光秀が大陸へ渡る1983年という年は、中華の制覇を目指す上で、偶然ではない符号が重なる年です。
1)1582年6月、本能寺の変。そのほぼ同月、北京では張居正が病死
永らく万暦帝を支えた大改革者の死により、明は死後弾劾・改革路線の全面清算へ突入し、万暦帝の長い怠政が始まります。つまり光秀が日本を追われた瞬間、明もまた「屋台骨を失った」直後なのです。
2)1583年2月、グレ城の変
老狼こと李成梁がアタイ討伐をした際、女真族のニカン・ワイランの手引きで城内にいたヌルハチの祖父ギオチャンガと父タクシを明兵が殺害しました。これを受け、ヌルハチが「十三副の遺甲」で挙兵するのがこの年の5月です。
つまり光秀が旅順に上陸し遼陽へ向かうまさにその道中で、建州の山地では復讐の火がいま点いたばかりという時間軸になります。第一章冒頭の「本能寺の赤」と、大陸で点火されたばかりの「復讐の火」が呼応する構成は、色彩のモチーフとして綺麗に接続できます。