受験――1

 年が明けた。

 真澄は、赤いレンガ造りの真新しい校舎を目の前にしていた。校門には控えめに私立広島弥山高等学校の文字が並ぶ。

 受験当日。真澄のまわりでも、いろんな中学の制服を着た生徒たちが歩いていた。

 学校の敷地に入り、受付を済ませると、赤いレンガの校舎に立ち入っていく。受験票の記載に従って、真澄の受験会場である教室へと向かっていく。

 指定された教室に入ったところで、真澄はすぐに、その人を見つけた。相手も、すぐに真澄を見つける。

 藍葉は、真澄に手を振った。

「先に来ていたんだ」

 真澄は、藍葉に話しかけた。

「うん」

「今日、その、頑張ろうね」

 我ながらありきたりな言葉を言って、真澄は藍葉の右隣の席に腰かける。

 こんな偶然があるだろうか。藍葉と同じ教室、しかも隣同士で受験だなんて。普段の学校ではクラスが違うこともあって、ここまで近づくことは滅多になかった。

 瀧彦に会うのを禁止された今、一日中藍葉のそばにいるとすれば、久しぶりだ。付き合い始めたばかりの頃のように、ちょっと緊張しそうになる。

 でも二人でこの高校に通うならば、ずっと一緒だ。

 だからこそ、絶対に合格したい。

 合格したら、その後は……

 本当はたくさん藍葉と話したいことがあるけれど、その藍葉は最後の確認とばかりにぼろぼろになった参考書をめくっているところだ。邪魔するのは嫌で、真澄も同じく、内容を完全に頭に叩き込んだぼろぼろの参考書を開けて時間を過ごした。

 問題用紙と解答用紙が配られて、一時間目の試験の開始が合図される。

 科目は社会だ。対策したとおり、最初は基本的な穴埋め問題から始まる。

 始まってみると、緊張はどこかに消えていってしまった。藍葉の隣だからかもしれない。ちょっと難しい問題が出ても、集中できた。真澄は着実に、解答用紙を埋めていく。


 入試の全ての科目が終わるのは、あっという間に感じた。

 日が傾き、周囲では他の受験生が「ムズかったー」とか「受かんないかもー」などという会話をする中で、真澄はそそくさと試験会場の教室を出る。藍葉も一緒だ。

「お疲れ、三滝さん」

 藍葉が、話しかけてきた。

「うん。今日はもうくたくた」

廊下を歩く他の受験生はまだ少ないから、気兼ねなく藍葉と話せる。

 一日ずっと隣にいたのに、話し足りない。このまま川の土手なり公園なりどこか二人きりになれる場所に行って、たくさんおしゃべりをしたいけれど、帰りが遅くなったら瀧彦にどやされる。

「今日は、どうだった? 難しかったりとか……」

 藍葉が、ありきたりな問いをしてくる。でもどこか、遠慮しているように聞こえた。

「私のこと、心配してた?」

 自分の心配をしてほしくなくて、あえて堂々としゃべる。

「おかげさまでよくできたわ。今までにないくらい」

 実際に、手応えはあった。いつぞやの模擬試験のように、躓いたりはしていないはずだ。

「そっか、俺も、いい線いったと思う」

 勉強に関して謙遜しがちな藍葉には、珍しい発言だった。よっぽど自信があるのだろう。

「今頃だけど、クリスマスのあの日、ライン、ありがとうね」

「何度礼を言うつもりだよ?」

「あれ、本当に嬉しかったんだよ」

 合格したら、下の名前で呼び合う。それを励みにして、今までの追い込みをしてきた。

「あの時は、クリスマスでちょっと浮かれていたから」

 真澄は、藍葉の腕をどんと叩いた。

「そうやってはぐらかすー!」

 文句をぶつける。

「三滝さんって、意外とやきもち焼きだね」

「悪い?」

「悪くない」

 二人は互いに見つめ合って、そして軽く笑った。

 落ち着いてくると、真澄は重要なことを確認する。

「合格発表の日、本当に大丈夫? 私の家、本当に来るの?」

「もうそのつもりになっているし、大丈夫だよ」

 合格発表の日、藍葉は真澄の家を訪れることにしている。瀧彦に会う。合格だろうと、どちらかが不合格だろうと関係ない。そこで、今後のことを決める。

 合格発表の日は土曜日で、しかも瀧彦に仕事の予定は入っていないから、必ず対面することになる。ひょっとしたら、藍葉の姿を見るだけで追い返そうとするかもしれない。でも、高校に入学してからも付き合いを続けるのならば必要なことだと、二人で話し合って決めたことだ。

 今日の入試では、やれるだけのことはやった。胸を張って、合格発表の日を迎えられる、はず。

「でも、不安だな」

 真澄はつぶやく。

「やっぱりそう思うか。実は、正直俺も……」

 二人揃って合格しないと意味がない。どちらかが万が一不合格になったら、という不安はつきまとっている。

「俺、もうこの話したくないな。今していても不安になるだけだし」

「そうだね」

 それから二人は、学校の前からバスに乗って、隣同士で揺られている間、無言を保っていた。一日中頭を使って疲れたし、 今さら入試のことを振り返ったところで不安になる一方だ。

 ただ真澄は、隣の藍葉の体温を感じながら、ひたすら祈っていた。

 藍葉とこの先も、ずっとそばにいられるように。

「別々の学校に行くの、嫌だな」

 つい、真澄はつぶやいていた。

「同じだよ」

 藍葉もそうつぶやく。

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