第十話:定期検診

 イワヤト訓練学校へ編入して5日目の朝食。


俺は陰鬱な気分でスープにスプーンを運んでいた。


「はぁ…」


大きな溜息が出る。


初日から今日まで、なんとか激しい訓練に耐えて来たが、俺の精神はそろそろ限界をむかえていた。


いくら8時間半しっかり睡眠が取れても、それでは回復しきれないほどの運動量に、俺の全身の筋肉痛は癒えることはない。


身体が節々が痛い。動かすことも億劫だ。


娯楽は存在せず、起床から就寝まで決められた時間に拘束され自由はない。


さらにここ数日、他の訓練兵(男子達)からの視線が痛い。


理由は言わずもがな毎夜行われる俺とルナマリアの相引きが理由だ。


実際はただ勉強を教えてもらっているだけだが。


だが、初日にルナマリアが俺を呼びにきた後から一緒に消え就寝前まで戻って来なかった事が疑惑を呼んでいるようだ。


後日、マイクに聞かれてハートル軍曹に呼び出されて叱られていたと嘘を吐いたものの、ルナマリアと同じ女子部屋の人間がルナマリアも消灯前まで居なかった事を男子に漏らした事によって疑念がかなり深まってしまった。


そして今日まで4日間、毎日欠かさず夜の勉強会は行われている。疑われない方がおかしいまである。


ここ4日の間にマイク以外の何人かの訓練兵と接してみたが、皆俺に対する態度が刺々しい。


まあ、確かに編入したばかりの俺が男子達の憧れの的であるルナマリアの心を1日で射止めたとあれば、何か裏があるのではと勘繰られてしまう。


今周りでは、俺は上流貴族の息子で、ルナマリアの弱みを握って毎夜いかがわしい行為に及んでいると言われているらしい事をマイクから聞いた。


そんな噂を知っていながらなぜかマイクは俺と普通に接してくれているのが不思議だったが、


「ルナマリアさんは確かに綺麗だけど、僕には心に決めた人がいるから」


なんでも故郷に置いてきた1つ下の幼馴染がいるだとか。


陽キャの心は広いということか…


「ねえ、ルナ。昨日変な噂を聞いたんだけど…」


「何?」


普段この時間は眠そうにダラダラと朝食を取っているニーアが、今日は珍しく話を切り出してきた。


「あんたとそこの男が、夜な夜な密会してるって話…」


そう言ってニーアは俺の方を睨む。


「はい?」


ルナマリアは訳がわからないという表情だ。


まさか同じ班の連中にまで広まってしまうなんて…編入早々変な噂を流されて災難だ…


まあ、他の訓練兵達とは違ってこいつらならルナマリアに勉強を教えて貰っている事を言ってもいいのではなかろうか。別にやましい事は一切していないのだし。気持ち以外。


「違うんだニーア。その件は誤解で俺がルナマリアに勉強を教えてもらっているんだ」


そうと決まれば早速ニーアに対し訂正を入れる。


「勉強?何であんたにルナが勉強を教えなきゃいけないのよ。教官に頼めば良いじゃん。あと気安く名前で呼ぶな」


と物凄い勢いで睨まれた。


「はい、すんません…」


つい勢いで謝ってしまう。


ニーアの言うことは最もだ。だが、他の教官にこの世界の一般常識まで一から教えてくれとは言えない。


どう伝えたら良いものか…彼女らと初めて会った時に少佐が俺の事を異世界人だと紹介しているとは言えそんな話もう忘れているだろうからなぁ。


俺の正体を話すの事は難しい。なんせ俺自体が今の現状を完璧に理解していないのだから。


「私から申し出たの。班のメンバーの面倒は同じ班の者が見ますって」


返答に悩んでいる俺に、ルナマリアが代わりに答えてるくれる。


「ふーん…」


ルナマリア本人から理由聞いたからか、それ以上ニーアは追求してこなかった。


「だけど、噂はどうにかしたほうがいいんじゃない…」


ルナマリアを案じているのかニーアがそう呟く。


ニーアが意見してくれた通り、このまま毎夜いつ終わるかもわからん勉強会をおこなっていたら俺の訓練学校での印象は最悪になってしまう。もう手遅れかもしれんが…


「ルナマリア、変な噂も立ってるし、ここは勉強の日を5日に1回程度に減らさないか?」


ニーアに追従して俺はルナマリアに提案する。


別に、彼女に毎日勉強を教えてもらう事自体は嫌ではない。むしろご褒美だ。


だが、それを続けてまで他の訓練兵達から白い目で見続けられる生活は送りたくない。また、ルナマリアに在らぬ風評を流してしまうのも申し訳ない。


「……」


ルナマリアは黙々と食事を続けていた。


彼女が何を考えているか、この仏頂面から読み取れるほど俺はまだ彼女の事を知らない。


「3日よ」


「はい?」


「3日に1回程度のペースなら減らしていい。それ以上空くと授業に追いつくまで数ヶ月掛かってしまう」


そう噂など気にも留めないといった表情でルナマリアは答える。


そこが落とし所か…彼女が真剣に色々教えてくれているのは受けている本人がわかっている。俺の都合で始まった事を俺自身が辞めようと言う事に気が引けていた。


だが、毎日ではないとは言え当分この噂は続きそうだ…鬱だ…


「ああ、ありがとう」


そう言って俺も食事に戻る。


噂の問題が片付いたとしても、この後行われる訓練は容赦なくやってくる。


本気で訓練が嫌だ…逃げたい…


そう思いつつも逃げたところで自分の帰る場所はない。せめて、今度少佐に会った時にもっと楽な場所で生活できないかお願いしてみるぐらいだ。


そんな事をうじうじと考えながら食事を終えグラウンドに向かう。


「貴様、何故ここにいるのだ?」


グラウンドで教官を待っているであろう訓練兵達の一団に紛れて突っ立っていると、後ろから声を掛けられる。


「はい?」


振り向くとそこにはハートル軍曹が立っていた。


「ハ、ハートル教官!!じ、自分に何か御用でしょうか!」


ここ数日でハートル軍曹への恐怖心は身体に刻み込まれたためか妙に緊張する。


「何故ここにいるのかと聞いているんだ」


もう一度同じ質問をされる。訳がわかなかった。


「いつも通り訓練の為ですが…今日は座学はないと聞きましたし」


俺は何かしてしまったのだろうか。何故いるのかと言われても返答に困る。


「…あいつ、伝え忘れているな…こんな事ならいつも通りルナマリアに頼むんだったな」


一瞬の沈黙の後、ハートル軍曹からそのような小言が聞こえる。


「貴様は、というより13班は今日は基地の方で特別な用事がある。今日の午前中は訓練に参加しなくて良い。もうすぐ基地行きの迎えが来る。正門前で待っていろ」


「りょ、了解しました」


軍曹はそう言って歩いて行ってしまった。


よく分からないが、要約すると午前中は訓練を受けなくて良いって事か?


え?マジ!?よっしゃあああ!!!


俺の気分は最高に有頂天になった。


何の用があるかは分からんが、午前中は訓練をサボって良いというだけでさっきまでの陰鬱な気分は晴れていく。


しかし同時に、はとしっかり聞いてしまったため、午後はしっかり訓練があるという事だ。


相変わらず午後はハートル軍曹とのマンツーマンレッスンが続いていた。


彼の指導は正に鬼教官という言葉が相応しいほど苛烈だった。


中学生の頃のテニス部の顧問だって熱血漢で指導中は怖かったイメージがあったが、ハートル軍曹に出会ってしまいその記憶も何処か彼方に行ってしまった。


これから13班で何をしに行くのかわからんが身体を休められる事だったら何でも良いや。


他の訓練兵達が訓練に励む中、自分は抜けてしまうのだ。半日訓練に参加しなくて良いだけでも素直に喜んでおこう。


そう色々考えつつも、正門に向かう足取りは軽い。勢いでスキップしてしまいそうだ。


下がっていた心が一気に晴れやかになって行くのがわかる。


それほど訓練に辛さを感じていたのだと実感する。


テンションが上がって若干早足で正門前に向かって行くと、目の前に正門近くに立つ4人の影を見る。もちろん13班の面々だった。


「…げっ」


こちらにいち早く気がついたニーアがバツの悪そうな顔をしている。なんだろうか?


早足で彼らの下に近づいて行く。


「あれ?アキトも基地の方に行くのかい?」


ニーアの隣にいたロックがそう聞いてきた。


「…ああ、ハートル教官からそう言われたけど」


どうやらロック達も俺の同行を知らない感じだ。


「あんたには関係ないんだし…付いてくる必要ないよ」


なんだか高圧的に言い放つニーア。ニーアとは初日の訓練で足を引っ張って以来こんな感じだ。


「いいえ、関係あるわニーア。彼にも定期検診を受けて貰わないと」


4人の中で唯一事情を全て把握してそうなルナマリアがニーアの言葉を否定する。


「ごめんなさい。あなたは既に知っていると思ってて。言わなくとも勝手に来ると思ってた」


「知ってるって何を?」


謝るルナマリアに聞いてみる。


「私達は、5日に一度基地の方で検査を受けに行くの。あなたも、そんな話を少佐から聞いているはず」


そんな話聞いたっけ?


だが、検査…そういえば、俺の身体を調べたいから定期的に検査を受けて貰うって話を俺が少佐に協力すると約束した時に聞いた気がする。


その後俺の戸籍を作るだどうだで奔走していたから結局あの話はどうなったんだと思っていたが、無しにはなっていなかったようだ。


「…ねえ!あいつが関係あるって、それってもしかして…」


ニーアがルナマリアの耳元で何か話している。


「基地に行けばわかる」


そう言ってニーアをあしらうルナマリア。


「アタシら亜人専用の検査を受けに行くにゃ。ニアの言う通りアキトが来る必要あるかにゃ?」


ニャロメが純粋にそう聞いてくる。


「いや、俺に聞かれたって…」


そう言おうとして言葉を噤む。


亜人専用の検査?つまり、亜人3人組の為の検査という事か。


それに俺が同行する理由は、やはり俺の体内に魔力があるから。少佐も最初の頃俺を人間の見た目をした亜人とか喩えていたし。


なら、1つ疑問が湧いてくる。どうしてルナマリアも同行しているんだ?


それこそ亜人でもなければ俺みたいに魔力を持っていないのだから一緒に来るのが場違いでは?


彼女も本当は亜人だった?いや、それなら何故ルナマリアだけ普通に一般の女子部屋で生活している。


いや、待て。初めから13班にいる事は気になっていたのだ。単に少佐のお気に入りという訳ではあるまい。確実に少佐の計画に何か関わっている筈だ。


そこで俺は、俺より先に発見された魔力を持った少女の話を思い出す。


確か10年前だかにドミニオン教団の研究室から保護されたという話だったか…


その少女こそがルナマリアなのか?それならば亜人3人と共に検査を受ける通りもあれば、彼女か何故人間でありながら1人13班の一員なのかも説明がつく。


「なあ、ルナマリア」


疑問を解消しようと話し掛ける。


とその時、正門から車両が1台やって来た。


「迎えが来たわ。行きましょう」


ルナマリアのその一言で皆進み始める。


俺も彼女らの後について行く。


迎えの車というのは、ジープでも無ければバスでもなく、例えるならドラマなどで凶悪犯罪者を移送する際に使う囚人護送車のようだった。


車のバックドアが開かれる。中には左右に人が座る席があった。


「おら、早く乗れ」


運転席の若い兵士が、顔を覗かせ催促してくる。


皆順番に乗っていく。そこで気づいたのだが、通常のドアや席だとロックが乗れないことに気づいた。


だから迎えの車両がこういったタイプのものなのか。


納得して俺も乗り込む。最後だったためそのままバックドアを閉める。


「全員乗ったか?」


「はい」


兵士の言葉にルナマリアが頷く。


車が発進された。行き先はイワヤト基地だろう。


車内は外が見えないようガラスにフィルムが貼られており、本当に囚人護送車のようだった。


ルナマリアにさっきの疑問を聞こうと思ったが、一度遮られてしまったからかまた話を切り出す気がなくなってしまった。


別に聞いたところで彼女の事だから普通に堪えてくれると思うが、どちらにせよ基地に着けばわかるのだ。焦らなくとも良いか。


20分も経たないうちに移送車は動きを止める。外の風景が見えないが、イワヤト基地の方に着いたのだろう。


「着いたぞ」


兵士はそう言って運転席を降りた後、俺達が出るためにバックドアを開けてくれる。


「ありがとうございます」


「…ありがとう」


「ありがとうございます」


「ありがとニャ!!」


4人が兵士に挨拶をしながら降りて行く。


「ありがとうございます」


俺も4人に習って車を降りる。


「ん?お前見ない顔だな」


若い兵士がこちらに話しかけてくる。


「初めまして。5日前に訓練学校に編入して来たアキト•ノーネムと申します」


敬礼と共に軽く挨拶をする。


「敬礼なんて俺にはしなくて良い良い。」


そう言われたので手を下げる。


「俺の名前はルー。2、3ヶ月前からイワヤト基地ここに配属されてる。主な仕事は研究棟の警備と、お前達の送迎。ま、雑用担当だ」


フランクに接してくるルーと名乗る男性兵士。


「なあ、お前も13班にいるって事は"訳有り"なのか?」

 

ルーのその質問に喉が詰まる。


「さあ、自分にもよくわかりません」


適当に返事をする。彼がどういった意図で聞いてきたかわからないが、自分の正体を一兵士にペラペラ話すほど馬鹿ではない。


ルーは先に進む4人を指差して話を続ける。


「あいつら、"訳有りの13班"って呼ばれてるんだ。主に俺しか呼んでいないが」


アンタだけなんかい。つい心の中で突っ込んでしまった。


「そうなんですか…ハハ」


愛想笑いで返す。正直早く解放して欲しかった。


「いや、俺じゃなくても変に思うはずさ。ただでさえ森羅連合の貴族様達が一般の訓練兵に混ざって訓練兵やってるのも謎だが、それに加えてサイオウ家の御令嬢までいる。やっぱり何かあるよなぁ?」


俺の気もお構いなしで話すルーからは、興味深い情報が耳に飛び込んでくる。


ニーア達が貴族という事も初耳だが、サイオウ家の御令嬢…ルナマリアも良いとこの出なのか?


そんな事を一瞬考えていた時、


「アキト何やってるのー」


遠くでロックの声が聞こえる。


声の先を見るとルナマリア達4人はかなり先の方まで行ってしまっていた。


「置いてくよー」


再度声がかけられる。


「すみません。自分もそろそろ行かないと」


一礼をして彼の元から離れる。


「おー、引き止めてすまなかったなー」


その声を背中で聞き、俺はルナマリア達の方へかけて行った。






 2度目となるイワヤト基地への来訪だが、(正確には3度目)今回は基地内には入らずルナマリアの案内の下、敷地内を歩いていた。


「どこに行こうしているんだ?」


隣で歩いているロックに聞く。


「研究棟だよ。ボクらの検査はそこでしか出来ないからね」


さっきルーという兵士から聞いた事が少し気になっていた。もっと言えばルナマリアの正体についてだ。


彼女は何故13班にいるのか。前に少佐が話してくれた教団の施設で見つけた魔力を持った少女なのか。だがそれならさっき聞いたどこかの家の令嬢という話は真実なのか。


別に俺には一切関係ない事だが、一度気になってしまうと頭から離れない。


そうこうしていると1つの施設が目の前に見えてきた。


ここが研究棟だろうか。


ルナマリアが入り口の兵士と二言三言話している。


すぐ話がついたのか彼女はそのまま中に入って行く。


俺達もそれに続いて施設の中に入っていく。


施設の中は如何にも研究室といった場所だった。


一面白い空間に、中の状況が確認できるガラス張りの部屋、何かの研究を行なっているであろう白衣を来た研究員であろう人達。


ルナマリアは勝手知ったる顔で部屋の中を進んで行く。他の皆んなも慣れた風に付いていく。


幾つかの角を曲がって進んで行っていくと、「特別研究室」という看板が掛けられた前で止まる。


「ルナマリアです。失礼します」


ドアを数回ノックした後、そう言ってドアを開け放って室内に入っていく。


「失礼します」


そう一言入れてから俺も中に入ると、室内には数人の研究員らしき人物と、真ん中の作業机で何か書き物をしている同じく研究員らしき女性、MRI検査に使うようなドーナツ型の物体に寝台がくっ付いた機器などが立ち並んでいた。


書き物していた女性が何者かが入る音を聞いて顔を上げる。


「お、来たな!君たち!」


そう言ってその女性は書き物を辞め、俺たちの方へちかづいてくる。


歳は20代後半だろうか、黒いショートボブの髪に眼鏡が似合う長身の女性だった。


女性と目が合う。その瞬間女性は目を爛々と輝かせながら俺の方へ近づいてきた。


「君がアキト君だね?初めまして!私はメディカ•パラケル。普段はこの基地の駐在医なんだけれど、一応資格を持っているからこっちの方も手伝っている。よろしく」


そうメディカと名乗る女性から握手を求められる。


握手に応じ、俺も自己紹介をする。


「初めまして。最近編入して来たアキト•ノーネムと申します」


「知っているとも。実はさっき初めましてと言ったが、君は覚えてないだろうが私は既に君と会っているんだ」


既に会っている?いつだろうか…


「まあ、細かい話は追々するとしてまずは定期検診の準備に取り掛かろう!!」


メディカがそう言うと、他の研究員達がルナマリア達を別室に案内していく。


俺も付いて行こうとした時、


「君は今日が初診だから私が診てあげよう!!」


そう言って彼女に腕を掴まれ連れて行かれしまう。


まず最初に色々な事を聞かれた。


自身の健康状態に関する事や、訓練学校の生活などなど。


その後はMRI検査機器のような機械の寝台に寝かせられ、何か体内の状況を撮られたり、注射で血を取られたり、逆に何かを投与されたりした。


投与される際一応の説明を受けたが、何を言っているのかさっぱりだったので正直恐怖だったが、メディカの「身体に害はない」という言葉を信じるしかなかった。


「君が少佐達に連行されて来た時、最初に身体を調べたのは私なんだ」


注射が終わり、しばらく他愛無い世間話をしている時、メディカからそう告げられる。


「最初は驚いたね。肉体は完全に人間の物なのに魔力が流れている。しかも不純物もなしで!」


不純物という言葉が気になった。


「不純物というのは?」


聞いてみると、メディカはさっき撮ったであろう俺の体内を移したであろう写真を見せてくる。


「君以外に1人だけ魔力を持った人間を診たことがあるんだけど、君と違ってその子は心臓部にある機械が取り付けた事によって肉体に魔力を宿す事を可能にしたんだ。でも君は違う!真っさらな身体でありながら魔力を宿している!これは大発見だよ!!」


そう興奮気味に話す彼女を尻目に別の部屋で同じく注射を打たれているルナマリアの方を見る。


俺以外のもう1人とはルナマリアの事だろうか。


「メディカさん。その魔力を持ってる人間ってルナマリアの事ですか?」


つい聞いてしまう。


メディカは、一瞬口を開けるも何を思ったか一度間を置いて、


「それは本人から直接聞いた方がいいんじゃないかな」


とだけ言った。


それを聞くと本人にとってデリケートな問題だから本人が直接口にするまでそう易々と聞くなとも受け取れてしまう。


メディカに聞いた事によって余計ルナマリア本人に聞きづらくなった気がした。


「ところで、君は異世界から来たんだってね」


唐突に話が変わる。


「何でそれを」


「少佐とはそれなりの仲なんだ。君の身体の事も知ってしまっているし特別に教えてもらった」


呆気ら感とメディカは言うが、そんなほいほい俺の正体漏らしていいの少佐!?


「大丈夫、大丈夫!口は硬いから!」


俺の表情から考えている事を読んだのかそう言いながら笑う。


別にバレたからどうとかないだろうけど、不安だ…


「それで聞きたいのだけど、君の世界ってシネマはあるかな?」


「シネマ?…って映画のですか?」


「あるのかい!!?」


突然のメディカの食いつき用に俺は若干引いてしまう。


「映画…ですよね。ありますよ俺の世界に」


「どんなのがあるんだい!?私はね!!大のシネマ好きなんだけれども、最近の帝国はやれプロパガンダだ、制作費が有ったら新型兵器を開発しろだで金をケチって全く面白いシネマを作らないんだ!!シネマの発祥は帝国からなのに、最近は映像産業が盛んな合衆国の方が面白い作品を沢山生み出しているというのに、海を渡れないから噂程度にしか聞く事ができないこのもどかしさ!!帝国はもう『工場の入口』以上の名作を生み出せない現状に私は悲しくて悲しくて」


と彼女の映画に対する熱意を捲し立てられてしまった。


全ての検査が終わるまでの間、俺は彼女の質問攻めにあいながら自分の知っている限りのことを答えて行った。


「へえ、君の世界でのシネマは庶民も軽く観に行けるほど広く普及しているのか」


「はい」


「それはまあ、何というか、うん、羨ましい限りだよ」


そう言う彼女の目は一瞬遠くを見ていた。が、すぐにこちらに向き直り、


「よし、今日の検査はこれで終わりだ。色々聞いちゃって悪かったね」


「いえ。退屈せずに済みました」


「そうか。また5日後に来るようにね」


そう言ってメディカ女史と別れを済ませ同じく検査を終わったであろうルナマリア達と合流した。


「…」


帰る途中誰かに見つめられている気がして振り向く。


後ろにはニーアが歩いていた。


だが、俺と目が合うとソッポを向いてしまった。何だろう。


検査には午前中丸々使われた。今は12時40分頃。このまま帰ったら1時になってしまう。


「なあ、もう1時前だけど俺達飯はどうするんだ?」


前を歩くルナマリアに聞く。


「検査の日はいつも終わるのがこの時間帯だから、特別に午後の訓練は半からの参加が許されているわ」


ルナマリアのその答えに安堵する。良かった…流石に飯抜きになるほどスパルタではなかった。


ついでにお前は体内に魔力を宿しているのか?と聞きたくなったが、他の奴らもいるため聞くのを辞めた。


なんとなくだがこの事は他に人がいない時に聞くべきだと思った。


そうして俺たちは行き同様、ルーの送迎車に乗って訓練学校まで戻った。






 「ごはんニャー!!」


そう言って食堂目掛けて走り出すニャロメ。


時刻は1時前。訓練学校に着いた俺達は、何もしていないとは言えこの時間には腹が減るので食堂へ直行した。


「あ、俺先トイレ行ってくるわ」


尿意を催した俺は他のメンバーに断りを入れ、トイレへと走って行った。


血を抜かれたりしたが、午前ずっと身体を横にしたり、座っていたからか身体が軽い。


朝は訓練に絶望していたが、少し休憩できて午後はなんとか乗り切れそうと思い始めて来た。我ながら薄情だと思う。


そんな事を考えながら男子トイレへ向かう。


男子トイレに入ると、生憎と3つの小便器に3人の人が立っており空いていなかった。


仕方なく、彼らがし終わるまでそばで待つ。


3人がほぼ同じタイミングで終わったのでそれと入れ違いで俺も用を足す。


「はあ〜、貴族様は午前の訓練を丸々サボって今から昼食ですかぁ?良い御身分だな!!」


突然後ろから挑発的な口調で喋る声が聞こえてくる。


一瞬誰に言っているのか分からずそのまま用を足していたが、発言の内容的に俺を指しているかと思って後ろを振り返る。


後ろにはさっきまで用を足していたうちの2人が立っていた。


1人は知らないが、もう1人は見た事がある。初日のランニングでルナマリアのすぐ後ろを走っていた奴だ。


彼らは俺よりも一回り大きい体格で俺を見下しながら、口元は嘲笑の笑みが漏れていた。


「害虫どもと一緒に遊べて楽しかったか、お坊ちゃんん?」


「貴族様も大変だな!!折角徴兵逃れ出来たと思ったら化け物共と一緒の班なんて!!」


2人が挑発的な口調で捲し立ててくる。


多分俺の事を侮辱しているのだろうが、正直ピンと来なくてポカンとしていた。


「おい、やめろ2人とも」


そう言って彼らを制すために後ろから出て来たのはマイクだった。


マイクから今まで聞いたことないような冷たい声を聞いた気がする。


「んだよ。マイク邪魔すんなよ」


片方の男が口を挟む。


「もうすぐ午後の訓練だ。ライトも、班長が遅れたら示しが付かないぞ」


「…そうだな」


冷静に制すマイクの言葉が伝わったのか2人は嘲笑的な目で俺を見ながら去って行った。


「すまない。止めれなくて」


「いや、別に気にしちゃ…」


そう言う前にマイクもトイレから去って行ってしまった。


一体何だったんだあいつらは?


突然のこと過ぎて頭が追いついていないが、取り敢えずトイレから出て食堂へ向かった。

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異世界転移した先は人類滅亡寸前でした~帝国陸軍108大隊付き特別作戦小隊『通称:亜人小隊』~ @vami001400

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