最終話 アフターストーリー
小冬と付き合い始めて二日目の月曜日。
冬休みに入ったため学校は開いていないが、恋人関係になった小冬とはいつでも会うことができる。三学期になってもそれは変わらない。
「今度はここ教えて欲しいなぁ~」
「わかった。でもそんなにくっつくと教えにくいんだけど」
「え~い~じゃん彼女だも~ん」
甘い声を出して俺にくっつく小冬。今は小冬の家で勉強を見ている最中だ。時刻は午後の3時。今日から毎日小冬の専属家庭教師になることが決定した。コタツに並んで座っているのだが、ベタベタしてくるから勉強どころではない。特に俺が。
以前とは違う理由で距離を置いた方がよさそうだ。
「嬉しんだけどちょっと恥ずかしいからさ。今は勉強しよ?」
「じゃあできたらご褒美頂戴ね」
俺の腕に抱き着いたまま動こうとしない。コアラみたいで可愛いが俺の理性が持たないから少しだけ自制して欲しい。今日はずっとこんな調子でアピールが凄いのだ。
付き合ってからの小冬が凄い。
「もしかして誘ってる?」
「そ、そういうのはまだしちゃダメです!」
きっぱりと断られてしまった。イチャイチャはしたいがその先はまだ怖くて踏み出せないという初々しい高校生カップルみたいだ。いや、実際そうなのだが。
「冗談だよ。じゃあ始めようか」
「うんっ。一緒の大学通いたいから頑張る!」
こんなに可愛い彼女ができて俺は幸せだ。
まさかこんなラブコメみたいなことができるとは思わなかったな。
勉強を終えると暗くなってきた。時刻は17時30分。
「そろそろ行こっか」
「行ってらっしゃいのチューする?」
「小冬も一緒に行くでしょ。早く準備して」
「むー」
「もー、さっきもしたでしょ」
そう言いながらも小冬の口を塞ぐ。新婚ごっこみたいで黒歴史になるかもしれないが今が幸せだからそれでいいだろう。糖度100%の甘々生活だ。
「よし、行くよ」
「うんっ」
腕を組んで向かった先は俺たちの勤務先──ファミリーレストランだ。
入店してスタッフオンリーのドアを開けると待ち構えていたようにみんなが寄って来た。
「ご夫婦そろって出勤ですか。これはこれは、お熱いですね」
「きゃー! ウチ眩しくって見られないよー!」
「いいな! いいな! ユキちゃん可愛いです!」
女性陣が俺から小冬を引き離して連れて行ってしまう。今日のガールズトークも盛り上がりそうだ。小冬も恋する乙女の顔して話したそうにしている。
残された俺の肩が叩かれる。
振り向くと黙って頷く小田切さんがいた。
「あ、おはようございます小田切さん。背中押してくれてありがとうございました」
俺が感謝を伝えると一言だけ、
「よくやった」
それだけ残して仕事に戻った。
いやイケメン過ぎるだろ。誰か貰ってあげてくれ。
そんな感じで周りの人たちに祝われてから俺も着替えて仕事に取り掛かる。
もうこの仕事にも慣れたもんだ。今では俺も一人の戦力としてカウントされている。手洗い消毒を済ませると小冬とばったり会った。
「一緒に働くっていいね、小冬」
小夏先輩としてではなく小冬として一緒に働くのは初めてだ。
なんだか緊張する。
「おい」
「……」
おかしい。幻聴が聞こえた。
「返事しなさいよ。聞いてんの?」
「……」
幻聴ではなかった。隣にいる女の子からハッキリそう聞こえる。
「小冬? どうしたの?」
「何よその態度。私、せ・ん・ぱ・いなんだけど」
デジャブか? 状況についていけない。何を言ってるんだこの子は。
俺の彼女がおかしくなっちまった。
「すみません小冬先輩。調子に乗りました」
スカーフを掴まれる前に俺は頭を下げた。何故か小冬が先輩面してくる。
もしかして仕事の時はスイッチ入って人格変わるのか?
「あっ、ごめん嘘だよ。こっちの方が暖くんは好きかなって思って」
顔を上げたらけらけらと悪戯っぽく笑っていた。
目元しか見えないが楽しそうだ。可愛いから許してあげよう。
「いや、俺にそんな趣味はないよ?」
「そうなの? 私は楽しかったけどな。命令するの好きかも」
そんな性癖には目覚めて欲しくないが小冬がご機嫌で何よりだ。
まあ正直、小夏先輩に命令されるのが嫌だったかと聞かれればノーと答える。
「おい二人とも、イチャコラしてないで働いてくれ」
遊んでいると店長に呆れられた。今日は年末ということもありフル動員だ。
「すみません」
「いいよ。それよりこれからも働いてくれるの?」
小冬の目的は俺をここに勧誘して一緒に働くことだった。
付き合うという目標が達成された今、無理に働く必要は無い。
「そのことなんですが、俺はこのまま働きますよ。いや、働かせてください!」
「大歓迎だよ。社畜は多いに越したことない」
その言い方だけは癪だがまあいいだろう。
「俺はってことはユキは辞めるの?」
「はい。受験勉強するので来月いっぱいで辞めようかなって思ってます。でも、合格したらまた働いてもいいですか?」
「もちろん。いつでも待ってるよ」
「ありがとうございます」
店長の返事に小冬が頭を下げる。本当にこの場所があってよかった。
「産休手当つけとく?」
「「いりませんよ!」」
店内に俺たちの声が響き渡った。今日は忙しくなりそうだ。
*
それから一年の月日が流れた。
小冬は無事に合格し、俺と同じ大学に通うことになった。
そして、
「起きて。もう朝だよ?」
「ん、んんんん」
薄っすら目を開けると小冬が横にいた。
「あ、起きた。ご飯できてるよ」
エプロン姿の小冬。お玉を持っておはようのキスをしてくれた。
「おはよ。今日は何?」
俺は小冬の家で一緒に住むことになった。小冬が高校生の内は半同棲みたいな生活をしていたが本格的に同棲することになった。
「今日は頑張ってオムライス作ったよ」
「やった。それは楽しみだ」
小冬のオムライスはあの日以来だ。随分昔に感じる。
「前より上手になってるよ。あーんしてあげる?」
「せっかくだし頼もうかな」
「私にもしてね?」
「わかった。すぐ行く」
顔を洗って着替えを済ませてからリビングに行くと小冬がケチャップにハートマークを書いて待っていてくれた。
「いただきます」
「召し上がれ」
お互いスプーンですくって口に入れ合う。こんな甘々な生活をすることになるとは夢にも思わなかった。一年前の自分に聞かせたら信じられないだろう。
「あ、そういえば今日からまたバイト始めるんだよね?」
「そうだよ。もう暖くんの方が先輩だね」
先輩か。その響きも懐かしい。
「あれ、暖くん? 急に黙ってどうし──んにゃっ!?」
「ごめん、口にケチャップついてたから」
「もう、拭いてくれたらいいのに」
「いやー、綺麗にしてほしいのかと思っ──てっ!?」
「いひひっ、お返し」
俺たちの熱は冷めることを知らない。
小冬は隠さず顔いっぱいに喜色を浮かべて笑ってくれる。
俺はそんな小冬が大好きだ。
俺は過去を乗り越え、小冬と一緒に未来へ歩いている。
その毎日が楽しくて、小冬といると暇な時間が無い。
俺が今感じているこの気持ちは本物だ。
─ 終 ─
最後まで読んで頂きありがとうございました!
年下の先輩は後輩だった 彗星カグヤ @yorukei
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