第6話

 …今日は一段と日差しが強い。日の光で目が上手く開けられない程だ。

 史那は、重い瞼を必死に開き前へ進む。

 …その時、

「!?」

 史那とは反対方向の道から、家主の姿を発見した。

 …何でこんな昼間にこんなところにいるんだ!?

 史那は構えながら、ジリジリと近づく。

「…見つけましたよ…」

 家主は形相を変えて、史那に視線を合わせる。

「え…!?」

 また、別の方向には由雨がいた。

「家主…」

 史那はバッグに手をかける。

『ガチャ』

「…これは、まあ…。手荒い歓迎ですね…」

 家主の方に向けられた史那の手。…その手には、ハンドガンが握られていた。

「…予定よりものすごく速いが、行動実行だ…」

 史那はゆっくりと、家主の方向に近づき、銃口と家主の頭を近づける…。

「家主…。率直に言う。俺達をこの島から出せ…!」

 銃口が家主の頭についた。

「出せって…。そんな勝手な…」

 家主は他人事のように答える。

「勝手…?お前の勝手で俺達はここに来てんだよ!!」

 史那は怒鳴った。史那の声により、ぞろぞろと住民達が集まってくる。

「史那さん…」

 由雨はただ見守るしか出来なかった。

「…ここは、私の財源です。権利は全て、私にあります…」

 家主は淡々と述べる。

「俺達は権利の無い奴隷ってか…!?」

 史那は問う、徐々に頭に血が上って行くのが自分でも解る…。

「そう、奴隷…。貴方達は私の奴隷でしか無い…」

 家主はそう言って、史那の顔を見る。

「…と、貴方、明星ヶ原史那は私に言いました…」

「…!?」

 家主の周りの人間が皆一様に驚きを見せた。

「…本当に記憶が無いみたいですね…。いいですよ…」

 家主は突きつけられた銃をへし折った。

「私が全てお話します…。史那の正体、この島のこと、「狩人」のこと…」


 家主を囲むように住人が円を描いて並んでいる。

「…この島は、元々無人島でした。何も無く、開発されていない大地。…そこにとある二人の人物が上陸しました。…一人は私です…。「人食人種」である私にとって、無人島であるこの島では人が食べられない、『話は違うじゃないか』と私はすぐに抗議しました。…ですが答えは直ぐ返ってきました、『直ぐに俺が調達する…』。私と一緒に無人島に来たのは、『人身商人』だったんです…」

「私達をこの島へ導いた張本人…」

 一人の住民が言う。

「…そう、そして私を無人島に置いていき、商人はまた本土へ向かった。…それから、そう遠くなかったです。…ぞろぞろと、商人に捕まった人間達がこの島に送りこまれてきました。私はその人間達を躊躇無く食らいました。…ある計画のために…」

「計画…?」

 また住民の問いが家主に尋ねられる。

「『少数民族化計画』…無駄に増えすぎている本土の国民の人工を減らそうという計画です…。商人が『人食人種』である私に依頼しました。商人は次々と人間を送り込んで行きました。…ですがある時、商人は一人の少女を私のもとに連れてきました。…「この子で商売するから、お前、面倒を見ててくれ」商人は、私にそう言いました…」

「それって…」

 由雨は反応をした…。

「ええ…。その少女は現在の由雨さんと同じように売春をさせられました…。ある時、私は商人に『なんで少女にあんなことさせるんですか?計画に関係ないですよね!?』と聞きました。…商人は『少し状況が変わった。人を狩るのも金がかかってよ…。でも、これはお前のためだぜ?借金は全額、お前が負担しているんだから…』。その時…、私はこの男に騙されていたことに気付かされた。…なんて間抜けな、なんてダメな奴なんだと、自分を責めた…。計画自体、私を騙すための手段なのではないかと思ったよ…。しかし、次第に商人はその他の仲間を増やし、より効率よく、人間を狩ってきました…。ですが、島移住当初は死刑囚や裏世界の人間等が運ばれて来ていたのに、徐々に普通の人を運び始めて…。私は、また商人に聞きました…『何で、こんな普通の人がこんなに来ているんですか!?島から出してやってください!!』と叫んだ…」

 家主は口が止まった…。

「…って、まあここからはまた後で…。つまり、この島は『少数民族化計画』のための島です。貴方達はその処分対象者…。初期段階は犯罪者が処分対象者だったが、今は皆さんのような只の不幸な人達。…で、この島を統べるのは私ではなく、『人身商人』です。私の家にいる執事達もその商人に雇われた人間達…立場は私より上です…。私もこの島において、囚われの身でしか無かったんですから…」

 そして家主は、史那の方を見た。

「…で、貴方は記憶が無いんですってね…。史那…」

「ああ…。気付いたらあのガラクタの山の上にいた…」

 史那が発言すると、家主は史那のバック、ポケットを物色し始めた…。

「…ん?どうしたんだ…家主…?」

「いえ…いまから種明かしをと思いまして…」

 そしてしばらくすると、家主は何かを見つけた。

「ありました…免許証…」

「免許証がどうしたって言うんだ…」

 史那は良く分からないと、素振りをする。

『ベリベリ』

「…!?」

 家主はカードの表面を剥がし始めた。

「…免許証はフェイクです。…真実は、その下です…」

 家主は表面を剥がし終えて、史那に見せる…。

「…!?」

「…『少数民族化計画総指揮官:明星ヶ原史那』…貴方の正体です…」

「なっ…!?」

 周囲は驚愕した…。途轍もない重い空気が周りから発せられた…。

「全く…。滑稽な話ですよ、史那さん。何、自分の計画を自分で潰そうとしているんですか?」

 家主はゆっくりと史那のもとへ歩み寄る。

「な…なっ…ああ…」

 史那は情けない顔を見せながら、自分に今までの情報が流れてくるのが解った。

「では、話の続きです…。私が叫んだとき、商人は『出せって…そんな勝手な…』と言いました。私は対抗して、『貴方の勝手でこんな罪の無い命を…貴方は世界を害する人間を排除したいって言いましたよね!?』と言った。商人は『…はあ。何を言ってるんだ。ここは俺の財源だ…。何をしようが俺の勝手だ…』と言いました。私は『私は貴方の奴隷だったんですか…?』と最後に聞いた…」

 家主は史那の目の前に立った。

「『そうだ…奴隷だ…。お前は俺の奴隷でしか無い…。奴隷が主人に口を出すな…』そう貴方は仰いました…」

 家主は史那の胸倉を掴んだ。

「ふふふ…。では、何で今貴方がここにいるかお教えしましょう…。貴方は商人をやっていたが、その後ギャンブルに手を出しましてね…、間抜けなことに莫大な借金を作るはめになったんですよ…最初は、由雨さん等で稼いだ金のお陰で借金を返して行きましたが、貴方は学習せず、ギャンブルにのめりこんでいき…。終いには人身商の経営にも影響を及ぼし始めました…。他の従業員は経営難に困り、何か良い案は無いかと、考えました。…そして、一つの案に辿りつきました…」

 家主は掴んでいた胸倉を外した。

「…っげほ、げほ…」

「『…貴方をこの島に送ろう』…と」

 家主は史那を見下し、そう言う。

「もちろん、貴方は承諾しなかった。しかし、沢山の従業員にリンチをされ、気絶させたのち、この島へ送った。…ですから、貴方はリンチされた衝撃で恐らく一部の記憶が消えたんです…」

「そんな…!?」

 史那は驚愕の表情をした。

「…結局、『少数民族化計画』は崩れ去りました。というか、元々無かったんです、そんな計画、史那さん、貴方が自由気ままに暮らすためのただの言い訳に過ぎなかったんです。…数日前、在庫表を見て、その中に貴方がいて、嫌でも解らされました…」

 家主は思い切って史那の頭を蹴った。

「ぐあっ…!」

「…ここの住民は、一人のクズによって人生を狂わされた…!そのクズが、ここの住民を助けて欲しいだあ…?お前が望んだ状況だろうよ!!お前が有意義に暮らせるように、私達は頑張って来たんだよ!!売春させられる女性を見て、私はとても辛かった…!私が狩りをする時に逃げ惑う住人を見て、助けてやりたかった…!だけど、『人食人種』なんだ!嫌でも人間を見るとお腹が空くんだ!!…しかし、貴方の計画を成功させようと私も踏ん切りがついた。…だけど、なんだ?裏を返して見ればそこは私利私欲、自己中心的、強欲なクズが良いように俺達を利用していただけじゃねーか!!自分が住人の立場になった途端、驚くほど良い奴ぶり始めやがって…!」

 家主はまた史那の胸倉を掴む。

「良いことを教えてあげようか…?ここの住人はなぁ…。全員、死亡届が出されていて、証明となる物も全て処分されている…言わば幽霊みたいな存在なんだよ!?…それもこれも、全てお前『明星ヶ原史那』がやった…。お前がやったんだよ!!」

 家主は史那を横にブン投げた。

『ドサッ』

「…もう私は、この島に何の興味もありませんし、何の関与もしたくありません…。ただ、一つだけ、後悔があります…」

 家主は、由雨の方を見た。

「……!……!?」

 由雨は、状況を理解したくないのか、言葉も発さず、その場に座り込んでいた。

「貴女は…、信じてしまったようですね…。このクズの言葉を…」

 家主は目を伏せた。

「由雨さん…これは…なんというか…」

 史那が由雨に話しかける…。

 …なんなの?ということは、私は今まで、史那さんの借金を返すためだけに体を売っていたの…?私の両親を殺したのは、こいつの仲間?…私は今まで、こんな奴の言うことを聞いてたの…?

「…!…!?」

「…由雨さん…。貴女には私の言ったことを信じて欲しかった…」


『…あまり、あの島の住民に気を回すことは推奨しません。…由雨さんにも不利益ですし、住民にも不利益です…』


 …ああ、理解した…。何で今更気付いたんだろう…?私は、他の住民とは違うこいつを見て、勝手に『希望』を重ねていたんだ…。

「由雨さん…?」

 史那が声をかけてくる…。

「神様は理不尽だよね…。こんな奴を生かしておいてるんだから…」

 …もう…、嫌だ…。もう…、誰も信じられない…。

「…もう…、希望なんて無い…」

 …そう、希望なんて無い…あるのは、絶望…。

 …

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 由雨は叫んだ…、目は白目を向き、涙が溢れている…。

「…史那さん。貴方に最後に一つ、良いことを教えます…」

 家主は史那に言う。

「…?」

「『人食人種』は、ある条件が整えば、誰にでもなれるんです…。その条件は…」

 家主は由雨を見た。

「『絶望』です…。人は絶望した時、自らの世界を変えたくなる…それを容易にすることができる行動、『人を食す』です…。由雨さんも、ああなってはもうお終いです…。その他の住人も人食人種になりつつあります…」

 気付いた時には、史那の周りには『人食人種』になり下がった住人がいた。

「史那さん…。今まで貴方が私達にして来たこと…全て綺麗に返しますね…」

 由雨はそう言って、口を大きく開けた。他の住人も続く。

「や…やめてくれ…!悪かった…悪かったから…!!」

 …命乞い…。クズは何処まで行ってもクズか…。

 家主は呆れた表情で史那を見る。

『ガブッ』

 一人が史那の足に噛みついた。

「ギャアアアアアアアア!!」

 史那の叫び声と共に、住人達が史那を食らう…。

 …ああ…、空が青い…。今日は何をしよう…。散歩が良いかな?…ああ、でも歩くための足が無いや…。本を読もうかな?…ああ、でも本を支える手が無いや…。テレビでも見ようかな?…ああ、でも見るための目が無いや…。食べ物を食べようかな?…ああ、何を言っているんだろう…。


「俺が今日の食事じゃないか…」


 その言葉を最後に史那は息を引き取った…。誰も悲しむ者はいない…。

 そして一時して、史那は骨だけになった…。

「…復讐は、終わりましたか?皆さん…」

 住人は家主を見るだけで何も言わない。

「あなたを…食いたい…」

 由雨がそう呟いた。

「確かに、貴方も被害者です…、ですが計画に関与していたのも事実…。敵は完全に抹消しなくてはいけない…」

 由雨は息荒げにそう言う。

「…そうですね、ですが私に一つ、条件が欲しい…」

「何でしょう…?」

「食らうのは由雨さん一人でお願いします…」

 家主はそう言って、頭を下げた。

「…良いでしょう」

『…………』

 ―豪邸。監禁室。

「…ふふふ。ここも懐かしいですね…」

「そうですね…」

 由雨は捨てるように言った。

「私には嫌な記憶しかありませんが…」

「あはっ…。そうかもしれませんね…」

 そして訪れる沈黙…。

「どうぞ…」

 家主は優しい声で由雨に言う。

「…では」

「…ああ、そうだ。もう始まっているところかな?」

 家主はいきなりそう言った。

「…何が…?」

 由雨は尋ねる。

 すると家主は目の前のモニターを付けた。

「……!?」

 …そこには、住人達が争い、食らっている映像が流れていた…。

「…由雨さんも、あの中に入るんです。恐らく、誰も生き残りません…」

「え…!?」

 由雨は驚いた表情をした。

「この島はまた無人島に戻る…。そう言うことです…」

「家主…。まさか知ってて…?」

「いいから食ってくれ…もう俺は生きたくない…。だけど、あいつらに食われたくないんだ…」

 家主の悲痛な叫びが響く…。

「何で、私はいいんですか…?」

 由雨は問う。

「…似た境遇にいる人間だから…かな…」

 家主はそれだけ言って、喋らなくなった…。

 …もう時間なのか…。

 由雨も決心して、家主を食べ始めた…。

 …ああ、お母さん。もうすぐそっちの世界に行けるよ…。そっちの世界は楽しいかな?そっちの世界にはあの山みたいに綺麗な石見つかるかな?


…お母さん、私は…貴女と同じ世界に逝けますか…。

 由雨は家主に致命傷を与え、家主は息を引き取った。

 そして由雨は家主を食らい終わった。

「…ふう…」

 一息をつく。

 …これからどうしよう…。あの戦場に行く?…どうせ、生きて帰る見込みが無いんじゃないか?…もう、私には希望は無い…。あるのは、絶望、狂気、人食い願望…。

「………」

 由雨は、自分の腕を見る。

 由雨は、自分の腕を食らった。

 …史那、家主と自分が憎い順に食らって行った…。なら次は自分だ…こんな人生を選んだ自分が憎い…あの時、死ねばよかったんだ…。

 気付けば腕に肉が無くなった、痛みなんてもう無い、何も怖いものは無い、むしろ生きているのが怖い…。

「早く…死んでちょうだい…」

 由雨は腹部を近くのナイフで切り開き、内臓を食らった…。徐々に意識は薄れる…。

「…あ…」

 気付いた時には心臓が目の前にあった。

 …これに食らいつけば…、死ねる…。

『フニュリ』

 心臓が口に入った瞬間、私の世界は終わった…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

狂り 長谷河 沙夜歌 @sayaka_hasegawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ