第12話 ファーストライト
「Because,here is Tono・・・・・・ってかい」
帰路、車の中で、小夜がため息混じりにつぶやいた。
「負けたわ。あの坊主」
「はあ」。北条もうなずいた。
小夜は、自分の反応が、あの住職(おやじ)のツボだったのかと思うと悔しくて仕方がなかった。
(シッポは丸見えだったのにっ)
やがて、身体がぷるぷると震え出し、そして、半笑いにむりやり怒気を詰め込んだような声で、とうとう小夜が噴火した。
「あの大ダヌキーっ! いっちばん初めに気付いたクセにっ! あのもったいぶるような話し方と、あの計算したような話しの組み立てと間合いと、ときどき見せるドヤ顔と、『あっ、それ、今度、檀家さんたちの前でお話しするときのネタに使わせていただきまーす。かっこワラ ※(笑)』みたいなあの顔! ――すっげぇムカつくんだけどっ!」
北条が噴きだした。小夜はもう爆笑している。
愛も、両手で口を押さえ、笑いが止まらなくなっていた。
車は丘を下り、田んぼの中に飛び出した。
田植え間近の水張り田んぼのなかに、早池峰山の残雪の影が浮かんでいる。
土淵の交差点を左折して車が西を向いた。夕日の色を兆しつつある太陽が、三人の顔を真っ正面から照らした。
フロントガラスの奥で、三人はまだ笑っていた。
小夜も、北条も、愛も、目に涙を浮かべて爆笑していた。
愛は、小夜が東京まで自分の車に乗せて帰るという。
ふたりは、釜石の実家へ帰る北条を遠野駅で見送った。
三人が遠野駅のプラットホームに立っている。
遅い午後の光が降り散る空を、ツバメたちが忙しそうに飛び交っていた。
「常世の国」からやって来た、長寿や富貴や恋愛をもたらす春の神様、ツバメ――。
下り列車が近付いてきたとき、北条の右手が愛の頭を「ぽんっ」とたたいた。
「お前もこれから、何度も釜石線に乗ることになるナ」
愛の頭の上にのった手は、少しの間、そこにとどまり、そして、ちょっとだけ乱暴な、でも、やさしい力で愛の頭を揺さぶった。
愛は、初めて北条の手の大きさを知った気がした。
小夜は黙ってふたりを見ている。
「先輩、昨夜のことですけれど・・・・・・」
愛がうつむいたまま北条に話しかけた。
「ん? あっ、いや、だからなにもしてねえって」
「そうじゃなくて!」
愛が顔をあげ、北条の右腕を両手で掴んだ。
「ドヴォルザークの『新世界交響楽』に賢治さんが詞を付けたっていう歌・・・・・・。私、途中で寝ちゃいました。だから――」
愛の目が精一杯に放った光が、北条の瞳を貫いた。その光は、同じ強さで愛にはね返ってきて、愛の瞳に小さな星を宿した。――ファーストライトの光のように。
「さと先輩! きっとまた聞かせてくださいっ」
「おう」
愛が、心の中でつぶやいた。
(なるさん。私も〝さとさん〟に会えました)
――どんど晴れ
first light ふじさわ とみや @tomiya_fujisawa0363
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