受験――3

 瀧彦が、真澄に顔を向けた。

「どういうことだ?」

「私、広島弥山の特待生に選抜されたわ。学費は全額免除されるって」

 真澄がそう、タブレットの画面を見せる。そこにはしっかりと、『あなたは当校の特待生に選抜されたのでお知らせします』と書かれていた。

 親孝行という名の、決定的な説得材料。

「奇遇だな。三滝さん、俺もだよ」

 藍葉が言う。

 二人揃って優等生なカップルに、隆志は目を見開くしかなかった。

 ――うちの学校の特待生って、入試の上位五位以内ってことだよな。

 ――どんだけできるんだよ!

「これは私も関係してるんだから、いいよね」

 これで、瀧彦からますます、真澄と藍葉を別れさせる口実がなくなってしまった。

「そんな、だがいいのか? 高校に入ったら、互いに色々と忙しくなる。勉強も難しくなるし、紙屋くんといったか、部活もするならば、会う時間なんてそうそうなくなる」

 瀧彦が最後の抵抗とばかりに言う。

「勉強なんて二人で一緒に乗り越えられたばかりだし、私は紙屋くんの部活を応援している。会う時間が少なくなっても、なんてこともないよ」

「進路だって別々のになるかもしれない。そこにいる隆志と同じになるかもしれないぞ」

 ――うへえ、俺をダシにするなよ。

 確かに隆志は、進路を理由にえるなと別れたけれど。

「進路なんて、決めるのはまだ先です。それまでは三滝さん、娘さんを大事にしますし。進路が決まったなら、応援していくつもりです」

 藍葉も、しっかりと反論する。その間にも、真澄は藍葉の手を握り続けていた。

 どんな邪魔が入ろうとも、二人の仲は引き裂けないと示すように。

「うぅ……、く……」

 瀧彦はまだ諦めていない。必死で言葉を探して、何とかして真澄と藍葉を別れさせようとしている。

「まったく親父は、子離れが全然できてないな。もうそろそろ娘の好きにさせてやれよ」

 隆志が、往生際が悪い瀧彦の肩を叩く。

「これ以上何を言っても、子供を独占したいだけとしか聞こえないぞ」

 瀧彦は、肩を落とした。

「……わかった。二人の付き合いを認める」

 ――やっと折れてくれたか。

 真澄は、藍葉の目をしっかりと見つめた。

「約束、紙屋くんのほうからしたんだから、覚えているよね」

「ああ、当然だ」

 藍葉も目を輝かせている。

「なら約束どおり、これからはこう呼ばせてもらうわ。藍葉くん」

「よろしく、真澄」

 初めて下の名前で呼び合った。藍葉にいたっては思い切って呼び捨てだ。二人は恥ずかしくなったのか互いに目をそらして、そして再び見つめ合い、ほほえむ。

 隆志の胸やけが、激しくなった。息が苦しい。ほんと尊いよこの二人!

 娘を完全に奪われた瀧彦は、ただ下を見ていた。すっかりと負け犬の顔をしていて、さすがにかわいそうに見えてくる。

 リビングの扉が勢いよく開け放たれた。

「話は聞いたぞ、イエーーーーイ! 合格おめでとう、お二人さーん!」

 茜だった。片方の手には広島で有名な、宮島の厳島神社があしらわれた地ビールの瓶とグラス、もう片方の手にはクラッカーを持っている。

 茜は軽い足取りで瀧彦に近づいていく。瀧彦の前に地ビールの瓶とグラスを置いた。そしてクラッカーを、あろうことか瀧彦に向けた。

「瀧彦さんも、おめでとーー!」

勢いよく紐を引っ張る。色鮮やかな紙テープが舞い、瀧彦の体にかかった。

 瀧彦は戸惑って、自分の体を覆う紙テープに触れている。

 その間にも、茜はポケットから栓抜きを取り出して、地ビールの栓を開けた。

「瀧彦さんのできるお父さんっぷりに、カンパーーーイ! イェイイェイイェイェーーーイ!」

 ノリのいい掛け声を出しながら、茜はグラスに地ビールを注いでいく。クラスでは泡と液体がうまい具合に三:七になった。

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