彼の重み
完全に覆いかぶさる形で、廊下に押し倒されてしまった。
え?近すぎますって!
当たってる!私のそこそこ(自己評価では)の胸が当たってる!
それだけじゃない!
彼の熱い吐息が耳元を掠め、制服の白シャツからは、一日来ていたはずなのに、柔軟剤の甘い香りが漂っている。
耳と目からアブナイ薬を吸引しているようで、身体がだんだんと熱くなっていく。
今すぐここを離れないと、私まで気を失ってしまいそうだ。
私は早くここを出たいという想いを腕に集中させて力いっぱい押し上げた。
「あれ、案外軽い?」
私の想像が重すぎたのか、彼が軽すぎたのかわからないが、私が脱出できるほどの空間ぐらいは、簡単に持ち上げることができた。
なんだか拍子抜けで、さっきまで焦っていた自分が馬鹿らしいほど冷静になり、
呼吸をするたびに、火照った身体から熱が吐き出される。
すると、こんな考えが私の脳に浮かび上がった。
私を救ってくれたのはこんなにも軽い、高校生で。
これから私を守ってくれる人は、大人に比べればちっぽけな子供に過ぎないただの男の子なんだな。
一人の高校生としてつまらない日常を浪費していく。彼は、そんな普通を過ごすことすらできないのだろうか......と。
私は、床に突っ伏した彼を見た。
「とりあえず、運ぶか」
冷静になってからは早かった。
彼をリビングに引きずり込んでから、勝手に家を物色させてもらい看病に必要そうなものを探し回り、その結果、体温計と氷枕。それから掛布団などがそろう。
彼にそれらを与えて、キッチンに向かう。
すると、完成していない豚汁や、丁寧に切り分けられた野菜たちが取り残されてしまっていた。
とりあえず、作りかけだった豚汁などは自己流だが完成させ、お皿に小分けして冷蔵庫に詰め込み、その後、彼が炊いたであろうお米を炊飯器から取り出して、あるものを作った。
「成上くん?体調どう?」
私は、彼の肩を優しく振動させた。
「いくら病人といえど、胃の中に何も入れないのはダメよ」
揺さぶり続けていると、んん......という唸り声が聞こえる。
「しんどいかもしれないけれど、少し頑張って」
「んぁ......母さん.........って痛い痛い痛い!お前!なにすんだ!」
「私は君の母さんじゃないし、私は君の腕に軽ーー-く触れただけだけど?」
「げぇ」
「なんで君がそんな嫌そうな顔するの。私がしたいぐらいよ。はぁ............」
わざとらしくため息をつき...
「腕、見せて」
「............嫌だ」
「君が倒れている間にもう見たけどね」
「..................」
彼の右腕はひどく腫れあがっており、青紫色に変色していた。
見ているだけで痛々しく、こっちまで痛んできそうなほどだ。
「それ、内出血で済んでないと思う。最低でも骨にひびが入ってる」
彼は依然として沈黙を貫いている。
「............今朝、バットで殴られた時だよね」
彼は驚いた顔でこっちを見た。
「「あ」」
彼の視線が急にこっちに向けられたせいで、目があってしまった。
♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠ ♠
『ごめんね............』
今にも消え入りそうな声が、脳内で反芻した。
心を読む能力を持っている俺。なぜか、同じ能力を持った女の子と同棲することになった 下冬ゆ〜だい @Yudai1212
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