な言葉を吐く。気がつけば、彼女は猟奇的な笑みを浮かべていた。

「な、何だよ、急に? どういう意味だ?」

「三滝くんは、学校がだらけるための絶好のスポットなんだよね」

「ああ、家よりはくつろげる」

 できすぎる妹、真澄がいるからだ。だらだらとゲームや漫画を堪能しようとすると、真澄からの冷たい視線が刺さってくる。

 だから友達としょうもないことで駄弁ることができる学校は、隆志にとっては楽園なのだ。

「まだわからないの? 真澄ちゃんが私たちの学校に来るんだよ? ってことは?」

 えるなに考えるように促される。

 それでやっと、隆志はえるなの意図することに思い当たった。

「……まさか」

「真澄ちゃんがうちの学校に来る。ということは、兄貴が学校でふしだらなことをしないか目を光らせる。とうとうだらける場所を失ったわね。三滝くん」

「うっ……」

 この半年間、真澄と藍葉の関係をうまく保ちつつ、広島弥山に合格させることばかり考えていた。だからそのあたりのことは、全然想像していなかった。

「しかも、成績優秀で生徒会副会長までやって、彼氏もいる真澄ちゃんよ。あの子がうちの学校に入ったら? どれだけ注目されるかしら。そして大して取り柄もない三滝くんが、周囲からどう比較されるのか、楽しみだわ」

 ――やばい。

 かっこいい彼氏を連れた真澄は、一年のうちから学校でも一目置かれる存在になるだろう。

 対する隆志は、校内では平凡な生徒。

 ――妹に対してあいつは地味だよな。

 ――兄はだらけすぎよね、妹を見習わないと。

 ――しかも彼女もいないし。ほんと兄はつまんねーヤツ。

 来年の校内の評価が、隆志には今にも聞こえてくるみたいだった。

「え、えるな、今からでもよりを戻さないか?」

 せめて彼女がいない状態からは脱出しないと。そう思って、隆志はえるなにすがった。

「嫌よ。なんで今頃になって?」

「頼む。俺は学校で陰キャ扱いされたくない」

「あなたの都合には合わせてあげられません。以上!」

「やめてくれ」

 えるなは、少し冷えたコーヒーを一気飲みした。

「ごちそうさま。じゃあ私はお先に失礼するわ。四月以降も楽しみにしてるねー」

 えるなは立ち上がり、そそくさとフローチェを後にしていく。焦る隆志とは裏腹に、「ありがとうございましたー」という店員の陽気な声が響き渡った。

「そんなー」

 フローチェに取り残された隆志は、ただ店を出ていくえるなの背に向かって手を伸ばすことしか、できなかった。


 その時、フローチェにいる隆志の知らない客が、こんなツイートを投稿した。

『できる妹の兄はつらいよね。心中察するよ。頑張れ。今後も応援するから。#リア充オヤジ爆発しろ』

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俺に悪役キャラとか絶対に似合わねー! 雄哉 @mizukihaizawa

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