第19話 見据えたその先

白光に包まれた長い廊下を、ラーマとスレイマン、2人を乗せた担架が走る。

解放軍の根城たる廃都市テヘランの西部に設けられた、重傷者用の集中治療施設。


周辺都市にて陽動に当たっていた別働隊も続々と帰還し、通常の治療施設はすでに溢れかえっているのだ。


うすぼんやりと意識を包む、霧のような。

白昼夢のような、麻酔に浸された意識の中。


「出血多量、バイタル不安定です!輸血急いで!」


「分かってる、A型の血液あるだけ持ってこい!残ってるやつで団長の腕の治療を!……クッソ、火傷が深すぎてどうにもならねえ…!」


「…何をどうしたら、こんな風に腕が焼き切れるんだ……!!…あ。…ラーマさん、気がつきましたか!」


メディカルチームの主任が発した言葉から察するに、あの後すぐに気絶してしまっていたのだろう。


ちらりと盗み見た壁の時計は、ちょうど三時を示していた。スレイマンとメフメトを抱えたラーマが、命からがらセヴァストーポリを脱出してからちょうど半日が経過していた。


「団長もこんな状態ですし、いったい何が……ザザさんは一緒じゃなかったんですか!?」


早口で捲し立てる主任のその一言が、半ば眠っていたラーマの意識は覚醒へと向かう。


そうだ。


俺たちは。




「……ザザは奪われた。団長も戦闘不能。…セヴァストーポリ要塞攻略作戦は、失敗した……」




薄明かりが照らす、夜の大会議室の室内で。

セヴァストーポリ要塞攻略失敗の旨と、その詳細が伝えられると。


「…以上で報告は終わりです。……本当に、申し訳ございません」


そう言って、幹部用に設置された深紅の椅子に深々と座り込むラーマの目元は、ひどく疲れ切っている。

メフメトは、バーブルの仮面舞踏の副次効果によって、ザザが奪われてからの状況を覚えていなかったのだ。


そうなると必然的に、状況をよく知っているラーマが、治療を抜け出してここに来る必要があった。


「失敗……単なる失敗ならいい!だが、こちらは貴重な幹部クラスを敵に奪われ!そしてあのスレイマンが片腕を失ったんだぞ!!」


そう叫ぶのは、コバルトブルーを基調とした迷彩柄の軍服を纏った屈強な男。

現在進行形でコーサラ国の侵略を受けている、隣国マガダ国の南方軍師団長。名は、リュウキ=ケネー。


セヴァストーポリ要塞が陥落していたなら、それと同時に全軍を以ってコーサラ国に進撃する手筈だった、国際連合軍の総指揮官でもある。


東方の血が強い彼の顔には、ハッキリと焦燥が浮かぶ。


その言葉に、何がしかを返せるものは1人としていない。


その場にいる誰もが、此度の作戦、それにより解放軍の被った大損害に頭を悩ませている——はずだった。


この男、ただ1人を除いて。


「師団長、これはチャンスです。それも、途方もないチャンスです」


モハメド=アフマド。

解放軍の副団長であり、元は七十二柱六雄の”第三柱”に籍を置いた英傑。


そんな彼の言葉に、怪訝そうに眉をひそめつつリュウキは言う。


「……どういうことだ、アフマド。これ以上、我々に打てる手があると?」


「ええ。…それも、かなり大きな手です。それこそ、成功すれば戦局がひっくり返るほどの」


瑠璃色の髪をしゃらりと靡かせてそう言い放つ彼は、さながら天使のようで。

しかしてそれに見惚れている余裕もなく、一層顔をしかめたリュウキの問いに。


いつもの適当さなど欠片もない、凛とした、いっそ傍若無人ですらある態度でアフマドは応える。


ここからでも。


解放軍の擁する最大戦力である幹部、その中でも汎用性が高く実力上位であったザザを文字通りに奪われ、リーダーとして皆を纏めるスレイマンは生死の境を彷徨っている。


そんな絶望的な状況を、切り開く道があると。


「バーブルの能力は、単騎ではそこまで脅威にはなり得ません。ですから、奴は今全力を以ってザザの支配を完成させようとしているはず。……我々は、その隙を突き」


そう言ってアフマドは、アメ色の机に開かれた、コーサラ国全体の地図へと指をなぞらせる。


彼の白くほっそりとした指が示したのは、セヴァストーポリ要塞の、さらに北西。


現在、”マガダ国軍と国際義勇軍が潜伏している”、北の巨峰・天山山脈。


「まさか」


そう零したのは、誰だったか。


眼前のリュウキか、或いは呆けた顔でアフマドを見つめる、ラーマだったかもしれない。


しかし確実に、その声には。


希望が。


一度は捨ててしまった、彼らの切り開くべき未来を見据える、そんな期待が混じっていた。


「まずは、マガダ国軍と国際義勇軍の両軍を誘引。セヴァストーポリに対して、総攻撃を掛けて一気に突破そして——」


そして。


すうっと、彼の指先が最後に示した場所は。




「勢いを殺すことなく、我がコーサラ国の王都へと侵攻。……ブソクテンと、”第一柱”を殺害し…この戦いに、終止符を打ちます」






ここから、物語はさらに加速する。

第二章、まもなく終幕。


衝撃、近し。


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死が、首と胴を別つまで 鳶谷メンマ@バーチャルライター @Menmadayo

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