たった十三副の遺甲、部衆数十人のヌルハチがなぜ潰されずに生き残ったか。
・明が潰す気にすらならない規模から始まった
・李成梁が黙認した
・当時の女真族が分裂し、大きな勢力がなかった
などが、理由としてあげられますが、それでも以下の謎が残ります。
謎の一:初期軍事技術の出所
数十人の狩人集団が、なぜ挙兵直後から城攻め・夜襲・撤退戦・囮戦術を次々成功させたのか。「明軍従軍で学んだ」という通説は伝承の域を出ず、李家軍の従軍記録も確たるものはありません。トゥルンからグレ山まで、敗北らしい敗北がほぼない——若い信長にあったような授業料の時期が欠落している。
謎の二:組織設計の飛躍
狩りの組(ニル)を常備軍制に転用し、軍政一体の八旗まで設計する——これは部族社会の内発的進化としては速すぎ、体系的すぎる。誰かが「制度の完成形」を知っていたかのような設計です。
謎の三:対火器戦術の先回り
楯車、死兵と鋭兵の二波、下馬歩兵による塹壕突破など明・朝鮮の火器への対抗策が、サルフ(1619)の時点で完成していました。火縄銃の本場・日本との実戦経験(文禄・慶長の役)を持つ明軍将校ですら手を焼いた対火器運用を、火器を持たぬ側がなぜ体系化できたのか。
謎の四:情報と時機の精度
四路侵攻の企図と日程を事前に掴み、内線機動で各個撃破する——サルフのヌルハチは、明軍の動きを「見てから」ではなく「読んでから」動いています。この情報網の実体は史料に残っていません。
黄天の竜では、これらの謎の答えを光秀に求めて描いていきます。