第19話 打開策

 「……すごい」

 「人間業じゃねぇな」


 何体も暴れていた妖魔たちを一瞬で斬り払った嶺鷹。

 まるで風を操るかのように振るわれた彼の剣は、まさに神の仕業と呼ぶに相応しくて圧倒され、強度を上げたいつなのシールドでさえも、その衝撃に耐えきれず破裂した。


 ――これが、龍の爪……!


 更に凄いことに、きちんと里の者たちは巻き込まないよう見極めていたようで、長老や男たちからすれば強い風が吹き抜けたような感覚だったのだろう、無傷のまま呆気に取られた顔をしている。

 しかし皆が驚嘆する中、松明の火が完全に消えてしまい、暗闇の塔の下で妖魔の赤い眼が一際目立つ。

 その赤の多さに、攻撃が当たっていても妖魔の数は全く減っていないことがよく分かった。


 「このままでは不味いな」

 「やっぱり弱点はないのか?」


 妖魔を見下ろしている嶺鷹に近寄り、璃羽は訊ねる。


 「急所と思われるところ全て斬り落としてみたが、どこも再生し、変わらなかった。やはりこの天候が影響しているのだろう」

 「月の光が届かなくて、妖魔が衰えないって話か?」

 「あぁ。ここ数日、里の夜の天候はあまり良くないそうだ。これでは夜明けまで持ち堪えても、すぐ退いてくれるかどうか怪しいな」


 難しい顔をして嶺鷹はそう呟いた。

 確かにこの悪天候では、朝日もあまり望めないだろう。

 長期戦となれば、こちらが圧倒的に不利になる。

 いったいどうしたら……


 「姫――策はあるか?」

 「え?」


 そんな時、真顔で嶺鷹が訊ねてきた。

 一瞬、何を訊かれたのか分からず璃羽の目が点になるが、途端に彼女の顔が大きく歪む。


 「いや、待て待てっ、なぜ私に訊く!? 私はまだ分からないことだらけなんだぞ!?」

 「長が、劣勢を打開するきっかけになるやもしれんと言っていただろ」

 「翠の言うことを間に受けたのか? まさかそれでわざわざこの塔に戻って来たとか?」

 「長の言うことは絶対だ。何かないのか?」

 「……どこまで本気なんだ……?」


 いたって冗談なく真剣な顔を向けてくる嶺鷹に、璃羽の表情がこわばる。

 どうやら彼は、限りなく本気のようだ。

 そんな彼の見えない圧に押され、困ったように璃羽は視線を逸らしながらも、頬をポリポリとかいて小さく答えた。


 「「まぁ、ないこともないが……」」


 その時、璃羽と同じ言葉をいつなも呟いた。

 思わず互いを見る。

 そうしている間に、またも妖魔たちが登ってこようと壁に足をひっかけ、里の者たちはすぐさま再び弓を構えたが、璃羽の様子を見ていた嶺鷹がそっと男たちを止めた。


 「嶺鷹殿?」

 「ここは我々に任せてくれ」

 「我々?」


 その言葉に男たちが思わず聞き返すと、嶺鷹が急に璃羽の身体を抱き上げる。

 

 「え?」

 「では行くぞ、姫」

 「え? えぇっ!?」


 そう一言だけ告げると、嶺鷹は璃羽を抱えたまま数十mはあるであろう塔の上から真っ逆さまに落ちていった。

 あまりに唐突すぎて、悲鳴すら出ない。

 そのうえ、すぐ下には妖魔がうじゃうじゃいるというのに、彼は気にせず突っ込む気なのか、片腕で璃羽の身体を支え直すと、もう一方で刀を振るった。

 すると、先程のように突風が現れ、妖魔たちは払い飛ばされ、嶺鷹はそれを上手く利用して綺麗に地上へと着地する。

 彼にとっては、もう何でも有りのようだ。


 「……無茶苦茶だな」

 「この方が手っ取り早い」


 確かにその通りだが、本当にやってしまうのはおそらし彼だろう。

 普通の人間なら死んでしまうようなことを難なく可能にする嶺鷹の破天荒さに、璃羽は驚きを通り越して笑ってしまった。


 「フッ、私はいいが……いつなは大丈夫だったか?」

 「……まっまぁな」


 璃羽は寧ろ楽しくもあったが、内心いつなの方は普通に考えて平気な筈がなかった。

 何の心の準備もなく落とされたのだ、思いきり叫びたかっただろうが、璃羽が平静でいるのにそんな恥ずかしいことはできない。

 文句の一つも言いたかったが、いつなはグッと堪えた。

 しかしその感覚は当然のことで、塔の上にいた者たちも驚いて下を見下ろす。


 「まさかここまでとは……」

 「すげぇ……」


 皆感服するが、そんな中で影早は璃羽を取られ、立ち尽くす。

 その彼を見て、長老が奮い立たせるように厳しく呼んだ。


 「影早っ」

 「!」

 「後れをとるでないっ。お前は、あの小娘から目を離してはならん。良いか――絶対にしくじるでないぞ?」

 「……分かっています」


 影早はそう答えると、璃羽のもとへと行こうと急いで塔を下った。

 一方で璃羽は、吹き飛ばした妖魔たちが再び周りで起き上がってくる中で降ろされ、そばで刀を構える嶺鷹に問われる。


 「それで? ないこともないというのは?」

 「……それ、普通は動く前に訊くもんだぞ。周り、完全に囲まれてるじゃないか」


 四方から、再生した妖魔たちがじわじわと璃羽たちに向かって距離を詰めてくる。

 どうして自ら絶体絶命の状況に追いやってしまうのだろう。

 本来ならあり得ないが、嶺鷹といつなの力を目の当たりにした今では、特に問題ないと頭で感じ取っているのか、双剣を構えながら小言を言っていても璃羽に危機感はまるでなかった。

 するといつなが、嶺鷹にも聞こえるように巾着袋から少しだけ球体の頭を出して話し出す。


 「嶺鷹は俺たちを気遣って、里の連中から引き離してくれたんだろ。どうにも胡散臭い奴らが多いみたいだからな」

 「え? そうなのか?」

 「……まぁいい。それより俺の考えなんだが。太陽光を武器に組み込んだらどうだろう?」


 いまいち理解していないところがある表情の璃羽をよそに、いつなは口を開いた。

 今まさに妖魔たちが襲いかかってきて嶺鷹は刀を振るうが、幾分余裕があるからか、しっかり璃羽を護りながらいつなに訊ねる。


 「すぐ出来るのか?」

 「一晩の猶予は欲しいところだ。それに太陽光といっても人工的なものだから、妖魔に効くかどうかは試してみないと分からねぇ」

 「一晩か。しかし試す価値はあるな」


 嶺鷹は考えながらも、妖魔たちを適当にいなしていく。

 それはどこまでも人間離れした動きだった。

 様々な方向から狙われているのに、全く隙がなく、すぐ突っ走るあの璃羽が剣を振るうどころか前に出ることさえ許されないでいる。

 そんな彼がいるならば、一晩くらい楽に持ち堪えてしまいそうだが、襲われているのは何もここだけではないだけに、そうもいかなかった。

 なんせ300体いるのだ、他のところも戦闘中の上、里の者たちはもう何日も戦っていてすでに疲弊しきっている。

 できることなら、今晩で片をつけたかった。


 「姫の考えというのは?」 


 嶺鷹が璃羽に問い質す。

 せっかく武器を持っているというのに手出しさせて貰えない璃羽としては、あまりに涼しい顔で妖魔たちを処理する嶺鷹に多少なりともムッとしたが、結局変わらない妖魔の群れを見ると、璃羽は気を引き締め直し、彼に答える。


 「妖魔たちの目的を探る。どうしてこの里を襲うのか、理由が分かれば解決策が見つかると思うんだ」

 「目的? でも妖魔が人を襲うのは、そういう習性ってだけなんじゃないのか?」


 璃羽の提案に、いつなが巾着袋の中から言葉を返した。

 すると嶺鷹が、頷きながらもつけ加えるように話し出す。


 「確かにそれに近いものだが、中には意図して同じ場所を執拗に襲うものもある。現に今回の妖魔たちもこの里ばかりで、近隣の町や村を襲ったという話は聞かない。この里だけを狙う理由があってもおかしくはない」


 璃羽の策を聞いて嶺鷹はそう応えるも、問題があるのか、妖魔たちを斬り捨てながらも悩みの種に眉を歪める。


 「しかし、探る手立てがない。妖魔は言葉を話さないし、意思疎通が図れるとは思えない」


 だからこそ今まで討伐するとこでのみ解決してきたのだ、と嶺鷹はそう言い切った。

 確かに互いに考えを伝え合い、共有できるのであれば、討伐しかないという考えには至らないだろう。

だがそれを聞いて、璃羽はきょとんとする。


 「え、でも――ムカデの妖魔はしゃべっていたぞ?」

 「え……?」


 彼女のその言葉に、今度は嶺鷹といつながきょとんとした。


 「それに、ほら――こいつらだって……」


 周囲から聞こえてくる妖魔の声が、璃羽の耳へだんだん翻訳されて伝わってくる。

 それは、璃羽が聞いている音を拾っているいつなへも理解できるように聞こえた。


 ――ゆ、ゆるさない……あいつ、だけ、は、ゆるさな……い


 これが、妖魔の声。


 「……劣勢を打開するきっかけってやつが見つかったな」


 いつなは、何かを悟ったように呟いた。

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