受験――2

 「うぅ、眠い。今日肝心な日だってのに」

 リビングで立ちながら、隆志は目をこする。

「隆志、まじめにしてくれないか」

 隆志を、瀧彦が叱りつける。

「どうして隆志が寝不足になっているのよ。私のことなのに」

 真澄も呆れ顔だ。

「だって、気になって気になって、夜寝れなかったんだよ」

「あなた、いつ私の親になったわけ?」

 真澄、相変わらず兄への当たりがきついぜ。

 隆志にとっても、今日はまさに緊迫の日だ。

広島弥山の合格発表である。

 真澄と藍葉が今後も一緒にいられるかが決まる日。今まで妹とその彼氏の幸せのために動いてきた答えが出される日でもある。

「親父、そろそろ時間だ。タブレットの準備はできているだろうな」

 隆志が、リビングの椅子に座る瀧彦に問いかける。

「ああ」

 瀧彦はうなずき、そしていつも仕事場に持っていく鞄から真澄のタブレットを取り出した。隆志と真澄から取り上げた携帯やタブレットは、会社に置いていたらしい。こっそりとも持ち出される心配がない場所で保管していたあたり、瀧彦は周到だ。

「いったんお前に返す」

 瀧彦は、向かいに座る真澄に、タブレットを手渡す。

 真澄は、タブレットの電源のボタンを押した。起動画面が映る。

 ――そろそろ、あいつも来る頃合だ。

 ――真澄と打ち合わせたとおりに。

 タブレットを操作する真澄は、落ち着いていた。パスコードを入力する彼女の指の動きはなめらかだ。この先の結果を見通しているみたいに。

 これはもしかして、と隆志が思った時、家の外から門が開けられる音が聞こえてきた。予定どおりだ。隆志の眠気が吹き飛んだ。

「誰か来たのか? こんな時に」

 瀧彦がわずかに顔を歪めた。

「宅配便だろ。俺が対応するよ。真澄はそのまま確認を進めていてくれ」

 隆志は玄関のほうへ向かっていく。真澄と事前に打ち合わせたとおりの行動だった。

 呼び鈴が鳴る。隆志は「はいはーい」とまさに宅配便にでも応じるように言って、玄関のドアを開けた。

 その先には、あの藍葉がいた。

「……来たか。入ったらいい。肝心なところでびびったりすんなよ」

 藍葉に釘を刺す。

「当然です」

 藍葉は、落ち着いていた。入試の結果への自信が垣間見える。

「じゃあ、上がれ」

 藍葉は言われるまま、靴を脱いだ。隆志に連れられるまま、リビングに入る。

 当然、招いていない来客に、瀧彦は大きく目を見開くことになった。

「なんだ君は? 来ないように言ったはずだ。なぜまた来た」 

 瀧彦が動揺して、声を大きくする。藍葉は、じっと瀧彦を見つめている。

「その子を呼んだのは私よ」

 真澄はタブレットを動かしながら言った。

「合格すれば、家から出ていってもらう理由なんてなくなるんだし」

「紙屋、お前はそのままここにいてくれ」

 隆志は、さっきまでの寝ぼけたとは打って変わって、はっきりと言ってのけた。

「はい」

 真澄は、タブレットの操作を続けている。その間に、

「紙屋くんは、試験どうだったの? 広島弥山」

 晩ご飯の献立でも聞くように、平然と聞いてきた。待っていましたとばかりに、藍葉は口元を緩める。

「もちろん合格したよ」

 タブレットを睨みつけている真澄も、口元を緩ませた。

 瀧彦は真顔を保って、藍葉と向き合っている。

「君、合格おめでとう。まさか娘と同じ学校を受けていたとはね。だが、勝手におしゃべりされたら困る。娘は今、大事な時間を迎えているんだ」

「僕も、伝えたいことがあって来たんです。このまま帰るわけにはいきません」

 藍葉が平然と言ってのける。

 よくやった。隆志が軽くガッツポーズを決める。

「伝えたいことだと……」

「入試の結果のページ、開けるよ」

 真澄の声が、瀧彦を遮った。タブレットの画面を見ると、すでにIDとパスワードが入力されていて、真澄の指が、アクセスのボタンをタップするところだった。

 合否結果のページに切り替わる。

『おめでとうございます。合格です』

 タブレットの画面に、その文言が表示される。『合格』の二文字が大きく強調されていた。

 真澄はタブレットから顔を上げると、右手を上げる。藍葉はためらうことなく真澄に近寄り、真澄とハイタッチした。小気味よく乾いた音がリビングに響き渡る。

「合格おめでとう。よかった」

「私も、こんなことが言えて嬉しい。おめでとう」

 二人は互いに叩き合った手を、今度は互いに強く握り合った。

「これで一緒の高校だね」

 真澄は言って、満面の笑みを浮かべる。

「ああ。剣道で今度こそ、大会で活躍するから」

 二人して同じ進路を決めた。もう二人を邪魔するものはない。 

「これはいったい……?」

 娘の合格、それなのに瀧彦は、いい顔をしていなかった。目の前で紙屋藍葉という少年に娘を奪われたことに唖然としている。

「親父、こうなってもまだ邪魔をするつもりか?」

 隆志が、瀧彦を問い詰める。

「こんなことを、認められない。認めるわけには……」

 瀧彦は独り言をつぶやいているが、弱々しかった。

何を言っても、もう真澄と藍葉の関係を断ち切ることができない。二人は付き合っていてもなお、受験という場で結果を出したのだから。

「隆志には、私と紙屋くんを別れさせるように言ったんだってね。でも結局は私の味方になった。お父さんからしてみれば、とんだ背信行為でしょう」

 真澄がさらなる追い打ちを仕掛けた。

 そう。瀧彦にとって、隆志の行為は契約違反だ。

「その違約金についてなんだけど、私が立て替えて払うわ」

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