ハプニング②
再び、灼熱のサウナに戻った私は、やっぱり湯舟に浸かることは無く、適当に体全体を洗い流し、サウナを出た。
あ、下着の替えがない......
完全に下着の存在が頭から抜け落ちていた。
替えの衣服は用意してもらったものの、全て男物。
あのお姉さんの服があるんじゃ、なんて期待してたけど現実はそう甘くない。
「はぁ............」
私はため息をつきながら、今日一日はいていた下着を再び身に着ける。
うぅ......なんか気持ち悪い。ちょっと汗で湿ってるし......
とりあえず、必要なものを買いに行かなければ...
私は、汗ばんだ下着とぶかぶかのジャージを身に着けて、リビングに向かった。
「ちょっと、コンビニ行ってくるけど、何か必要なものある?」
一日中、同じ下着を身に着けているということが、恥ずかしくなった私は、彼に体を見せないように、廊下とリビングを繋ぐ扉から、キッチンに向かって叫んだ。
「............成上くん?」
おかしい。
私は、なぜか抜き足でキッチンに向かう。
キッチンからは、何かをグツグツと煮込む音だけが聞こえてくる。
料理に真剣になってるだけ......?
恐恐とキッチンに足を踏み入れると……
「成上くん……!?」
そこには、白目で泡をふいて倒れている彼の姿があった。
「大丈夫?成上くん.........」
彼の赤く腫れあがった頬を横目に肩を軽く揺さぶる。
「………………」
「ねぇ.........ねぇってば!............返事してよ!」
「………………」
悲痛な叫びは、彼に届くことなくキッチンに響いた後、消えていった。
視界が白く染まり、彼の優しい顔が見えなくなっていく……
「………………」
「………………」
ビンタで人を殺めてしまった。
まずい!まずい!まずい!どうしよう!私が人殺しなんて!
サングラスの大男の前に、お巡りさんに捕まっちゃう!
ってそんなの言ってる場合じゃない!
……いや、幸いなことに犯行現場にいるのは私一人!
隠蔽するしかない!
というか、彼が襲ってきたことにすればいい!そしたら正当防衛で......
私って天才!?
「何......バカなこと言ってんだ......」
声の方を見ると、先ほどの白目男がしっかりと黒目に戻っていた。
しかし、天井を見上げるその眼にいつものような力強さはなかった。
「大丈夫?」
私は、いつもより声を一オクターブほど高くして尋ねた。
「俺は己のために、人を変態レイプ魔に仕立て上げるお前の頭が心配だ」
「……何のこと?」
「サングラスの大男の前に、お巡りさんに捕まっちゃう!」
「............」
咳払いをして、声のトーンを普段のものに戻す。
「結構、最初の方から聞いてたのね」
「すげぇ、変わりようだな」
「そんなことは、どうでもいいの。それで、ほんとに大丈夫なの?」
「…………」
「何黙ってるのよ!自分の体の事でしょ!正直、大丈夫には見えないけど」
「…………大丈夫だ」
「なんで嘘つくの」
私の推測は正しかった。
彼の頬が赤く染まっているのは、ビンタのせいだけではなかったのだ。
「ご飯の事はいいから、自分の部屋で寝てて!
私、コンビニにポカリとか冷えピタとか買ってくるから。」
そう言い残し、リビングを出ようとしたその時。
肩に、ずっしりとした重みを感じた。
「ダメだ......お前を一人にはできない......」
振り返ると、ほとんど目を閉じた彼が、私の肩に手を添えていた。
「ちょっと、近くのコンビニいってくるだけだって」
私は彼の手を取り、そっと肩から離した。
「じゃあ、行ってくるから。大人しく寝ててよね」
彼に背を向け、今度こそリビングを出ようとすると......
後ろから彼の手が回される。
!?!?!?!?
「ちょっと!成上くん?さすがにそれは」
背中に彼の厚い胸板が当たっているのが分かる。
完全に密着状態なんですけど!!!!
こんなのもう、バックハグじゃない!
「ダメだ!頼むから、俺のそばにいてくれ!」
「っっっっ!」
彼の熱い告白が耳もとで叫ばれる。
爆速でビートを刻む心臓。
鼓動の音が、彼に聞こえてしまいそうだ。
「分かった!今日はどこにも行かないから!もう離して!」
羞恥で満たされ、我慢できなくなった私は、思わず彼の手を振り払う。
「分かってくれたならいいんだ......」
彼は覇気のない声でそう答えた。
と思うと、力尽きたようにバタリと廊下に倒れこんだ。
しかも、私を巻き込んで。
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