フィルムの時代 彼らの時代

土蛇 尚

まだ見ぬ大陸

 時は帝国時代。

 世界の国々は産業革命を成し遂げ、その工業力を飛躍的に向上させた。国土を覆う工場とそれらが吐き出す生産力は骨と筋肉に、都市と生産地を繋ぐ鉄道は太い血管となり国家は強靭な肉体を手に入れた。それらの国は『帝国』と名乗るようになった。そして力を外へと向ける様になる。まるで若い男が持て余した力を奮うかの如く、その工業力によって築いた『軍事力』を持って他の国々へと挑む時代がきた。時は帝国時代、大国同士の戦争の時代だ。

 

 それでも若者の在り方は変わらない。学び、遊び、全力で生きる。これは彼らの物語。


 帝都は戦勝パレードに湧いていた。産業化で遅れをとっていた日乃本帝国は無謀にも北方帝国へ宣戦を布告、そして艦隊決戦によって奇跡的に勝利した。日乃本国民は、戦時国債の配当と北方帝国からの賠償金で、建国以来の富を手に入れた。その恩恵を受けるのは大人たちだけではない。


 日乃本から遠く離れた大陸の国『ブリタニア帝国』広大な国土に豊かな資源、それに支えられた圧倒的な経済力と軍事力。その地に修学旅行を選んだ学校があった。莫大な旅費は北方帝国の賠償金から出てると噂されている。


「今でも信じられない、俺たちブリタニアにいるんだぜ。どんだけ金がかかってんだ」


 ブリタニア最大の港湾都市サンフローレンに降り立った修学旅行生達。鉄と煉瓦の国、地震のないこの国の建物は高く、そして大きい。大きいのは建物だけではない。人も大きい。港に降りただけで、視界に入る全てに驚き衝撃を受け感動している。そんな学生達に引率の担任が声を張り上げて言う。かなり若い先生だ。


「全員集合!これより学校から、修学旅行に合わせて備品を配布する!準備する間に『旅の栞』と『説明書』を配布するから読め」


 配られたのは帰りに集合する場所と日時だけが書かれた『旅の栞』とで書かれた『カメラの説明書』と『自動車のマニュアル』だった。生徒達はさっきまで騒ぎようが嘘みたいに集中して熟読する。厚さにして5cmの書類を10分ほどで頭に叩き込む。適当な学校が行けるわけじゃない。彼らは選ばれた生徒達だ。


「おい、これネクサス社の最新型フィルムカメラの説明書だぞ。国産品とは比べものにはならん。性能も値段も。こいつを俺らに配るのか」


「こっちはローレンスの全地形踏破トラックのマニュアルだ。無線機まで積んでる。日乃陸軍よりも良い装備じゃないか」


 生徒たちが目を通しているうちに10台のトラックが彼らの前に止まった。


「君たちにはこの自動車とカメラを与える。費用は賠償金から出ているから勝利した我が軍に感謝して使え。帰国予定以外は完全に自由。好きに行動しろ。金を受け取った班から行け。以上だ」


 学生達は次々に車に乗り込んで、各地へと出発して行った。どこまでも続く真っ直ぐな道路。日乃本では滅多に見ることがない車が、当たり前の様に走っている。鉄道は広い国土に網のように発達していて、途中からは列車を使った班もいた。ある班は大金を払って飛行機に乗ったらしい。彼らは沢山の事を経験し沢山のものをカメラで撮った。そうして修学旅行はおわった。


 日乃本へと帰る船の中、学生達はまだブリタニアでの旅の余韻に浸っていた。今は他の班の連中と撮った写真を見せあってる。


「俺たちは運河を観に行ってきたぞ。工業地帯に運ぶ石炭を積んだ船が沢山あった。まぁそんな事はどうでもいい。このデカさを観てくれ」


 その輪にいる1人の学生がその楽しい会話に水をさす。秋元と言う学生だ。少し周りと雰囲気が違う。

「船なんか観て面白いか?俺は劇場に行ってきた。とても良かったよ」


 そんな言い方をするものだから、言われた方だって熱くなる。何が劇場だ。

「劇なんて観てどうすんだよ。あぁ飛行場もいったぞ。乗ったんだ。この国は真っ平らだ。山がない。素晴らしい経験だった。これが俺たちが乗った飛行機だ」


「ガキみたいに騒ぎやがって。飛行機だ?もっと文化に触れろよ。ブリタニア大学の図書館に行ってきたぞ。素晴らしい蔵書ばかりだった」


「秋元さ、お前さっきからなんだよ。鉄道も橋も金融街も低俗だ世俗的だって。俺たちはそれを観てきたんだよ。良いじゃねーか。どれもよく撮れてる」


「あぁよく撮れてるな。よ。すまなかった」


 どの写真もブリタニアの様々な場所を綺麗に撮っていた。秋元は写真の鑑賞会から離れて船室に行く。行くのは自分の部屋ではない。


『コンコン!』船らしい丸い小窓のついた扉をノックする。


「すいません。秋元です」


「秋元か。入れ」


 その船室は学生達の担任の部屋だった。机にはカメラのフィルムが積まれている。生徒と違って1人部屋だ。電話もある。


「兄さん、少しいい?」


「学校では先生と呼べといっただろ。いきなりなんだ」


「なんだって。みんな無邪気に色々な場所に行って、沢山の写真を撮っていたよ。その机にあるフィルムがそうだよな」


「ああ、良い事だろ。戦争に勝ってその賠償金で若者達に旅をさせる。経験を積ませる。これほど良い国策はない」


 秋本は担任に、兄に詰め寄る。

「俺が気がついてないとでも思ってるのか?どう考えたっておかしいだろ。戦争で得た賠償金は次の戦争に使うもんだ。それが修学旅行の費用になるだって?おかしいだろ。なぁ特務少尉さんよ」


「何が言いたい。早く言え」

 兄の声はとても冷たい。それは教員の持つものではなかった。



「スパイ」


「俺たちは修学旅行生じゃない。俺たちはこの国にスパイ活動をしに行ったんだ。みんな自覚もなく、ブリタニアの国力と軍事力の情報を無邪気に集めてたよ。あの大国と戦争する気なのか?日乃本は滅びるぞ」


「お前は俗物のようでその実とても鋭いな。聞かなかった事にしてやる。だがはそのつもりだ。このアイデアを出したら即採用されたよ」


「俺が集めた新聞とパンフレットと本は読んだか?絶対に負けるぞ。勝てない。スパイ活動なんてのは軍に忍びこんで機密資料を奪取するとか、敵国の大臣を懐柔するとか、そんなんじゃないだろ。公表された情報を地道に多く広く集めるのがスパイ活動だ。兄さんはそれを修学旅行だって俺たちにやらせたんだな」


「さすが俺の弟だな。そうだ。だがもう終わった。さっき本部に送り終わった。俺を恨むか?」


 何年も連絡がなかった兄が担任として学校に来た時にはとても嬉しかった。しかし小さな違和感がやがて大きな疑いに変わった。それは間違っていなかった。

兄は日乃本陸軍の情報機関の特務少尉だった。別名ハンドラー猟犬を統べる者、自らは直接行動せずに協力者を使ってスパイ活動する事からそう呼ばれた。


「クソが、最低だ」

秋本はドアを乱暴に蹴り上げて兄の部屋から出て行った。兄弟の決別。


「……すまん。でも俺じゃ止めれなかった。ブリタニアには負ける。だけどお前達には生きて終わった後の時代を担ってほしい。ぼろぼろになった日乃本をお前達が復興されるんだ。その為にこの旅はきっと役立つ、ごめんよ。お兄ちゃんはお前を守れなかった」

部屋でただ誰に聞かれることもない懺悔を口にした。


 それから2年後、日乃本帝国はブリタニア帝国に宣戦を布告した。

『各情報から考慮するに勝利は絶望的、開戦すれば我が国は惨敗する』との報告は無視された。


 帝国図書館にはタイトルのない写真アルバムが所蔵されている。貸出記録も所蔵記録もそのアルバムにはない。


 紫外線を当てると表紙にタイトルが浮かび上がる。


『ブリタニア修学旅行記録・編纂 秋元』

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