第4話幾分かマシな奴

 午後の授業に出席するため、彼女を保健室に残し、保健室を後にした俺。

 俺は念願だった彼女との接触、会話が出来た。

 見掛けなくなる以前までは安住が一人で席に座っている姿をよく見掛けていた。他人と関わる彼女を見掛けることがないほど、一人でいた。

 話し掛け辛さがあり、中々彼女に話し掛けることが出来ずにモヤモヤしたものが胸の内を占めていた。

 彼女の声ですら、まともに聴けたのは先ほどくらいなものだ。入学式後のクラスで行われた自己紹介時や授業で教師に指名され、問に答えた時にちらっと彼女の声を聞いたくらいの認識だ。

 彼女は謎に包まれた存在ひとだ。

 特筆するなら、読書と音楽鑑賞が趣味という女子生徒だということだ。どのようなジャンルを好むのだとかは不明瞭だ。


 不躾かとは思ったが、訊かずにはいられなかった疑問を彼女に訊ねると、『笑わないなら』と念を押されたので首肯するとぽつりぽつりと話してくれた。

 笑えないものだった。


 


 ──過去むかし自身おれでさえ否定することになるのだから。


 彼女に比べれば、俺は幾分かマシだ。

 そんな俺から彼女に掛ける言葉は現在いまの俺にはない。


 彼女──安住氷依を更に絶望へと歩ませてしまうだろうから。


 ──だから俺は、彼女に。



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