第20話 君の青
「妖魔の言葉が分かるのか!? まさかっ!?」
嶺鷹は刀を振るい、もう片方の手で一体の妖魔の首を引っ掴むと、声を聞いてみた。
しかし彼にはその妖魔から漏れた声がただの唸り声にしか聞こえず、璃羽に怪訝な目を向けるが、彼女の耳にはきちんとした言葉として届いている。
「あいつだけは許さないって言ってる」
璃羽はそう言った。
「本当に分かるのだな……やはり龍姫の力か」
「そう言われてもピンと来ないけどな。いつなの翻訳機能が優秀だからじゃないのか?」
「俺がつくった機能だけじゃ翻訳できねぇよ。やっぱり何らかの力が働いているんだろ」
まるで自分のことじゃないように軽い口調で話す璃羽に、いつなは大丈夫だろうかと少し心配になりながら言い返す。
これが龍姫の力なのだと、もはや疑う気もないが、それを認めると彼女が遠い存在になってしまいそうで、正直いつなは怖かった。
そんな気も知らないで気軽に適当なことを言うものだから、少し苛立ちもするが。
「あいつって、誰だろ? そう言って乗り込んできたってことは、この里の誰かか?」
「姫、妖魔から名前を聞き出すことは可能か?」
「やってみる」
嶺鷹の問いかけに璃羽はそう応えると、なぜか嬉しそうに双剣を構えた。
せっかく来たのにお荷物扱いばかりで、かなり居心地が悪かったのだ。
やっと役に立てると思うと、うずうずしてくる。
怖さなんて全く感じない、そんな彼女の様子に、いつなは一層心配になった。
「無茶はするなよ? お前、すぐ調子に乗るんだから」
「大丈夫だ。いつなのサポートは完璧だろ?」
「言ったそばから、調子に乗るなよ」
相変わらずお気楽な言葉で返してくる璃羽だったが、彼女に頼られていると思うと悪い気はしない。
いつなは小さくフッと笑うと、戦闘態勢に入った。
「――デバイスマネージャー起動。赤外線レーザー照射、ホログラム展開」
すると、双剣を握る彼女の手元を囲むようにして、赤く光るホロパネルが幾つも出現した。
暗い中、突如現れた光に璃羽と嶺鷹は驚く。
「何これっ……?」
「一体何がっ?」
「ちょっとした細工。色々仕込んでやったんだから、壊すなよ」
いつなが得意げにそう言うと、璃羽も楽しそうにニヤッとした。
こんな時の彼は、決まって絶好調で大いに期待できる。
「ますますやる気出てきたっ。嶺鷹、援護は任せるぞ」
「承知」
璃羽は勇ましく口を開くと、嶺鷹と共に妖魔たちの群れの中へ跳ぶように駆け込んでいった。
「はぁああっ!」
璃羽は、真っ先に襲いかかってきた妖魔から斬り込み、その倒れた身体を足で地面に抑えつける。
その時、剣のあまりの軽さとそれに反した斬れ味に気づく。
「何だ、これ。凄く軽い」
両手の周りで光るホロパネルに、色んなパラメーターが表示され、璃羽の動きに合わせて双剣に関する設定や調整がされているようだった。
これもすべていつなが管理しているのだろう。
しっかり把握した上で、彼が口を開く。
「お前の取り柄はその素早さだろ。それを損なわせないよう、まずはできる限り剣の重さを軽減して、その分下がるだろう威力を上げておいた。大勢を相手にするんだ、このくらいは必須だろ?」
「助かる」
璃羽はいつなに礼を言うと、左右から襲ってくる妖魔たちにすぐさま反応して、身体を回転させながら双方一度に斬り倒した。
その間、軸にしていた足が抑えつけていた妖魔に食い込み、更に苦しそうな声をあげる。
「苦しいか? この里を襲う理由を教えてくれたら、離してやるぞ?」
「があぁ――あいつ、だ……あいつを、苦し、めない、と……」
「あいつって誰だ? 名前は?」
「あ、いつ、だ……あいつ、だけは、ゆるさ……ない」
「……」
同じことしか言わない妖魔に璃羽はすぐ見切りをつけると、足を離してできるだけ遠くに蹴り跳ばした。
そしてさっさと次の妖魔を捕まえる。
「お前たちが言う、あいつって誰だ?」
「……あい、つは、卑怯、者だ。とても……ず、るい……」
「狡い? 男か? 女か?」
「ずる、い、卑怯……ゆる、さ……な、い」
どの妖魔も、なかなかはっきりとした名前や特徴を言わない。
それでも璃羽が何とか聞き出そうと次々と倒して妖魔を捕らえていると、背後を守っていた嶺鷹がそんな姿に目を丸くした。
「姫は、戦い慣れているのか?」
ただでさえ怖じ気づいてしまいそうなのに、こうも容易く剣を扱い、軽やかな身のこなしで妖魔を圧倒する彼女は、どこにでもいるようなか弱い娘には決して見えなかった。
そんな疑念の声を聞いていた璃羽は、彼と背中合わせで剣を構えると、周囲に気を配りながら答える。
「慣れてる訳ないだろ。……まぁ、いつなを護る為の修行やシミュレーションなら、いっぱいしてきたけど」
「いつなを護る……?」
「そんなことよりも。これは、時間がかかりそうだぞ。なかなか《あいつ》が誰かをしゃべらない」
妖魔を斬り刻みながら、璃羽は叫んだ。
もしや妖魔たちは、狙っている者の名前すら知らないのではと疑ってしまう程に、一貫して《あいつ》と言う。
それでは不味い。
このまま有益な情報が得られなければ、ただの消耗戦となってしまうだけに、何とかしなければならない。
「でも言っていることは、それぞれだ。できるだけ多くの妖魔にしゃべらせて、引き出すしかねぇ」
いつなは言った。
双剣に幾つか細工は施しているが、どれが有効かも分からないし、中には使用すると璃羽の体力を一気に奪ってしまうものもある。
敵が大勢なだけに、なるべく消耗するリスクは避けたかった。
そんな時、璃羽が彼に訊ねる。
「なら、手分けして聞き出せないのか?」
「無理だ。妖魔の声が聞けるのは、結局はお前だけなんだ。お前がいなきゃ、俺も妖魔の声は分からねぇ」
「イヤーカフのストックとかないのか? つければ案外、誰でも聞こえたりして?」
「しねぇよ。お前だけの力だっつってんだろ」
「ならその力を、お前や嶺鷹に分けることはできないのか?」
「え……そんなこと、できる訳……」
戦いながら話しかけてくる璃羽の言葉に、いつなは戸惑いながらもハッとする。
もしかしたらできるのではないか、と。
いつなはすぐに解析を始めた。
彼女の力の波長を捉え、それを翻訳機能に組み込むことができれば。
そして璃羽自身を媒体として分け与えることができれば。
「璃羽っ、嶺鷹にこれを!」
球体化しているいつなの一部がシュッと開いて、イヤーカフが現れる。
「これは、姫と同じ耳飾り……」
「嶺鷹っ」
互いの戦いの合間を縫って、璃羽が滑り込むように近づくと、嶺鷹の耳へイヤーカフを取り付けた。
これで聞き取れるようになるかは、確率的に低いのだが、どうしてだろう――いつなは何となくできるような気がしていた。
そしてそれは、璃羽も同じ感覚だったのか、急に双方で輝いていた赤いホロパネルが一斉に青く色を変えて動き出す。
「ホロパネルが、どうして青に……!?」
勝手に何かが作動しているのか、いつなが驚く中、それは璃羽の手から指先を伝って、イヤーカフへ新たなシステムを組み込んだ。
璃羽の時と同じように、嶺鷹の頭の中も電流のようなものが駆け巡る。
しかし違うのは、その時、イヤーカフをつけた側の頬に一瞬、龍の鱗のような青い紋様が浮かび上がったことだ。
「これは……!」
嶺鷹が、周りの妖魔たちの声を聞いて目を見開く。
「があぁ……ゆる、さない。あ、いつ、だけは……」
「分かる、妖魔の言葉が。これが、妖魔の……」
イヤーカフから聞こえる妖魔の声に驚きながらも、嶺鷹は刀を構えた。
異世界から君を取り戻す 佐央 真 @shinkuo
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