第8話 学園の王

 俺は生徒自治会の呼び出しに応じて、九条薫と共に視聴覚室を出て、自治会室に向かった。


 自治会室は教室のある校舎とは別棟の特別棟五階にあり、連絡通路で校舎の各階とつながっている。

 俺たちは、校舎の西の端にある連絡通路から特別棟に入り、エレベーターで五階に向かった。


 特別棟は八階建てで、このキャンパスでは一番高い建物となる。

 名前通り特別な施設の集まりで、一階は大学も含めた学園全体の事務センターになっていて、ここに外来者の受付も設置されている。

 二階は高校の教職員の職員室となっており、大学の講師も高校の教職を兼ねている場合には、ここにも席が作られる。


 三階と四階は図書館となっていて、大学用の専門図書からライトノベルの類いまで、硬軟取り混ぜて六十万冊の本が収蔵されている。

 それでも大学で使う書籍としては不足しているようで、別棟で大学専用の図書館が建てられている。


 もちろん、大抵の本は電子書籍化されているので、この学園の生徒であれば自由に閲覧可能だが、著作権の関係で電子書籍化できない本も多数あり、その閲覧のためにはここに来るしかない。

 もちろん紙で読むことが好きな人は、いつの時代にも多いからここに人が絶えることは少ない。


 六階以上は応接や会議室と成っていて、生徒総会ができるような大ホールも最上階に設置されている。


 さて、目的の五階だが、生徒自治会はこの学園には、大学と高校で二つあり、両方ともこの階に自治会室が設置されている。


 自治会室は二つのエリアに分かれていて、一つは自治会の役員たちが個人ワークを行う執務室で、もう一つは本件のような会議を行うための区画だ。


 俺たちはこの会議エリアに通され、自治会役員たちのヒアリングを受ける。


「今日はショックな事件に遭って、疲れているにも関わらず、自治会の招集に応じてくれてありがたく思う」

 俺たちの対面中央に座る自治会長の北城雷が、俺たち二人の協力に謝辞を述べる。


 雷のリーダーズファクターは、人を引き込む眞守のそれと違って、人を威圧し屈服させるタイプのものだ。

 その勢いに身を寄せれば心地よく、反発すれば不安に駆られる。


 特に自己主張のない俺は、喜んで雷のリーダーズファクターの中に身を置く。雷の隣に座っている眞守も、それでいいと満足そうに目で語っていた。


 ところが、俺の隣に座る薫の顔色が悪い。独立心の強い薫にとって、理由もなく他人に屈することなど許せないのであろう。

 精一杯対抗しようとするが、雷の厳しい眼光に押されている。


 ここまでか――俺が薫の敗北を予感した。

 そのとき、薫は長机の下に手を伸ばし、椅子の肘掛けに無造作に置いていた俺の手を掴んだ。


 うっ!


 薫の柔らかい手の感触に、今までまったく感じていなかった女を意識した。

 俺は反射的に薫の手を握り直し、頑張れと心の中で唱えた。

 薫の手の震えが止まった。


 正面の雷を澄んだ瞳でまっすぐに捉える、薫の横顔は美しかった。

 俺はこの場にそぐわない異質な視線に気づく。

 それは眞守と梓紗だった。


 眞守は、いつも以上に穏やかで包み込むような表情で、俺と薫を見守っている。

 梓紗は、ふーんとつぶやきそうな顔で、俺のことを見ていた。


「一年B組で起きた殺人事件は、学園始まって以来の不祥事であり、何よりも学園の大切な仲間を失ったことに、俺は犯人に対する怒りを抑えられない」

 雷の低い声は、腹にずしりと響いた。


「既に警察が介入しているが、俺としては犯人を自治会の手で、探し出し捕まえたいと思う」


 プロの殺し屋を捕まえようという、クレージーな学生がここにもいた。

 俺は心の中でやれやれと思った。


「そこで、一年B組の生徒の中でも、特に優れた能力の持ち主である二人に、協力を要請しようと思うのだが、引き受けてくれるか?」


「無論です。由香里を殺した犯人は、私の手で必ず探し出そうと思っていました」


 え、えー


 いつもクールな薫が熱くなっている。俺は握っている薫の手を思わず離そうとしたが、薫はますます強く握って、離すことを許さない。


「ちょっと待ってください。俺、いや私は反対です。ゆかりの死体を確認しましたが、間違いなくマーダー系のスペシャルを持ったトリーテッドです。殺しの経験も十分に積んでいると思われます。素人が相手するには危険すぎる」


 当然、眞守も俺の意見に賛同してくれると思ったが、無言のままだった。


「あなたは遅れをとらないでしょう」

 梓紗が冷たい声で、俺の反対を却下した。


 梓紗はなんだか機嫌が悪そうだ。

 それにしてもなぜ眞守は俺の意見を肯定してくれない。


 薫は俺の手をずっと強く握っている――よっぽど雷が怖かったんだな。

 俺は薫に同情して、とりあえず手を任せていた。


「二人で協力してやるんだよ」

 眞守が俺に諭すように言った――これって、俺に薫を守れということか。

 俺は眞守の言葉なので、仕方なく「はい」と答えた。

 薫は眞守の顔を見て、大きく頷いている。


 それにしても薫の奴、いい匂いがする。

 これも香水ではなく、薫の身体から発する匂いか。

 梓紗のそれとは違う匂いだが、どちらも頭がしびれて、身体が熱くなる。




 帰りの車の中で、眞守に言われた。

「薫は忍のことが好きなんだね」


 なんてことを言い出すんだと俺は思った。

「そんなわけない。薫は俺に対してはいつも厳しいよ」


「それは、忍がいろんな女の子のことを、すぐにいいなと思うからでしょう」

「ええっ、確かに思うけど、だからといって薫が俺のことを好きってことはないよ」

「ふふっ、二人とも子供なんだね。まあいいや。こういうのは待つものだから」


 最後眞守はわけが分からないことを言ってたけど、とりあえず薫が俺のことを好きじゃないことは分かってくれたみたいだ。


 それにしても薫の手を握ったときは気持ちよかった。何だか明日会いづらいなと俺は思った。


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