第5話忘れられないあの想い出

 ***


『珍しいですね......今どきそういうことに興味がある高校生が居るとは思いませんでした』


 川のせせらぎのような心地よい声が背後から聞こえ、振り向いた俺は驚いた。


 危うく、手にしていたデジタルカメラを落としそうになった。

 それもそのはず、視線のさきに佇んでいた人物が──安住氷依だったのだから。

 背後に両腕を回し、両手を組む姿勢で微笑を浮かべていた彼女に驚きを隠せない。

 声を掛けたことも掛けられたことだって一度たりともない彼女なのだから。


『珍しい、かな......?写真を撮ってるのって......クラスでは聞かない趣味ではあるけど』

『そうでしょ......だから、珍しいの』

『はあ......』

 会話が続かず、二人の間に沈黙が生まれた。


 ──10分が経過し、彼女が沈黙を破り、何やら言葉を発した。

『......せて』

『えっ?』

『撮ってた写真を見せてって言ったの』

『あっあぁ......はい、どうぞ』

 彼女にデジタルカメラを渡し、さきほど撮っていた何枚かを見せた。


 ピッピッピっと、電子音が鳴り続けた。ある時唐突に『......きなの?』と一人言のような声量で呟いた彼女に視線が向いた俺。


『......』

『黙らないでよ。訊いてるの』

『一人言なのかと。何て言ったの、さっき?』

『っ!コスプレに興味があるかって訊いたの。あるの?ないの?』

『なんでそんなことを──』

『答えて。早く』

『えぇっと......それはぁ~です、ねぇ~っとぉ......あ、ありまぁ......あります』

『ごめ、んなさい。カメラ、ありがとう』

 デジタルカメラを返した彼女は、校舎の方に歩きだした。


 ***


 彼女の姿が消えた場面で、目が覚め、上体を起こした俺は枕元に置かれたスマホを手に取り、日時と時刻を確認した。


 ふぅ、と深い息を吐き、安堵した。


 記憶の奥の奥に追いやっていたが呼び起こされた。


 彼女が去り際に浮かべた表情は確か──だった。


 平穏な高校生活を送るには、誰にも知られたくない秘密を彼女だけが知る。






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保健室に入り浸る恥ずかし姫な彼女に好かれる 闇野ゆかい @kouyann

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