生徒自治会

第7話 クィーンビー

「名城忍君」

 視聴覚室に行く途中で、俺を呼ぶ声がした。

 鈴が鳴るようなきれいな声だ。


 振り向くとそこには、輝くような美貌のお姉さんがいた。

「あ、何でしょうか……」

「初めまして、三年の西城梓紗あずさです。自治会では眞守君と一緒に、副会長をしてるのよ」


 梓紗は自己紹介が終わると、一気に距離を縮めてきた。

 吸い込まれそうな大きな瞳で、俺を見ている。

 何よりも制服を押し上げる胸の隆起がすごい。

 全体的に細めの身体だから、胸の大きさがよけいに強調される。


 このフェロモンは間違いなくリーダーズファクター、それもかなり強力だ。

 甘い香りが周囲に漂う。これは香水か?

 いや香りは梓紗の身体から発している。

 この香りを嗅ぎながら、梓紗を見ていると、心を全て持って行かれそうになる。

 俺は急いで、天井を見上げた。


「あら、どうしたの? こっちを見てよ」

「はい」

 梓紗に要求されて再び、視線を下ろす。

 天井を凝視したおかげで、だいぶ慣れたが、やっぱり凄いフェロモンだ。


「たいへんだったわね。殺された女性はあなたのお友達?」

「はい、でもよくは知りません」

「忍君は美久瑠ともお友達なんでしょう?」


 そうだった。彼女はあのくそ生意気な西城美久瑠みくるの姉だ。

「いえ、そんなに親しくはありません。第一向こうは、B組の我々は眼中にないと思います」

「あらそうなの。私はあなたにとっても興味があるんだけど」


 えー、興味があるってどういう意味? 珍しい動物をみたいとか、そういうこと?

 俺が何も言えなくてモジモジしていると、梓紗の背後に人影が見えた。

 眞守だ!


「うちの忍を誘惑しないでもらえるかな」

「あら、誘惑だなんて、そんなつもりはないけど」

 梓紗は視線を俺に向けたままで、背後の眞守に答えた。


「先輩にその気はなくても、あなたの存在自体が刺激が強い」

 そうなんです。

 おれは眞守の言葉に心の中でうんうんと何度も頷いた。


「ふっ、邪魔が入っちゃったわね。今度小姑さんがいないところで会いましょう」

 梓紗はそう言って、教室に戻っていった。


 梓紗と入れ替わるようにして、眞守が近寄った。

「大丈夫か、忍」

「大丈夫、でもない」

 すさまじい梓紗のフェロモンに、眞守の助けがなかったら、俺は男として持って行かれていた。彼女のそれはもう魔女のレベルだ。

 ふと脳裏に、大勢の働き蜂を従える女王バチのイメージがよぎった。


「梓紗先輩は悪い人ではないのだが、何しろあんな感じだから、勝手に入れあげてやんわりと地獄に落とされた者も多い」

 眞守の言葉に俺は震え上がる。

 もう少しで地獄に落とされるところだった。


「それより、なんでここにいるの?」

「事件を聞いて、忍のことが心配で来たんだ。大丈夫か?」

「これは大変な事件だね。死体しか見てないけど、原因も殺害方法も皆目見当がつかない」

「忍がそう言うのなら、普通の殺人じゃないってことか」

「おそらく、暗殺系のスキルに特化したトリーテッドが絡んでいると思う」

「なるほど、鑑識の結果はすぐに入手できると思うから、後で話そう」


 そう言って眞守は二階の教室に戻っていった。

 東城家の当主豪眞は警察庁長官なので、警察の掴んだ情報は入手しやすい。

 加えて眞守自身が独自に入手ルートを抑えているようだ。

 この辺りの詳しい話は、名代家に育った俺にはよく分からない。



 視聴覚教室に入ると、ビデオ教材は既に上映されていたが、視聴している者は一人もいない。

 ある者は夢中で事件について話し、ある者は悲惨な現場に居合わせたショックで俯いていた。

 殺人現場など見たのは初めてだろうから無理もない。

 だいたい、IPS細胞による医療の発達で、最近は自然死でさえ、滅多におめにかからない。


 俺の視界に健吾、亮太と夢中で話している未来の姿が入った。意外なことにあの現場を見たにも関わらず、未来はあまりダメージを受けてなかった。

 未来に関しては俺の願望が先走りして、勝手にイメージを作るきらいがある。

 気をつけないといけない。


 三人の近くに向かおうとすると、俺の行方を遮る者がいた。

 九条薫だった。

「私とあなたは、自治会から呼び出しを受けたわ。授業が終わり次第、自治会室に行くわよ」

「どうして君と俺なんだ?」

「それは私にも分からない。自治会室で聞けば」



「忍君!」

 いつの間にか未来たちが俺の近くに来ていた。

「それじゃあ、後で」

 三人が近づくと、薫は去っていった。


「後でって、何かあるの?」

「理由は分からないけど、自治会から呼び出された」

「事件のことかな」

「おそらく」


 亮太は俺の話を聞きながら、心配そうな顔をした。

 将来政府の中枢を託されるだろうA組メンバーの中でも、自治会メンバーは特別な存在だ。B組の我々にとっては、まさに一生関わらないような雲の上の人間だ。


「忍君……」

 再び未来が俺の名を呼ぶ。

 その目には涙が浮かんでいた。


「由香里が……」

 未来は何か言いたそうだが、声にならない。

「いいよ。まずは落ち着こう」

 さっきまで現場を見ていない亮太と健吾に、健気に説明をしていたようだが、俺の顔を見て緊張が緩んだのか――それって、もしかして俺に特別な思いが……。


 都合のいい考えを頭から打ち消す。

 たいていの場合、それで痛い目に遭う。


「未来の話だと、由香里は銃で撃たれたらしいじゃないか」

「そうだ。拳銃で使われる九ミリ弾が額に撃ち込まれていた」

「じゃあ、撃たれたのは夜かな」

 亮太は朝が早い。登校するとすぐに部室に行くので、教室にはいないが、部室と教室は近いから銃声がすればさすがに気づく。


「いや、死斑の大きさから言って、死後二時間たってない」

「じゃあ、サイレンサーを使ったのかな」

 亮太が頭を悩ませていた。

 だが、薫の見立てでは、携帯性を重視したコンパクトなハンドガンだった。

 そんな銃にサイレンサーをつけて使うとは思えない。


「亮太は何時に来たの?」

「今日は調べたいことがあって、六時半には着いたと思う」

「そのとき教室に由香里はいた?」

「いやいなかったと思うけど」


 俺がついたのが八時過ぎだったから、亮太が来た直後に由香里は来て、殺されたということか。

 健吾が怒りからブルブルと拳を震わしている。

 嫌な予感がする。


「俺たちで犯人を見つけ出そう」

 ほら来た。

「いや待て、健吾の気持ちは分かるけど、俺たちが対するには危険な相手だ」

 どう見たってプロに近い仕事だ。

 一般人が深く関わるべきじゃない。

 だが、健吾の目は忠告を聞くような目ではなかった。

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