第9話 女の意地

 翌朝学校に行くと、未来、亮太、健吾の三人は俺を待ち構えていた。


「忍、自治会の呼び出しって何だったの?」

「ああ、俺と薫に犯人捜しに協力するようにっていう要請だった」

 俺が未来の質問に正直に答えると、真っ先に反応したのが健吾だった。


「そうか、自治会は自分たちの手で、犯人を見つけるつもりなんだな。分かった。俺も忍に協力するよ」

「いや待って、これってそんな簡単な問題じゃないから」

 俺は必死になって健吾にブレーキをかける。


「そうよ。健吾は先走りすぎ。まだ忍の話の途中じゃない」

 未来が珍しく怖い顔で健吾を窘める。

 さすがの健吾も未来には弱いのか、黙って俺の顔を見る。


「それで、忍は自治会の要請を受けたの?」

 今日の未来はなんだかいつもと違って、妙な迫力がある。

「ああ、一応受けざるを得ないって感じで……」

 未来に比べて俺の言葉はなんとも歯切れが悪い。


「どうして、昨日健吾には危ないって言って止めたじゃない」

「まあ、そうなんだけど」

 なんか未来はイライラしていて、俺は押されっぱなしだ。


「九条さんはどうしたの?」

「やるって」

「じゃあ忍は、これから九条さんと一緒に行動を共にするの?」

「まあ、そんな感じになるかな」

「そんなの許さない!」

「へっ?」


 今日の未来の言動はホントに意味不明だ。

 その台詞って、彼氏が他の女と一緒に何かするのがいやだって、彼女が言うものじゃないですか。

 未来は俺の彼女なの?

 いやいや、それはない。

 いくら俺でもそれは無理があると思う。


「許さないって、どういう意味?」

 俺たちの会話に急遽薫が参戦してきた。

 しかも、なぜか俺の真横に立つ。

 昨日から薫の俺に対する距離が妙に近い。


「私たちの会話に関係ないあなたが、横から入って来ないでよ」

「関係ないことはないわ。だって、あなたたちが話していることって、私と忍の話でしょう」


 ひぇー。


 いつの間にか呼び方が忍に成っている。

 昨日手を握ってから、薫との間の心的な距離が一挙に縮まった感じだ。

 考えてみれば、女の子の手をあんなにしっかり握ったのは、小学校のフォークダンス以来のような気がする。


「忍は私たちより九条さんの方がいいの?」

 未来は目に涙を溜めている。

 それを見ても薫は一歩も引く様子はない。

 もしかして、俺を二人の女性が取り合っている?

 いや待て、眞守じゃあるまいし、そんな状況が俺に訪れるはずがない。

 ここは慎重に対応しないと


 俺がぐずぐず考えていると、それまで発言のなかった亮太が助けてくれた。


「感情的にならずに、少し冷静になろうよ。こんな身近な場所で同級生が殺されたんだ。僕たちは好むと好まざるに関わらず、この事件に対して第三者には成れない。犯人の動機が分からない以上、次に狙われるのがこの中の一人であっても、何らおかしくないだろう」


 さすがは亮太だ。プロフェットファクター万歳。


「じゃあ、中西君は私たちは何をするべきだと考えているの?」

 さすがに薫はいち早く冷静になって、これからの対策を亮太と話し合おうと切り替えた。


「犯人にたどり着くには、今見えている謎を一つ一つ解き明かしていくしかない」

「謎って何だよ」

 健吾は本当に分からないみたいだが、この素直さはやはり貴重だ。


「まず殺害方法が分からない」

「拳銃で撃ったんじゃないの?」

「俺は殺害時刻に三階にいたけど、銃声なんて聞いていない。サイレンサーをつけたとしても完全に音を消すには、相当大きなサイレンサーが必要だ。そんな大きなものを持ち歩くのは考えにくい。ここは学校だ。目立ちすぎるだろう」


「確かになぁ。朝っぱらからそんな大きな荷物持って学校に入ってきたら目立つよな」

「それ以上に不思議なのは、教室に火薬の匂いが全くしなかったことだ。なあ忍、眞守さんのつてで硝煙反応がでたかどうか、鑑識の結果を入手できないか?」

「できると思う」


「謎はまだある。森高の顔には、恐怖がまったく表れてなかった。普通拳銃を突きつけられたら、恐怖で顔が歪むだろう」

「確かに……」


「まだまだあるぞ。森高はなぜあの日、あんなに早く学校に来たんだ。俺はおそらくこのクラスで一番早く来ているけど、森高を見かけたことはない」

「うーん」


 まずい、健吾の頭がまたショートしそうだ。


「それに、いくら朝早いと言っても、目撃証言が何一つ出てないのも変だと思わないか? 普通噂レベル程度には目撃話があってもおかしくないのに、この事件ではそれも皆無だ。それに――」


「ちょっと待ったー。もう俺限界。脳のキャパ超えた」

 健吾の泣きが入った。


「まずは最初の謎、殺害方法を調べようぜ」

「そうだな、謎は一つ一つだ」


 亮太は未来と薫を意味ありげに見た。

「調査は二手に分かれよう。忍と九条は自治会のバックアップがあるから、監視カメラの映像確認や、証人探しをしてくれ。僕たちはスペシャルを使った似たような事件を調べてみる」


「ちょっと待って、なんで忍と九条さんがペアになるわけ」

「未来、落ち着けよ。忍と九条さんは自治会に依頼されたんだ。僕たちには分からないけど、二人なら敵に襲われても大丈夫だと、自治会が判断したんだ。自治会メンバーのリーダーズファクターは僕らの想像が及ぶ範囲じゃない。だから目立って危ない仕事は二人に頼もうと思った」


 亮太の説明は理路整然としている。

 未来はまた涙目になって俺の方を見た。


「私も一緒じゃ駄目なの」


  ズキュン!


 未来の泣き顔は俺のハートを打ち抜いた。

 こんなかわいい顔をされて誰が断れるんだ。

 と、俺が思った矢先に……。


「駄目よ。これはレクリエーションじゃないの。命がかかった仕事なの」


 おっしゃるとおりです……


 俺は薫の言葉に反論できず、悲しみを堪えて未来を見た。

 こんなこと、一緒にやらなくてもいいじゃないか。俺は未来のことが大好きだよ。今度一緒にハイキングに行こう。


 と、心の中でつぶやいた。

 未来は悔しそうに唇を噛んだ。


 そんな表情を見ても、俺は浮かれず自分を戒める。

 これは俺がもててるわけじゃない。女同士のあれだ――意地の張り合いって奴だ。


 何はともあれ、俺と薫の捜査は始まった。

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兄弟の絆で学園の平和を守ります~でも俺の願いはラブラブの学園生活なんだけど~ ヨーイチロー @oldlinus

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