受験――4
「あ、茜、いったい何のつもりだ?」
突然の祝福に、瀧彦は戸惑って妻を見つめている。
「瀧彦さん、あなたは立派な父親よ」
そう言って、茜は空の地ビールの瓶を置き、瀧彦の肩に抱きついた。
「なぜだ?」
「あなたは娘を立派に育て上げたわ。真澄はいい高校に入学できるぐらいに頭がよくて、かっこいい彼氏もできるぐらいに魅力いっぱいに育った。これからのことも、真澄はきちんと決められる。すべてあなたのおかげよ」
茜は次々と、瀧彦を称賛していく。
「あなたはしっかりと、子供二人に愛情を注いできた。仕事で忙しいのに子供のためにしっかりと時間を割いてね。私はちゃんと見ているわ。こんな立派な父親、他にいない。やっぱりあなたと結婚してよかったわ。だから堂々となさい。昔みたいに」
「そうか?」
真澄が、ゆっくりと立ち上がった。テーブルを回り込んで、瀧彦のところに近寄る。そして、瀧彦の手を取った。
「子供の頃のことは、まだ覚えているよ」
父親の手を取ったまま、真澄は言う。
「私のことたくさんだっこしてくれて、かわいいって褒めてくれて、運動会や学芸会でもいっぱい応援してくれて、嬉しかった。まだ大好きだよ、お父さん」
隆志も、自分の子供の頃を思い出していた。
――腕はなぜ二本あると思う? 隆志と真澄をしっかりとだっこするためだ!
そんなことを豪語して、よく自分たち兄妹を力強く持ち上げていた。そして父子三人揃って笑い合ったものだ。隆志も、あの時の瀧彦が大好きだった。
瀧彦は家族や子供のことを第一に考えてくれる人だ。
「私からしても、お前はずっと自慢の娘だ、真澄。お前のすることを、今後も応援してやる。そこの男の子のことも含めてな」
瀧彦はためらいながらも、娘の手に自分の手を重ねた。
独り立ちを見送る時のように。
「真澄は取られちゃうけど、私がこのまま好きでいてあげるわ。これからも末永く仲良くしましょうね、瀧彦さん」
茜が夫の肩に優しく手を添える。
「ああ」
瀧彦はうなずいた。グラスの地ビールを少し飲み、そして藍葉に向き直る。
「真澄を、よろしく頼む」
藍葉は頭を下げた。
「はい。大事にします」
真澄は、「さてと」と張り切った声を出した。
「藍葉くん、夏の約束も覚えているよね? 宮島の」
「宮島? ひょっとして……」
驚いている藍葉の目の前で、真澄はポケットから小瓶を取り出した。中の白い砂が揺れる。
「宮島のお砂、大事に持っていてくれたんだ」
「当然よ。男の子からのプレゼントなんて、初めてだったんだよ」
「真澄、それは生徒会の友達とで買ったものだと」
瀧彦が、目を見開きながらその小瓶を見つめている。
「ごめんね、怪しまれたくなくて、隆志に嘘をつかせちゃった。本当はこの子が買ってくれたの。これを見たら絶対に広島弥山に合格しようっていう気になって、頑張れた」
「ちゃんとお守りになったんだな」
藍葉は笑った。
「ここまで嬉しそうな藍葉くんは初めてかな。お砂、願いが無事にかなったら宮島に返すんだってね」
「ああ」
「じゃあ、明日の日曜日、一緒に宮島に行こっか。合格祝いも兼ねて」
「当然だよ。絶対に行く」
もう、瀧彦は二人を引き離そうとはしない。
真澄は、隆志を睨みつけた。
「わかっているだろうけど、もう隆志はついてきたらだめだよ」
「ついていかないっての!」
「もしついてきていたら、藍葉くんに竹刀で脳天を叩き割ってもらうから」
怖い!
この真澄の目は、本気だ。殺気に満ちている。
だが真澄は、ふふ、と笑ってみせた。
「隆志も、ありがとう。いろいろしてくれて。もう手助けはいらない。二人だけで何とかやっていけるから」
「うぅ、その言葉を聞けて、兄は嬉しいぞ!」
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