第五話 ~三日目の事件~

 アルバイト三日目。即戦力なんてあるわけもなく、僕の仕事はファイルの整理。

昨日と同じ、赤井さんの隣で木戸島優勢は、慣れないパソコンと格闘していた。

 今日も赤井さんは可愛い、物憂げで昨日とは別人みたいだけど、可愛い。


「赤井さん?赤井さん。

 なんか今日どうしたの?」

赤井優からの反応が帰って来ない、真っ直ぐ前を見つめたまま、モニターをみているようで、違うようにすら見える。

 僕は別にやましい気持ちはない、赤井さんの肩に触れ、僕の言葉に反応しない理由を確認したかった。赤井さんの肩はちょっと柔らかい、女の子なんだなってあらためて思う。やましい気持ちは無いよ!


「赤井さん、何か今日変だよ。

 体調悪いんじゃない?」


「えっ・・・?

 あ、木戸島さん?

 どうしたの?何かわからないところある?」

赤井優は、まるで今起きたかのような反応を返す。


「赤井さん。

 ちょっとこっち向いて!」


「えっ?」

本当にやましい気持ちは無い。僕は赤井さんの腕を取り、僕と対面するようにして目を合わせた。そして僕の右手を赤井さんのおでこへとつける。僕と変わらない温度が手に伝わる。でも、赤井さんの顔は少し赤いように思えた。


「熱があるってほどじゃないのかな?

 でも赤井さん、なんか今日体調わるそうだよ」


「そうかな?・・・あれ?

 あたし今日、なんでバイトしてるんだっけ?」

赤井優は虚ろな目のまま、僕の言葉に反応を示しているような、いないような。

 僕はもう一度、赤井さんの肩を掴む。今度は両方とも、女の子の肩を掴んで自分の方を向かせるなんて、ちょっと恋人っぽいシーンかも?いやそうじゃなくて!やっぱり調子は悪そうだ、こんなのほっとくわけにはいかない。


「赤井さん、今日変だよ。

 モリガンさんも居たし、今日は早退させてもらおう?

 僕の研修とか大丈夫だからさ」


「そういうわけにはいかないわよ。

 あたしは大丈夫だから」

そう言うと、赤井優はパソコンに向かい作業に戻る。黙々と作業をしている赤井優を見て、僕は一つ出来る事に気がついた。

 パソコンのモニターを見て、マウスを使い、キーを叩く。僕にやれること、モリガンさんに連絡を取る。チャットワーカーのグループ、その中には当然モリガンさんも居る。直接連絡を取って、赤井さんを直に説得してもらう。大好きなお姉ちゃんならきっと説得できるはず。



チャットワーカー右上メニュー⇒グループメンバー⇒モリガンさんを右クリック⇒個人メッセージを送る。

------

10:42

To:モリガン

 モリガンさん。今何処に居ますか?

 実は赤井さんが体調悪そうなんです。

 なんだかずっとぼーっとしてて、早退させようと説得してるんですけど、聞いてもらえないんです。

 モリガンさんからも説得お願いできませんか?

------

10:43

Re:木戸島

 優が?

 おかしいわね、特にあの子からそんな様子無かったんだけど。

 ちょっと待ってて。

------

10:43

Re:モリガン

 わかりました。

 熱とかは無さそうなんですが、話しかけても上の空で、心配なんです。

------

10:49

Re:木戸島

 すぐ行くわ。

 本社よね?

------

10:49

Re:モリガン

 はい、赤井さんは僕が見てますので。

 お願いします。

------





 10分くらいの時間が経っただろうか、その間も赤井さんは黙々と仕事を進め、僕はそんな横顔を注意深く眺めていた。うん!赤井さん本当可愛い!モリガンさんの血筋だって納得出来る、モリガンさんと目元そっくりなんだよな。

 突然荒々しく扉が開かれて、驚いた僕のところへモリガンさんが飛び込んで来る。


「優!木戸島君!

 何があったの?」


「何があった?

 赤井さんが体調悪い感じだったので・・・」


モリガンさんから、焦りが漏れ伝わる。大事な妹?だもんな、やっぱり心配だよね。

橙子とうこもすぐに来るわ。

 その前に、優!」


「お姉ちゃん?

 どうしたの、そんなに慌てて」


「ちょっとこっち向きなさい!」

モリガンさんは、デスクに手を付いて赤井さんに手をかざす。何かを調べているような、探っているように手は動き、時折モリガンさんは顔をしかめる。


「こんな事が出来る奴なんて・・・。

 まさか伯爵自身が出向いた?

 そんな馬鹿な・・・」


「モリガンさん?

 やっぱり赤井さん、何か体調悪かったんですか?」


「違うわ!」

モリガンさんが声を荒げる、こんな姿、想像出来なかった。モリガンさんの焦りが伝わる。


「優には防御魔法をかけているのよ、それが破られてる。

 でも、そこは問題じゃない。

 問題は、破られた事を私が知らなかった事」


「え?」


「多重効果を持った魔法でね、防御魔法に何かあればあたしに通知される。

 それすら無く、魔法が解除されている」


丹念に赤井さんの状態を調べ続けるモリガンさん。赤井さんは、それでもまだ状況を理解していないような顔をしている。

 そうしているうちに、突然扉は開かれて、夏目橙子さんが慌てた様子で駆け込んで来た。

「モリガンさん。

 優ちゃんの状態はどうですか〜?」


「橙子、貴女も見て頂戴。

 USBにデータ化したから、これってどういう事だと思う?」

夏目さんは、USBストレージを受け取りパソコンでそのデータを確認する。

 素早いマウスやキー操作は、僕の理想とする仕事が出来る人物像そのものだった。画面をみると、プログラムのような文字の羅列が並ぶ。


「これどういう事なんでしょうか〜?

 術がほとんど壊れてて、機能してませんね〜。

 ただ、ところどころの記述はドラキュラ術式も見られるけれど〜?」


「あたしの防御魔法の破片と、別の魔法が両方破壊されてて解析不能になってるわ」


「ドラキュラ構文では無いところは、防御魔法みたいですね〜。

 自然的な劣化で、こんなことはありえないですね〜」


「ひとまず、優の体に残ってる魔法毒の浄化が必要だわ。

 ほとんど壊れて機能していないけど・・・。

 橙子。準備をお願い」


「はいはい、ちょっと待ってくださいね〜」


夏目さんは、持ってきていた鞄から何か道具のようなものを取り出していく。

 なんだろうこれ?見覚えがあるな。流線型の形。白い壺のようで、上から煙のようなものがでそう。・・・!というか出た、夏目さんがコンセントにプラグをさしたら煙出た!そして光った!LEDライトであろう緑の光。・・・いやこれどっち!?魔法?LEDライト?コンセントで電力取ってるけど!

「LEDの優しい光。さらに気分を落ち着かせるアロマ機能〜。

 普段は加湿器としても使える、魔法ウイルス除去魔道具〜。

 Wifi対応で除去術式を更新可能!

 常に最新の魔法に対応出来る優れもの〜。

 一家に一台あれば、いつでも有害な魔法を除去できるわあ〜」


通販みたいな紹介をして、夏目さんは加湿器に水を足し。専用トレーにアロマオイルを入れる。

 あ、いい香り。森林の香りだっけ?これ。

「今回は、ドラキュラ製の魔法毒に対応した除去術を入れておいたわ〜」


「橙子・・・。

 あんたまた作ったの・・・?」


「はい〜。

 やっぱり最新技術は取り入れたいじゃないですか〜。

 都会派魔導師には結構売れてますよ〜。

 それに、アダムさんもご自宅で利用しているそうですよ〜」


「・・・。

 じゃあ始めましょうか」

森林浴の香りの中、加湿器でモクモクと煙がたかれている部屋で除去魔法は行われる。

 雰囲気だけは映画やアニメの儀式みたい。なにこれ?

 モリガンさんは魔力を込めているのだろう、LEDで緑色に光る加湿器は発光を強め、緑色の魔法陣が加湿器の上空に出現する。変わらず緑色に光る加湿器の上空、水蒸気の中に緑色の魔法陣。怪しい雰囲気は余計に映画のCGにすら見えてくる。

 至って大真面目で、赤井さんを救うための除去術。ドラキュラ伯爵の魔法毒。多分、グール化させる為の魔法毒。手遅れになれば死んでしまい、ドラキュラの操り人形になる。

 僕に出来ることは、ただそれを黙って見つめている事だった。ゆっくりと、虚ろな赤井さんが昨日の赤井さんに戻っていく。血色の良い、可愛い赤井さん。


「お姉ちゃん?

 あれ・・・?あたし何してたんだっけ」


「優!」

モリガンさんは、赤井さんに覆いかぶさるように抱きしめた。

 赤井さんは、それにしっかり答えるように細い腰へ手を回す。


「うん・・・?

 どうしたの、お姉ちゃん」


魔法陣は消え、除去魔道具は今、アロマが香る加湿器に戻った。

 緑色のLEDライトが点灯して、ちょっとお洒落な壺みたいなものから水蒸気がモクモクと出る。

 有害魔法除去魔道具。複雑な詠唱不要。除去術式搭載型、Wifi通信で術式更新機能付き。Dランク魔導師の魔力で利用可能。普段はアロマ加湿器としても使える優れもの。29,800円(日本価格税込み)

 ネット通販ショップ『ヴァンプちゃん』でお買い求めください!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

株式会社 魔法技術研究所 使徒澤さるふ @shitosawasarufu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ