第1-2話 蒸気漂う駅舎から

 トンネルを抜けると雪が増えるどころか無くなっていた車窓の景色に驚いてしばらく。汽車はようやく目的地の八戸へとたどり着き、大きな蒸気の音と共に開いた客車の乗車口から僕は降り立った。汽車に乗り込んだときに比べて遙かに寒い気温に思わず白い息が出る。少しくすんだ茶色の、いかにも年季の入った逸品とは言え、母さんが持たせてくれた父さんのおさがりのロングコートが無かったらきっと今頃駅舎の真ん中で震えていたかもしれない。


 重い旅行鞄を一度置いて、かじかむ手をコートのポケットに入れて辺りを見回す。客車から降りる人はまばらで、銀緑ぎんりょく或いは深緑ふかみどりの制服がコートの中に見え隠れする人々が思い思いに語らいながら、改札口へ繋がる跨線橋こせんきょうへ歩いて行く。多分軍人さんなんだと思うその人達は色んな色の髪や肌、年齢でまるで統一感がない。それ以外もホームで抱き合い再会を喜んでいたり、きっと友達か仕事仲間なのか握手をしながら話していたりと実際の気温とは真逆の暖かい風景が広がっていた。ただ、その中に僕を待っているはずの人は見当たらない。


 ここに来る前に届いた父さんから来た手紙に書いてあった通りなら、父さんの弟の城生じょうのうおじさんが迎えに来てくれる・・・・・・らしい。ずぼらな父さんでも流石に間違ったことは書かないと思う。もしかすると改札口の先で待っているのかもしれない。充分に温まった手で旅行鞄を持ち直し、僕も木造の少し薄暗い跨線橋を上がる。


 跨線橋は乗ってきた汽車が通ったせいだろうか、その排煙の匂いがしていた。煙たいせいか少しだけ出てくる涙を堪え、息も少しだけ我慢して改札口の方へ下りた。改札では黒橡くろつるばみ色の制服を着た鉄道員がさっきホームで抱き合ったいた人達の切符を回収している。しばらくホームにいたからか混雑はしていない。そしてその向こう側にあるロータリーでは、見慣れない形の車の前で、僕に気付いた白髪交じりで角刈りの恰幅の良いおじさんが手を大きく振っていた。城生おじさんだ。僕は急いで抱き合い家族に続いて改札を通り、おじさんの前で頭を下げた。


「お久しぶりです、城生おじさん」


 顔を上げると、他の軍人さんよりも少し良い身なりの制服を着た城生おじさんは、少し苦笑いをしながら人差し指で頬をかいていた。


「うーん、しばらく見ない間に随分大きくなったもんだ・・・・・・時の流れを感じるね」


「多分もう、5年くらい前ですね」


「ああ、あのお盆が最後か。あれからそんなになるか・・・・・・」


 おじさんが指をかいていた大きな手で僕を撫でる。子供扱いされているようで少しくすぐったい。


「こんなところで立ち話をしていてもなんだ、続きは車の中で話そう。前にいた部署の開発品でね、物珍しいかもしれないが壊れはしないから安心して乗ると良い」


撫でるのに満足したのかその手を離すと、おじさんはそう言って観音開きの扉を開け、運転席へ座る。車は歴史の授業で見たような丸目ライトの特徴的な黒い流線型のデザインがノスタルジーを感じさせる。そのボディーにはさっきまで力強く撫でられたせいでぐちゃくちゃになった髪型の僕が写っている。内心苦笑いをしつつ僕も逆側のドアを開けるとその内装は革と木を使われていて、まさに高級車のようだった。


「荷物は」


「後ろの席に載せなさい」


 高そうな座席に荷物を投げるのに腰が引け、そっと重い旅行鞄を置き沈んでいくクッションに頬を引き攣らせながら、そっと何も見なかったかのように後ろの扉を閉め、僕も助手席に座る。その僕の様子に満足したのかいやにニヤニヤしたおじさんはおもむろに胸ポケットから出した車の鍵を差し込んで回すと、想像していたものとは違う静かな音と揺れで動き出した。それに驚いた僕の顔を見るとさらにおじさんはその顔を意地悪く歪める。イタズラに成功したときみたいなその表情が少し癪に障る。端的に言えば面白くない。


「ガソリン車でも蒸気自動車でも、まして電気自動車でもないまったく新しい乗り物でね。初めて乗ったやつはみんなそんな顔をするんだ」


 つまり僕はおじさんの想像した通りの表情をしていたってことだ。


「確かに静かでびっくりしましたけど・・・・・・おじさん、前にあったときより意地悪じゃないですか?」


 少しムッとして目を細めた僕がそういうと、おじさんはいつもの人当たりのいい笑顔でわらった。


「はは、ごめんごめん。乗ってきた新型の特急はどうだった。快適だったかい」


「とてもよかったです。食堂車がまだ使えなかったのは残念でしたけど」


 それと車掌の車内放送、あれはなんだったんだろう。あんな装置は初めて見た気がする。


「物資不足で計画が遅れているからね、仕方が無い。来年度に『初雁』として正式に運行する頃には食堂車も使えるようになっているだろうから、次に実家へ帰るときにはまた試すといい。お披露目会のときに試食したが美味かったぞ」


「そうします。といっても次いつ帰るかはわかりませんけど」


「もしかすると早苗さんもこっちに来るかもしれないしなぁ。君の両親の若い頃を知ってるかい? それはそれはバカップルでね」


 確かに母さんは実家に残ったけれど、例の手紙を読んでいたときにはいつも以上に会いたそうにしていたし、案外突然引っ越して来るかも知れない。


「それ5年前にも聞きましたよ」


「そうか。定番だからな、仕方ない」


 たわいのない話をしているうちに気付けば車は遮断機のない踏切を越え、降り立った駅の裏側へ向かおうとしていた。人通りは少なく、建物もまばらで道路脇の有刺鉄線の張られた鉄柵が物々しい。


「大きな駅なのに、裏には家やお店すらないんですね」


「一応近くにある馬渕川からこっちは連合の管轄ってことになってるからね、旧青森市やなんかの施設のある街には人がいるんだが、一般の人はあまり縁がないのさ」


「そういうもんですか。父さんはこの柵の中に?」


「いや、俊紀としのりは今調査に出かけていてね。そんなに遅くはならないと言っていたし、大学へ送るからそこで待っているといい」


 ということは、もうしばらく父さんとは会えないんだろう。ただ長く顔を合わせてない父さんと何を話せばいいのかわからないから、少し猶予が出来たと思えば気が楽になるかもしれない。期待と不安が少しだけずつ心の中でくすぶっていた。

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イマジナリー・ディメンション:V 藍田 進 @Aida_shin

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